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Traveling! 〜旅するアイドル〜  作者: 有宮 宥
【EX】第四章 Happy Hack.
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星の少女

 手分けして、周辺のオフィスビルをあたる。ただ、手当たりしだいではなく、近くに公園や広場が近くにあるビルにいる可能性があると、ハルが言った。確かに普通のビルでは悪目立ちしてしまうが、公園や広場があるとある程度は理由付けになる。ハルは北口方面、ミソラは南口方面へ捜索を開始させた。


「そういえば、名前聞いてなかったわね」


 ハルがしきりに「星の少女」と呼ぶので今はそう呼ぶことにした。星の少女はファンタズム新規プロジェクトの候補生だった。ミソラも辛うじて金髪であったことと、ダンスがずば抜けていたことを記憶として思い出せる。ただ、それ以外の部分は印象残っていなかった。ハルがそこまで星の少女に固執する理由がよく分からない。だからこそ、三人集めて、とっとと理由を聞いて──。


「早く理由を聞いて……私、断るのよね?」


 思わず疑問形が飛び出てきた。あのとき、彼女の手を取ったのは、自分との約束を覚えてくれたからだ。正直嬉しかったし、曲を求めてきたのも胸が踊った。だがアイドルになることだけは躊躇いがある。自分はそんな器ではないし、そもそも家が許してくれるかどうか。


 だが根本的な問題は自分のことではない。ハルはどうして二週間前に、電撃引退をしたのだろうか。ニュースで見たとき、今年に入って一番の衝撃が襲ってきた程だ。応援というほどではないが、ハルの軌跡はある程度追ってきたつもりだ。彼女の活躍は微笑ましかったし、躍進に期待が踊っていた。


 だからまず、彼女の身に何かが起きたのだと推察した。しかしこれは今日の来訪で杞憂に終わった。ハルの家庭になんら異常は見当たらなかったし、違和感もない。少し懐が潤ったかな、という印象だ。アイドル活動の収入は借金を半分返せているので、経済的な不安は解消されているようだ。


「……なんだか、出会ったから全て、彼女に振り回されている気がするわ」


 倒れたところに出くわし、境遇的な部分を覗いてしまった。さらに好奇心で彼女の思いを曲にしてしまったことが、接点の始まりだったように思える。振り返っていくと、自分で撒いた種が開いただけのことだ。


 ただ、ハルと出会ってからの日々は割と愉快だった気がする。アイドルという未知の世界で、燦々と輝く陽光を見た。オーディションの表現力を鍛えるエチュードのとき、ミソラは自分の曲が素敵に彩られていることを知った。あの曲のポテンシャルがあったからではない、ハルがミソラの曲を輝かせていた。そんな副次効果があると考えもしなかった。


「今度はこっちが振り回してやるって、思ってたのにね」


 再び振り回しに来た。以前とは比べ物にならないほどの規模と状況のなかでの、アイドル活動。そして彼女の掲げる『みんなを幸せにするアイドル』とは、いったいなんなのだろうか。

 そうやって広場が近くにあるオフィスビルを回ったが、全滅した。これ以上の捜索は切りがないと判断して、ミソラはハルに連絡をかけようとした。しかしその前に、連絡をする思考が途絶えた。ミソラが最後に見かけたその広場で、練習着を着た金髪の少女が荷物を持って現れたのだ。周囲に人の数は少なく、彼女の姿はよく目立った。


「……あの子でいいのかしら」


 ミソラは物陰に隠れて様子をうかがった。星の少女は広場に荷物をおろしたあと、ウォーミングアップを始めた。どうやらここで活動をするらしい。このタイミングで、ハルはミソラに連絡をした。


『逃さないように見張ってて、交渉は私が行うから』


 と、やけに興奮気味だった。彼女が来るまで特にやることもないので、ハルがなぜあそこまで星の少女にこだわるのかを確かめてみようと思った。


 ウォーミングアップを終えた彼女は、オフィスビルの方へ歩いていった。そこは人の入りがなさそうな穴場のように思えた。彼女がわざわざビルの窓ガラスの前で踊るのか、その理由がようやく分かった。一年半前に訪れたレッスンスタジオでは壁一面に鏡があった。あれと同じように、自分の動きを確認するために窓ガラスは最適だったのだ。

