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Traveling! 〜旅するアイドル〜  作者: 有宮 宥
【EX】第四章 Happy Hack.
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先導ハルのアイドル街道──その終焉


 レッスンという名のオーディションの帰り道、ハルはソラと隣で付き添い歩きながら渋谷の交差点を進んでいた。事務所への契約書のサイン等は、後に行うと言った。その間、一週間に一度は渋谷の事務所へ赴いて芸能界のいろはを学んでほしいと要望があった。それらをきちんとメモしてはいるが、書いている文字すら自分が記憶して吐き出したものとは思えなかった。


「……せっかく合格したのに嬉しそうではないわね」


 ソラが沈黙を破って言った。彼女の心配そうな顔がハルに向いていた。


「そんなことない。でも、今日始めてきたばっかりなのにいいのかなあって」

「別にいいんじゃない。オーディションに突撃して合格する人もいるはずでしょう。才能があったのよ。それと同じ。実力でもぎ取ったのだから、しゃんとしなさい」


 そう言われて、ハルはしゃんとしてみた。胸を張って、空を見上げて、茜色に染まっていく世界をみた。そこでようやく、アイドルオーディションに合格してしまったのだと、認識がでてきた。


「……素直に喜べるのかなあ」

「喜ばなくてもいいでしょ。あなたは、とにかく早く一千万を稼ぎたいのでしょう。貴方が受かったのは、そんな精神を持っているのに、表現力がずば抜けていたからだと思うわ」


 ソラはそんなふうに語る。褒めているのかよくわからない。だがきっと、悪いようには陥らないように言葉を積むでいることは分かる。


「ソラさん、今日はついてきてくれてありがと。あなたがいなかったら、多分不安でダメダメだったかも」

「別に。言ったでしょ。私は私のために来ただけ。……けど、ちょっとは貴方が心配だったのもあるわ」

「え?」


 ソラは立ち止まって、ハルに言った。


「これは言うべきか迷ったけど、今のうちに言っておくわ。……疲労で倒れたときのことを覚えている?」

「う、うん」

「私の側で倒れたとき、貴女はこうつぶやいていたわ。”ナツ、アキ、不甲斐ないお姉ちゃんでごめんね”とね」


 彼女から、まだ口に出したことのない名前が出てきた。弟と妹がいるのは教えていたが、名前までは言った覚えがない。つまり、うわ言で口にした言葉だったのだろう。


「貴女が一千万円欲しがろうとしたのは借金返済のためでしょうけど、本当は下の娘たちに苦労を背負わせたくないからでしょ。……だから、その思いが本当に実を結ぶのかが知りたかった。倒れた日に私が弾いた曲を覚えてる? あれ、貴女が倒れたときの言葉を元に作ってみたの」


 そう言ってから、ソラは気まずそうに視線をそらした。


「……勝手に貴女の心を踏みにじるような真似をしてしまったと思ってる。その勢いで付いて行ってしまったのは、また同じような情動が得られるかもって思ったからなの」

「……そう、だったんだ」


 つまりは彼女も夢のために必死だったわけだ。アイドルにならないのも納得だ。たしかに一歩間違えると、人の心を傷つけてしまう行為であるのは違いない。だが、ハルは全くそうは思っていなかった。むしろ、ソラが作ったものは心を晴れやかにしたのだから。


「ソラさんの曲、素敵だったよ。レッスンのとき、不思議と体がフワフワって感じになったのは、ソラさんの曲が素晴らしかったからだよ。倒れたときの曲も、私のために作ったことは分かってたから、別に謝る必要はないよ。むしろ、ありがと」


 駅が近づいてきた。彼女会えるのも、あと数回程度だろう。次に会うときは、ハルがアイドルとして立派に活躍し、ソラが作曲家として大成しているときだ。


「ここでお別れだね」

 駅の改札口でハルがソラに言う。不思議と寂しさはない。先の道で交わることを、願っているのだから。

「頑張ってねソラさん。私、いつかソラさんの歌で歌うの楽しみにしてるから」

「ええ。ご期待に添えるように、頑張っていくわ」


 そうしてハルは渋谷駅の構内へ駆けていった。後ろを振り返ると、ソラがこちらに気づいて戸惑ったように手を上げた。嬉しいことをしてくれると思った。ハルは明るく手を降って、込み上げてくるものをやり過ごすように駅の構内を進んだ。

 ソラとはほんの少しだけ、友達みたいな関係値になった気がする。多分、生まれて初めての友達だ。

 またいつか会えたら良いなと仄かな願いを胸の奥にしまって、先導ハルは帰路についた。



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──





 

