表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Traveling! 〜旅するアイドル〜  作者: 有宮 宥
【EX】第四章 Happy Hack.
138/289

ちっちゃなアイ活


「ミソラ様、本日は麗奈さまと志度さまとのお食事があります。午後には帰ってくるようにしただけると幸いです」


 使用人の美住からの言伝は記憶されている。姉たちとは久々に食事を摂る。むしろ、最近の忙しい中でよく時間が取れたと思う。今日の活動は、ハル……ではなく〈サニー〉の自宅で初めて楽曲を披露する。曲作りに二週間掛かったが、さすがに一発目の曲はアップテンポにアイドルらしくいこうと考え、作成した。

 いってくるわ、といつもの調子で玄関にでると、美住がこんなことを言った。


「最近はいろいろな曲を弾いておりますが、ご友人に聞かせるのですか?」


「なにその、聞かせるのはやめたほうがいいみたいな言い方。私の中では傑作よ。歌詞はまだないけれど」


「……てっきりピアノ曲だと思っていましたが、まさか歌謡曲まで手掛けるとは。これは将来が期待に持てますね」


 ふとその言葉にムッとしてしまう。ミソラは振り返って、鋭く微笑んだ。


「いつか聞かせてあげるわ。その期待が、いかに無駄なものかを知らしめるにはちょうどいいから」


 美住が一瞬ハッとしたが、そのあとを見ることなく扉がしまった。将来に来されても困る。いまは、いまが一番でしかないのだから。





 放課後か週末、特に用事のない日は先導ハル……〈サニー〉の自宅に集まることが多い。〈スター〉とミソラの家から〈サニー〉の自宅が最寄りだった関係上、活動の拠点として利用している。

 出迎えてきた弟のナツは目を輝かせてミソラを〈エア〉姉ちゃん、と呼ぶ。未だにコートネーム的なものに慣れない。居間にはノートPCを眺めている〈サニー〉と手持ち無沙汰の〈スター〉がいた。〈スター〉はミソラに気付いてぱっと表情を輝かせた。


「〈エア〉! 曲、今日に完成するって」


「昨日ちょうどね。みんなに聞いてほしいのと、あとで歌詞も考える必要があるでしょう?」


「あ、それね。ハルさ……〈サニー〉がいま唸って考えてたよ」


 それでPCとにらめっこしていたのかと納得する。ハルのほうへ回り込むと、テキストエディタには数々の文章が上からしたまで埋まっていた。ざっと見る感じ、完成には程遠そうだ。


「〈エア〉、曲聞いたら詞って思いつくもの?」


「さあ、歌曲作るの、これが初めてよ。ていうか、そろそろ具体的な活動内容を聞きたいわ。やってること、ただのアイドルレッスンばかりじゃない」


 近場の公園や公民館の一室をなどをつかい、歌と踊りの基礎レッスンを週に何度が行っている。もちろん、それぞれの都合を優先させるとのことで、それはありがたいと思っている。


「内容は決まっているわ。ただ六月中だと都合悪いかなあって。ほら、雨が降るわけだから」


「なんの関係があるのよ」


「お客さんの気が失せるかなって。正確には、夏というシチュエーションが最悪。夏はだいたい、家に引きこもる人が多いから」


 夏が最悪と聞いて、ミソラはふとあることをこぼした。


「それに、受験シーズンよね。ハルさ……〈サニー〉は進学するの、それとも就職?」


「……あ、言ってなかったっけ。私、学校休学中」


 思わず、ミソラから声がもれた。〈スター〉も同じ反応をしてミソラを凝視した。


「今年の四月からね。別に学費が払えなくなったとかじゃなくて、アイドル活動には時間が必要でしょう? 二人が普通に学校に行っている間、マネジメントの担当者になっておこうかなって」


 いい案でしょう、と肩をすくめて言う。ミソラは改めて、ハルのアイドル活動における熱が異質だと気付いた。一度や二度の留年を、本気で気にしなさそうだ。それが彼女の器ということか。


「じゃあ、日中は活動の準備をしているってわけね。そろそろ、教えてほしいわ、具体的な活動内容」


「うん、じゃあ〈ハッピーハック〉特別会議始めちゃおうか。二人共、お茶出しお願いできる?」


 そう言って、ダイニングで作業をしていたナツとアキに声をかけると、二人は作業を中断しててきぱきと動き始める。冷たいお茶と熱いお茶のどちらがいいかとたずねて、ミソラは熱いお茶、〈スター〉は冷たい方を選んだ。お茶がそれぞれ三人の手元にやってきて、おつまみらしき和菓子もやってきた。ここへ来る途中で小腹がすいていたのでおはぎにかぶりついた。甘いすぎないあんこがもち米の粒感とマッチしていて、お茶をすすると和風の気分を堪能できた。