 星の少女はワイヤレスイヤホンを取り付けた。あれで曲を聞きながら踊るのだろう。そうして構えをとって、数秒後、ミソラは一瞬で目が離せなくなっていった。


 遊びのある楽しげなステップから繰り出す、緩急自在の動きは、音がなっていないのに音を奏でているようだった。さらにまるで自分しか世界にいないのではないか、という全力を込めたパフォーマンスに、畏敬を感じさせるものがある。こんな分析を無意識でしてしまうミソラが、しだいにどうでも良くなってしまうくらいのものがやってきた。

 バク転、宙転──。身体能力の高さを見せつけているわけではなく、その動きは最初から当然のものだったように一体化されている。太陽に照らされた彼女は、小さくとも確かに輝いていた。

 最後の瞬間まで、星の少女は輝いていた。あそこまでのパフォーマンスを見せられたら、記憶に刻めないのがおかしいほどだ。つまり、オーディションのときは全力ではない。もしあれが出せていたならば、合格者は二人になっていのではないかと思った。


 すっかり彼女の動きに見惚れていたミソラは、いつのまにか姿が映るところまで移動していることに気が付かなかった。ゆえに、一息ついた星の少女がミソラを発見してしまうのだった。


「……あ」

「──あ、ぁ」


 声にならない声が互いから漏れ出した。星の少女は首から上まで真っ赤になっていく。ミソラはハルの要望を思い出し、即座に駆け寄った。


「待って、落ち着いて、ほら、私のこと覚えてるでしょ?」


 徐々に離れていこうとした星の少女の足が止まった。彼女は眉をひそめてミソラを見た。


「あ、あなたは」

「うん、思い出してくれた?」

「誰ですか」


 途端に膝下が崩れ落ちそうになった。冷静に考え見て、一年半前にレッスン室の端っこに座っていた謎の女でしかなかったのだ。覚えていないくても仕方がない。なので別のアプローチから彼女を引き止める策にでた。

「ずっと貴女を探していたの。一年半前に、ファンタズムのレッスンスタジオでオーディションがあったでしょ。私もその場所にいたの。候補生ではなかったけど」

「……あれのことは正直思い出したくないです。やっぱり失敗ばかりで、全然踊れなかった。それに、アイドルは人前でパフォーマンスしないといけないから、ダメなんです」


 切実な声で星の少女は言った。あれだけのパフォーマンスを見せていながら、まるでそんなのは幻想でしかないと態度に出ている。ミソラも、先程のダンスは幻の可能性を疑った。だが自分の心だけには嘘をつけない。


「人前でじゃなかったら、踊れるの?」

「……そうですよ。ていうか、なんなんですか。スカウトの人とかじゃないですよね」

「だとしたら私は熱心なスカウターね。こんな人気のないところで練習しても、誰も見つけてくれないと思うわ」

「だって、人がいるところだと、ダメなんです。前は、黎野さんがたまたま通りかかって、候補生として頑張ってみないかって言われたから……やってみようって思ったんです。もしかしたら、人前で踊れないのは勘違いの可能性もあったから」


 しかし、結果は思うようにはいかなかった。人前という環境で、従前に力を発揮できなかった星の少女は、いまもこうして人知れずダンスを踊っている。そう考えると、なるほどと納得する部分がある。まず、ハルに出会わせる前にはっきりさせる必要がある。


「そんな失敗があっても、ダンスを続けているならそれでいいんじゃない」

「……え」

 驚きに目をみはる少女に、ミソラは立て続けに言った。

「普通、突然オーディションだったとネタバラしされて、しかも受かることなかったなんてひどいにもほどがある。なのに、貴方はこうしていまもダンスを続けているのは、それしかないと思いこんでいるのか、それとも心の底から打ち込めるものだから。もし、人前で踊って先導ハルのように栄光を浴びたいのなら努力は必要だけど、そうでないなら一人きりで踊ったっていいと思うわ」


 そもそもだ。別に人を介さずとも、娯楽の共有が可能な時代だ。いまではVR技術で現地に行かなくてもライブの臨場感を体験できる。そんな時代に、なぜ人前で踊る必要があるのか。

