幸せの息吹
人とは幸せという「夢」を追い続けてしまう、愚かな霊長の名だ。
生まれた環境、過ごした時間、手にしたもので相対的に決まる幸福と、どこまでいっても自己満足で得る幸福は、似ているようで全く似つかない。幸福の総量とは、姿かたち思想がそれぞれ違うように、個人差が現れる。大金持ちが幸せだという人がいれば、貧乏が幸せだという人もいる。
反面、人が不幸せになる瞬間はだいたい同じだった。擦過、激突から端を発し、人は感情を排泄する。排泄したものが混ざりあえば、その場に立つのも不快な状況が出来上がる。涙はしないが、漠然とした不安と向き合うのが当たり前になった時代のさなか、人々は幸せというものを探し求めて日々生きているものだ。それを愚かと言わずなんと言うのだろう。
少女はその愚かさと真正面から向きあった。最初は利己的な理由からでも、この道は必ず誰かを幸せにすると信じた。歌と踊りでしか、表現できなくても、仲間たちがいれば必ず成し遂げることができる。強い光は深い影を生むが、その影すら照らす「太陽」になると誓った。
少女はこれから歌う会場の外で新年の太陽を眺めていた。開演まで後少し。広場に集まっている人たちは既に幸せそうだ。
けど、この中はファンしかいない。ある意味で、失敗したところで咎められることはないのだろう。
少女はなにか胸に引っかかる物を感じていた。ここまでの道のりは、決して間違いではない。だが決定的な見落とし手をしているような気がして、最高の瞬間を迎える心境にはなれなかった。
「……大丈夫。これから、ちゃんとここにいる人達を幸せに……」
帽子を深くかぶり直してから、会場の外を後にする。そのとき、風の音が聞こえた。少女は振り返って、橙色を伸ばしたような空をみた。不安を消し去るような光景に目を細める。太陽はビルの中にしまわれるように落ちていく。
そろそろ夜の時間だ。昼間の万人を照らす光の仕事はもうおしまいだ。もちろん、そんな自然現象ではないが、営みが切り替わる分かりやすい指針になっている。影を色濃くし、空の色を翳らせる。視界の端になにかがあった。
「あ……」
名も知らない星が、太陽の光に負けじと輝いている。昼間はもちろん、都会の光にかき消えてしまう空の星たちは人の目で見ることができない。だからこそ、たったひとつ、小さく輝くだけでどんな光よりも素敵に映る。
太陽と星が同時に顔を覗かせている。別に奇跡がそこにあるわけはない。見上げればよくある景色の一つだ。少女にとってはあそこにあるものが全てだった。
「太陽と、星と、空気が、みんなを幸せにする。してみせる」
太陽と、星と、そして形はなくても生物たちに等しく与えられる呼吸──空気。
星と太陽を見上げながら空気を吸い込む。
それは幸せの息吹の始まり。
みんなを幸せにするために奔走したアイドル、〈ハッピーハック〉の話である。