「まず活動内容ね。ああ、もちろん報酬が支払われる方式を採用しているわ」


「そうじゃなかったら今から辞めているわ。慈善事業じゃなくて、ビジネスとして成立するのよね」


「もちろん。基本は変わらない。お客さんにパフォーマンスを披露して、そのあとに報酬をいただく。ただし普通のアイドルと違って、規模は大分小さい。一人のお客さんを相手にすることだってあるかもよ」


「……分前は?」


「意外と気にするのね。報酬から二割ほどは活動費として引いて、あとは報酬を三等分させる。余ったら、活動費かナツとアキのお小遣いに入るからそのつもりで」


 それぐらいならいいだろうと思った。だが問題は、この仕事をどうやって成り立たせるかということだ。すると〈スター〉も同じ疑問をこぼした。


「あの、お客さんはどうやって集めるんですか? 一人のお客さんを相手にするというのが、よくわからないのですけど」

 〈サニー〉が答えた。


「そのままの意味よ。だって、私たちが相手するのは『個人』が基本よ。依頼されたら指定の場所へ向かって、歌と踊りを披露する。もちろん全力でね」


 彼女は当然のようにいい切った。ミソラは唖然とするしかなかった。つまり今まで以上に相手に依存しきっているアイドル活動になるということだ。これには意見をはさみたくもなる。


「待ちなさい。それってあまり稼げるものじゃないでしょう。報酬単価を高めに設定するならともかく、貴女そんなつもり無いでしょう?」


「うん。一回千円ぐらいから始めようかなって思ってる」


 と、あっさりといいのけた。彼女が算数の計算ができないと思いたくない。これを先程行った報酬体系に照らし合わせると、八〇〇円の三等分の報酬がハルの手元にやって来る。仮に一日一回行ったとしても、普通にアルバイトをしていたほうが稼げる。


「……そのやりかたでは、普通の生活費すらままならないでしょ。せめて単価を釣り上げるとか」


「あ、別にずっと千円ってわけじゃないよ。これは種まきみたいなもの。本当は無料にしたいけど、二人に迷惑かかる。まずはファンを少しでも増やさないとね」


「そうね。一ヶ月で、結構なファンが出来ると想像するわ」


 おそらくその問題は解決すると思った。先導ハルというトップを駆け抜けたアイドルがいるのだ。正直〈サニー〉という名前を名乗るのはもったいないと思うが、それを抜きにしても顔が夜に出回れば少しは話題になるはずだ。


「あの、もしかして『先導ハル』ネームでお客を集めるって考えてるでしょ」


「違うの?」


「するわけないでしょ、そんなこと。それ作ったのは芸能界の力。私の力じゃない。よって、〈ハッピーハック〉が『先導ハル』に頼るわけにはいかない。だから、私が先導ハルだって知らない状態で依頼してもらうのが最高ね」


 確かに先導ハルという存在は大きな存在になって、彼女の掲げる思想とは相容れないかもしれない。しかし、あまりにも個人的な感情が入り込んでやしないか。そんな不満を〈サニー〉は見抜いていたようで片目をつぶって言った。


「あのねえ、これはビジネス中心の活動じゃないわ。私、この活動なら何年でも続けていこうと思ってる。ちゃんと下積み的なことをしたいのよ。これ、ただのそれだけの話しでしょ?」


 確かに長い目で見れば、この方法は有効だ。目の前でパフォーマンスを見せる。これだけで十分に特別な価値がある。ライブ会場だと、小さな影に不満足を得る人だっているはずだ。ハルは最後にこう締めくくった。


「目の前の一人ひとりを満足させてこそ、私達の意義があるんじゃない。だから全力でいけるわ。目の前に、お客さんがいるんだから」


 〈スター〉はどう思っているのか一瞥を送った。彼女は果てしない話に目が点になっている。飲み込むのには時間がかかりそうだ。


「ま、それはやっていって修正していけばいいでしょう。まずは曲と歌詞と振り付け。あとは衣装の問題もあるけど、まあそれは追々やっていきましょうか」


 それから曲が披露され、全員から高評価を頂いたところで歌詞の制作に入った。〈ハッピーハック〉らしい曲ということで、実際にハルが歌ってみて適宜修正を加える。

 昼時に、リビングで作業をしていたナツとアキの二人が、「出来たー!」と高らかに言った。


「姉ちゃん、〈ハッピーハック〉のホームページできたぞ!」


「初めて作ったにしては上出来かも。練習動画とか、載せていい?」


「よくやったね二人共、そのまえに、〈エア〉と〈スター〉にも確認してもらおっか」


 突然のことで理解が追いついていないが、みてみると公園での練習を撮影されていたようだ。


「はあ、次から許可をもらいなさい」


「はは、ごめんごめん。……それにしても思ったけど、〈スター〉は基礎のステップは私達がいても出来るんだね、やっぱり」


「え……」


 〈スター〉は驚いたようで画面上の自分を眺めた。「ホントだ」とこぼし、しばらく凝視していた。


「基礎のステップはダンスには入らないでしょ」


「いやいや、基礎は馬鹿にできないよ。〈エア〉、このステップが完ぺきにできるようになる前二週間以上は掛かったでしょう」


 ミソラの胸がちくりと傷んだ。〈サニー〉が作ったメニューのなかで、ダンスは初めてやる部類なので最初は上手く行かないことが多かった。他の二人は難なくこなしていて悔しかったので、自宅でこっそり練習した。足を引っ張るわけには行かないからだ。