 ハルは二週間後にバイトを辞め、三ヶ月後にはアイドルとしてデビューした。黎野が言っていた新規プロジェクトは、深夜のテレビ番組で新人アイドルをデビューさせ、いろんな活動をさせていくというものだった。当初はLakersのバーターと呼ばれ、良い方へは動かなかったが、転機は初めて曲を披露したときだ。


 ハルのパフォーマンスは、華やかで温かみがあった。ソロでの活動という珍しさもあって着実にファンを獲得していった。デビューして半年後に行われたアイドルの祭典に参加し、ハルはよそのアイドルグループファンの心をつかんだ圧巻のパフォーマンスを見せた。

 さらに普段から大胆な発言や行動で、ファン以外の人間を良くも悪くも注目をされ始める。ハルはあるインタビューでこういう発言を残している。


「私がアイドルをやっているのはお金を稼ぐためです。私にとって、芸能界は仕事先の一つでしかありませんし、家族を養う以上のことは考えることは出来ません」


 その行動原理が家族を養うためだという気取らない発言で、先導ハルというキャラクターを確立し、十代から二十代の男女に人気が出始めていく。発言は気取らないが、町中で声をかけてきたものに対しては真摯な対応を見せ、それがSNSを中心に本当の人柄が認知され始めていく。デビューして一年が経った頃、ハルはアリーナライブで伝説的な出来事を起こした。



 アンコールが終わり、観客とステージが一体になったその瞬間、彼女は盛大なため息を付いて言ったのだ。


「こんなものかあ。なんか、思っていたより感動はないなあ」


 観客が騒然と唖然に満ちあふれているなか、ハルの独壇場が続いた。


「そこそこ稼げたからいいけど、誰も彼も同じことばっかり言ってるし、同じ反応しかしないわ。なんか、人間を相手にしている気分じゃないのよ。ああ、これ、ここに来ている、またはオンラインで見てくれている皆さんに言っています。あと、私だけじゃなくて、特定の個人や作品、または政治家でもいいかな。誰かの、なにかの対象に対して強い求愛を捧げているすべての人に、予め言っておきます。──先導ハルは、あなた方を満足させることは出来ません。そして私自身、アイドルをやってから今までまで、何もかも空虚な気分で過ごしています」


 誰もが幸せな気分で過ごしていた。先導ハルというアイドルは今まで何かが違う、だから応援できる。──しかし、あまりにもメジャーになってしまった。だからこそ、人柄や誠意を自然と求めてしまう。エンターテインメントとは、常にそういった崖と付き合うことになるものだ。それをハルは、人々が歓喜に満ちた絶好の場所で、とんでもないことをいい出したのだ。


「まずは、あなた達のおかげで借金を半分を返す目処が付きました。本当にありがとうございます。みなさんが汗水働いて得たお金は、半分以上がスタッフや事務所の利益になり、私には手のひらに乗るようなくらいのお金が残ります。それでも、今まで稼ぎで一番良かった。事務所が提示した、人気が出れば三年で一千万稼ぐという目標は、あと一年もすれば叶います。けど、それはもう終わりです」


 先導ハルはマイクで拡声した声で、高らかに宣言した。 


「先導ハル、このアイドル活動に飽きてしまいました。水面下で引退準備をしてきましたので、明日からは別の手段で五百万返そうかなあって思います」


 困惑から阿鼻叫喚の悲鳴が響いた。そんな悲鳴のなか、ハルは言った。


「それじゃみんな──またね!」


 これを後に、史上最悪の引退だとファンなどでは語り草にされている。だが引退の準備を水面下で押し進めていたことは本当らしく、番組やCMスポンサーには話はつけてあったらしい。しかし、引退の真実は誰も知らされていない。

 ファンたちの怒りは留まることを知らなかった。引退は四月三〇日で、GW中は引退に対して激怒するファンが横行し、グッズを燃やすためにボヤ騒ぎまで起こしたこともあった。

 怒りが沈静化したのは、引退の真実が表に出たから。引退から十日後、週刊誌で醜聞がでてきた。


『先導ハル、謎の男とホテルへ?』


 という見出しと、白黒写真で男とともにホテルの中へ入っていく場面を取られた写真で、怒り狂ったファンが沈静化した。自分たちは幻を見ていたと目が覚めたようというように、週刊誌の記事が止めになったようだ。


 なにより一番ダメージを食らったのは事務所の方だ。ファンタズムは今回の件に対して、一貫してノーコメントを貫いていた。どうやら事務所の方には引退への筋は通していなかったと推察がなされた。


 そして、先導ハルの現在は誰も知らない。母校である花園学園からは先導ハルは四月から休校中だという言葉だけだった。

 たった一年、たかが一年で、先導ハルは芸能界で駆け上がるスターになった。いや、成り上がる前に、自ら階段を壊した。なぜ彼女がそのようなことをしたのか、もはや誰も知ることはなかった──。





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