 もっとも、一般論から外れたものだと、ミソラ自身理解している。世に出て初めて「意味」を持ち、感動という大きなムーブメントへつながっていくのだから。星の少女はミソラの前から立ち去るであろうと予想したが、星の少女はこう言った。


「──確かにそうだ。わたし、まだ踊ってるんだ」


 まるで初めて呼吸をしたように呆然と立ち尽くしていた。


「不思議。オーディションのとき、残念でとても悲しかったはずなのに。……わたし、ダンスしかないから続けてるのかな」


「自分の心に聞くしかないでしょう。でも、自分の行いを振り返るいいきっかけにはなるでしょ。人前でなければ、貴方は素晴らしいパフォーマンスを見せるんだから、もし人前に見せるならいくらでもやりようはあると思うわ」


 星の少女が唇を引き締める。アドバイスほどではないが、考える続けるということを忘れては欲しくないとは、どんな時も思っている。甘くない世の中は、自分の味付け次第でいくらでも甘くなる。その第一歩が考え続けることだ。


「もうすぐ、貴女のダンスを欲しがっている人が来るわ。逃げるなら今のうちになさい」


「……いいの?」


「勤めは果たしたもの。貴方の逃げ足に追いつかなかったと、あの子には言っておくわ」


 引き止めろという要望は叶えた。彼女の話を聞いて、こちらにいても幸せになれるとは思えない。彼女のパフォーマンスは目に焼き付いている。それだけでいいと思った。


 少女は戸惑いがちになりながらも、逃げる準備を始めた。荷物をまとめた後、ミソラに一礼をして公園を離れていった。彼女を見送ったあと、入れ替わるように「おーい」という声が届いてきた。

 ハルは駆け足でやってきたようで息があがっていた。


「あの子は──」


「ごめんなさい。ついさっきまでここに居たのだけれど」


 ミソラへの説明を端的に済ませて、どこかの喫茶店で話を聞こうと考えた。その前に、ハルがミソラの背後へ視線を向けて表情を明るくさせた。


「うん、やっぱり星のようにかわいい子だねっ。知ってる? あの子のダンス、本当にキラキラしてて凄いんだから」


「──え」


 ミソラは背後を振り返った。そこには、先程いなくなったはずの少女がこちらへあるきだしていた。彼女はミソラの近くで立ち止まったあと、息を吸い込んで言った。


「わたしはっ、ダンス以外に、人に誇れることがありません!!」


 それは初めて見せた感情に身を任せたままの言葉だったと思う。


「人前で踊ったら、ダメダメになる自分が嫌いですっ。というか、人が嫌いですっ。あんなのがいなきゃ、わたしはもっと当たり前のことが出来るのにって……そんなふうに、他の人のせいにしちゃう自分が大嫌いです」


 ミソラたちは黙って聞いている。少女は涙ぐみながらも言葉を紡いだ。


「もっと自由気ままに踊りたいっ。狭い場所でも、人のいないところでも、人がいっぱいいて、とっても広いところで。わたしは踊りたい。だから──」


 先に動いたのはどちらだろうか。ハルとミソラは、彼女の手を取った。それ以上は、言葉にする必要はない。すでにこちらが求めているものだと、ハルは思っているのだろうか。


「このように、私達は貴女を必要としているわ。ダメなところは、カバーし合えばいい。そうすれば、いつかどんな状況でも踊れる──って、先導ハルさんが言っていたわ」

「もう、勢い余って手を取ったくせに。これで……太陽と星と空気が揃った!」


 今度はミソラの手まで取り始めた。そう、三人が揃った。だがハルが最後に言った言葉の意味がわからない。


「あのぉ、この方ってもしかして」


「そう、オーディション一人で勝ち抜いた、元トップアイドル」


「え、けど引退したはずじゃ」


「そうよ。だからいい加減詳しく訊きたかったのだけど。太陽やら星やらと口にしだして困惑のさなかよ」


 太陽と星と空気。この三つの要素が自分たちと当てはめているのは分かった。だがミソラは思わず口を衝いてしまった。


「私、空気なのね」


 不満ではないが釈然としなかった。

 なにはともあれ。いよいよ本人の口から引退の真実や、みんなを幸せにするアイドルの梗概を聞けるのだろう。三人は広場の段差に、それぞれ腰を下ろしてハルの話に耳を傾けたのだった。


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