 それからステップの難易度があがり、ついていくのがやっとだった。二人は息をするように行っていた。映像でも自分の拙い練習風景が映っていたが、注目する点は〈スター〉だ。彼女が刻むステップはすでに「ダンス」と呼ぶべき代物だった。


「……〈スター〉。ちゃんと踊れてるわ」


「──けど、それは練習だからであって、本番だときっとダメになっちゃう」


 〈スター〉は膝を抱えてうつむく。基本的に浮き沈みの激しい性格なのは理解しているが、ことダンスに関しては人一倍の浮き沈みがある。それほど熱中している証だ。映像のダンスも、熱がよく現れている。


「私が思うに──」


 ハルがふと、そんな前置きを置いた。


「〈スター〉が今まで踊っていたのって、所謂創作ダンスというものでしょ。曲に合わせて本能に従うままに踊るというやつ」


「あ、そう、かも……?」


 〈スター〉は首を傾げて言った。自分でも何を踊っているのかを把握してないということは、まさに本能に身を任せていることにほかならない。


「誰かのダンスを踊ってきたこともあったでしょう。多分、大部分のダンスって出来ていた動きを真似るものだった、違う?」


「……はい。ダンススクールに通ってたときは、プロのアーティストのダンスを真似して、 まずはバックダンサーを目指せと言われました。見様見真似では出来るようになったのに、本番ではてんでダメで」


「そこよ。人見知り部分を除けば、駄目な部分は自ずと分かるわ。〈スター〉、貴方の本分はダンスを『創る』ことよ」


「ダンスを、創る?」


「貴方が自由気ままに踊っていたあのダンス。あれこそが、貴方の本当の力よ。他者のダンスを真似るとできなくなるのは当然よ。だってあれ、貴方の体にあっていないダンスだもの」


 それはいささか無理がある論理だと首を傾げそうになる。だが、励ましの言葉としては正しい。君なら出来る、練習不足だ、と指摘されるよりは、自信につながるだろう。ハルはそれから


「〈スター〉、この曲の振り付け頼める? 人気のいないところでいい。この曲を聞いて、自由に思うがまま踊ってみて。何回でも、何パターンでもいい」


「……でも、できるかな」


「出来たら御の字、出来なかったらまた別に考えましょう。でも、貴方のダンスは〈ハッピーハック〉を創るひとつよ。〈エア〉が曲、私が歌詞。どうせ後で私達で調整が入るんだから、そんな気負わずにやってくれたらいい」


 その言葉に〈スター〉はリラックスを覚えてくれたようで息をなでおろした。肩筋を張るなら、やってからのほうがいいと同じ創作者として思った。


「よし、最初の頃は依頼があっても週に一度くらいだろうし、私達が披露する最初の曲の完成度を高めていきましょう」


 おー、と〈サニー〉が拳を突きあげるが、〈スター〉が渋々といったかんじで突き出すの傍ら、ミソラは完全無視を決め込んだ。乗ってきてよ、と不満を垂れ流す〈サニー〉の言葉を受け流し、ミソラはリラックスした状態で時計を見た。そろそろ姉と兄の会食の時間が近づいてきている。話もまとまったようなので、ミソラはその場で立ち上がって二人に言った。


「とても有意義な話だったわね。私はこれから姉たちとの会食があるので、これで失礼するわ」


「あ、そうだったの。事前に言っておけば別日にしたのに」


「いいのよ。あっちが後の予定だったんだから。次の集まりは……レッスンの日ね。曲の方、修正案があったらメールで連絡をちょうだい。それでは二人共、また」


 軽く手をふると、〈スター〉は会釈を、ハルはバイバイと手を降った。リビングの二人にも挨拶をして、先導家を後にした。


「ふう……大丈夫かしら、これから」


 ミソラはアイドル活動に乗り気ではなかった。以前に言ったように、代わりのメンバーが加入するまでのつなぎだ。自分はあくまで楽曲提供者。あの二人が披露するパフォーマンスに負けないように、曲作りに精を出していこうと思う。

 ともかく、今日はいい日だ。久々に出会う姉たちとどんな話をしようかと考えがなら、帰宅道をたどった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