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Traveling! 〜旅するアイドル〜  作者: 有宮 宥
【EX】第四章 Happy Hack.
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不幸な状況

 レストランのアルバイトを終えた帰宅途中で、ハルは思わぬものを見つけた。今朝はオフィスビル前の公園に少女の姿はなかったが、午後十七時のいまはしっかりとそこにいた。相変わらずダンスを踊っている。


「……気付いてないのかな?」


 誰に見られていてもお構いなし。ヘッドホンを身につけて外界と遮断しているのだろう。少女の動きは鮮やかで、通行人は必ずといっていいほど視線を送っていた。鏡で自分に視線が集まっていることが分かっているはずだ。気付いていながら続けているのか、それとも本当に気付いていないのか。


「よし」


 ハルは自転車を駐めて、傍観から鑑賞者にまわることにした。どんなテレビやネットの動画より、彼女のダンスを見るほうが楽しいという予感があった。願わくば話をしてみたいところだが、そうすると猫のように逃げてしまう可能性がある。

 ちょうど踊っている近くにベンチがあったのでそこに座った。距離が近づき、少女の踊りがより一層激しいものだと分かった。

 両耳にはそんな動きでびくともしないワイヤレスヘッドホンをしている。水色を貴重とした練習着は、私服でも違和感のないくらいにお洒落だ。これで踊る人がいたらたしかに注目を浴びるだろうと思った。


 そうして観察をしているうちに、曲終わりの決めポーズを取った。数秒くらい静止してから、体を脱力させた。どうやらダンスが終わったらしい。ハルはいいものを見せてもらったお礼に胸のところで拍手を送った。もっともヘッドホンを装着している少女には届いていない。

 しかし少女の振り返りざまに視線が合った。唯一、拍手を送っているハルをみていた少女は呆けたように立ち尽くしていた。ハルは拍手を止めて真正面からの少女の顔を見つめた。


 後ろ姿だけで星を連想させていたが、正面からだとあながち間違っていない印象だった。透き通った肌、瞬きするだけで星がきらめき、涼やかな表情からみせるあどけない面影をのぞかせていた。もし正面で彼女が踊っていたら、どうなっていたのか分かっていたものではない。笑顔を振りまかれたら、一生この少女の虜になってしまったかもしれない。


「あ、あの」


 なにか言わないと失礼だと思った。勝手に観客になった挙げ句、話しかける豪胆さがあることに驚いた。必要以上の接触はしない方だと思っていたが、バイト先で出会ったピアノをひいていた少女と歳が近いように感じたから、素直な心が表に出始めていたようだ。何かの予感に突き動かされているような奇妙な感覚だった。


「ダンス、かっこよかったです。通勤の途中でよくお見かけしたんですけど、近くで見ると本当に美しくて──」

「………ッ」


 とりあえず感想を一言、という軽い雑談から始めようとしたその時。少女が慌てふためいた。みるみるに唇が震え、顔を赤くしていく。そこからの行動は素早かったビルのガラス面にあった荷物をまとめ、彼女はその場から姿を消してしまった。野良猫に近づこうとしたら草むらへ一瞬で逃げるあの感覚を思い出した。


「避けられちゃった……」


 つまりだ。彼女は二度とこの場所で踊ることがないのでは、という可能性が浮かんだ。もし自分の行動が発端なら愚かなことをしてしまったと思った。あの少女はただ踊っていただけで、観客の感想なんて求めていなかった。いや観客すら望んでいなかったのかもしれない。ハルが良かれと思って発したものは余計なお世話。彼女から練習場所を奪ってしまっただけだった。


「……やっちゃったなあ、帰ろ」


 時間が経てば罪悪感も薄れていくだろう。次に少女がどこかで踊っているのを見かけたときは、そっと見守るだけにすると心に決めたのだった。







 夕食前には自宅に戻ることが出来た。ママチャリをしまい、二人が帰宅していることを確認する。門限は十七時までとこの家のルールだ。玄関先に二人の靴があることに一安心したのも束の間、ハルは先程抱いた罪悪感が吹き飛ぶほどの衝撃に出くわした。


「……この靴って」


 明らかに異物が紛れ込んでいた。黒の革靴が二足そこにあった。大きさからして男性のものだろう。そのまま立ち尽くして考えを広めようとしたその時、今の方から声がやってきた。


「お、主さんが帰ってきたか。んじゃ、ちょいと話をつけにいきますかね」


 居間から顔をのぞかせたのは厳つい面をした大男だった。その端からアキが不安そうに顔をのぞかせていた。


「お、お姉ちゃん。ごめんなさい。この人達が、お姉ちゃんに話があるって言うから、つい……」

「嬢ちゃんは悪くねえさ。こっちは話を終えてからとっとと帰りたいところだ。こんな些末な仕事なんて御免被りてえからな。ほら、上がってくれ。大事な話が待ってるぜ」


 軽薄な口調でも威圧感を感じる。淡々と仕事をする者ではなく、明らかに敵意をにじませている。ハルは慎重な足取りでダイニングへ向かった。ナツが居間の方で恐怖を浮かべていたが、ハルをみて一気に和らいだようだ。


「姉ちゃん……おかえり……」

「ただいま。二人共、悪いけど居間に入ってて。襖も閉じてくれると嬉しいかな」


 二人を不安にさせないように穏やかな声で指示する。アキはうなずいてから、その通りに動いた。完全に襖がしまったところで、大男が感心したように声を上げた。


「さすが子供には話がしづれえからな、ありがたいぜ大黒柱さま」

「……座ってください。家主の許可無く上がり込むのはいただけませんが」


 そりゃすまなかったな、と悪びれる様子もなく男は椅子に座った。ハルは気が進まなくとも、冷蔵庫から冷えた緑茶をカップに入れて差し出した。それからハルも正面に腰を下ろし、開口一番に言った。


「ここには来ないという約束でしたよね」

「様子を知りたかっただけさ。未だに一割も返せてねえんだ。どうにか金を作れと命令されても仕方ねえ」

 自分も被害者のようなものだと男はアピールする。それに対する返答は決まっている。


「卒業まで待っていただくようお願いしたはずです」

「わーってる。事情は重々承知だ。だがな、お前があの両親の実の娘である以上、娘に責任が及ぶのは当然のことなんだ」

「……なぜ両親は破産申請はしていないのですか」

「決まってるだろ。そんなことをすれば遊べねえ。有名だぜ、お前さんの両親がどんだけイカれてるかはな」


 ハルは顔をしかめた。生まれてこの方、両親に対する悪評ばかりが付きまとっている。父と母は、ギャンブルに狂い、お酒に狂った。たったこの二つが人間を破滅に追い込み、子供を蔑ろにする結果を迎えた。いま、その尻拭いをしているのがハルだ。両親が存命だからこそ、親族に責任を覆いかぶさろうとしている。


「死んでたら文句は言わねえさ。けどな、数多の闇金から借りパクした挙げ句、行方をくらませているお前の両親だ。娘は出来たやつのなのにな」

「世間話をしに来たのなら帰ってください。……これ以上、出せるお金はありません」


 最後のケースに警察へ連絡をかけるという手段がある。通用するかはわからないが、いつでも繰り出せるという態度を崩してはならない。


「ま、俺は様子を見に行けって言われてきただけだ。約束通り、期日通りに頼むぜ、大黒柱さん」


 そういって借金取りはお茶を一気に仰いだ後、今から出ていった。本当は別の目的があるのかもしれない。資産状況や家庭状況から、奪えるものは奪う算段をつけるなどだ。生憎、この家には金品になるものは少ない。スマホは連絡用に自分が持っているだけ、テレビやゲーム、本といった娯楽物を一切買っていない。借金取りは馴れ馴れしくこの家に関わろうとしてくる。今回の件でそれが明るみになった。


「……一生かけてやることが返済だなんてね」


 この家のローンを払い終わっていることが繋ぎになっている。もしあったら高校なんて通っていないだろう。


「せめて二人だけは」


 ハルは二人との出会いを昨日のことのように思い出せる。三年前、あの両親の子供が施設に引き取られたと聞いて飛び込んだ先、二人きりで寂しそうに砂遊びをしている姿が印象的だった。すぐにあの両親の子供だと分かった。あの孤独感を、ハルも味わったことがあった。


 最初の邂逅、二人はハルを警戒していた。本当に姉なのか、どうせ殴ったりするのだろうと。それをよく知っていたからこそ、今からでも家族になりたいと願った。

 ハルはすぐ、二人を引き取るための策を取った。週に一回は施設で二人と出会った。打ち解けていくのは早かった。あの両親のことから話は発展して、辛い時代を過ごしていたことを共有すると、警戒心を解いてハルを「姉」と親しむようになった。


 中学生では引取人になれなかったので、高校生になってすぐに二人を迎えに向かった。その際、DNAの一致を行い、99.9%の一致で親族と認められた。ハルの見た目があまりにも二人と似ていないことから検査が入ったのだろう。ちなみに親族でない場合は、二人を引き取ることは出来なかったらしい。


 あとは慎ましくも家族のいる生活を送るだけだった。一緒に暮らして一ヶ月したあとに、両親からの借金を背負うことになったのだが、家族が離れ離れで暮らすより良いと思っている。大変だが、幸せだ。生きがいがある。せめてナツとアキに不自由な状況を押し付けたくない。


「二人共、出てきていいよ。今から御飯作るから、早めに宿題終わらせてね」


 襖が開き、アキが不安そうな顔を浮かべてくる。ハルは笑みを浮かべて子供をあやすように言った。


「さっきのおじさんはもういなくなったから大丈夫。それより、なんか変なことされてない? もしそんなことになったら、警察へ通報しちゃうけど」

「ちょっと部屋を見渡して、狭い部屋だって。あと、あの箪笥を開いたから、開かないでくださいって言った」

「あの男、なんてこと」


 社会常識も欠けている。いや欠けていても生きていける人種なのだろう。あの借金取りに一度言っておく必要がある。


「あと、仕事に必要な書類を見つけたって言って、封筒みたいなものを覗いてた。大当たりって言ってからポケットに仕舞ってたけど」

「封筒……? まさか──」


 箪笥を開いたばかりか物も手にしていたようだ。だが変だ。借金返済に関わる書類はファイリングでとじている。封筒と聞いて思いつくのは、アキの修学旅行用に用意した積立日の一部のお金のみだ。ハルははっとして箪笥へ向かった。


 一番上の引き出しを開き目的のものを探す。これほど自分の管理能力を恨んだことはなかった。隠すなら、もっと一番下の方へ隠すべきだった。白い封筒は新品のものしかなく、お金が入っているものは何もなかった。


 アキの修学旅行費は借金の肩代わりに使われてしまった。ハルは膝を落とし、振るえる全身を押さえ込めようとした。せめて二人の前では立派な姉を演じようと。なのに、今回の件で思い知ってしまった。


 この状況が、二人を不幸にしてしまう。その不自由がやってくるのは、すぐそこに迫ってきている。


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