はじまりの空へ
旅するアイドル一行はけやき広場から脱出し、近場の地下駐車場までたどり着く。そこにはキャブコンを駐めてあり、あとは都内から一旦退散するだけだった。
花園学園の一件で、フィクサーに関する情報を得た。残り二人のフィクサーとの対決は避けられない。貴重な情報を得ることが出来たのは僥倖とも言える。そう考えると、一概に長期間滞在したこと悪いものではなかった。
五人がキャブコンへ駆け寄ろうとしたとき、車両の間から人影が出てきた。どこかで見たことある風貌で、その手には凶悪な武器を手に携えていた。
「ち、ここで敵かよ。つーか、こいつらって夜に出くわしたやつか」
「ええ。見たことある風貌がチラホラとね」
そういえば、住宅街で倒した半グレ達を放置して学園へ戻った。てっきり逮捕されているのかと思ったのだが、どうやら運良く逃げおおせたらしい。一部の男達は頭や顔に包帯が巻き付いており、そこから覗かせる感情が以前よりまして見えた。
「よう、逃げる手段を失った旅するアイドル! お前らが、俺らに何したのか、体に徹底的に食らわせてやる」
「あらあら、勇ましいわ。けど、アイカちゃん一人ならボコれるでしょ。頼りになる戦力はもうひとりいるけど」
一体誰のことだろうと、ミソラは訝しんだ。当然ながら、アイカ以外にまともな戦闘力を持つものはいない。
「はん、じゃあこれをおみまいさせてやるぜぇ……」
鼻ピアスの男が懐から取り出したものに、ミソラたちの息が詰まった。男はハンマーを下ろし準備を完了させた。小型の拳銃がミソラたちに照準を定めている。あとは引き金を引くだけで、死の確率が高まる。
ミソラはユキナの前に躍り出た。彼女には指一本触れさせない。ユズリハが前に出てヒトミをかばうように、それぞれが拳銃に対して一歩も臆していない。
「おい、おいおい、なんだよそれ。拳銃見たらちょっとはビビるだろうがふつうよぉ……」
「生憎、こちとら銃声の飛び交う場所で仕事したことあんだ」
「だ、だからなんだってんだよ。せっかく遊んで暮らせるかねが、手に入るんだ。俺が躊躇するとでも思ってんのか。……おい、やるぞ、マジでぶっ殺して──」
『残念だが、出待ちはお断りしていてね。暴言を吐く悪質なものには手荒な真似で対応することを許して欲しい』
駐車場に響く歪な声に、男達がどよめく。ボイスチェンジャーをかけたような性別の判別しない声に、ミソラ達はまさかとつぶやいた。
視界の端から黒い影が飛び出してきた。目まぐるしく動きで男達を昏倒させていく。その手には剣のようなものを手にしていた。両端が鋭利な刃と化している。もちろん、斬りつけることはなく、刀身の広いほうでなぎ倒しているだけだ。
「な、何だこいつは……ぐぁっ」
「や、やめろ、来るな化け物──」
半グレたちからしたら恐怖でしかないだろう。顔を仮面で覆われている謎の人物が、鮮やかな動きで仲間たちを倒していくのだから。アイカ以上の恐怖が男達から聞こえてくる。
「うわぁ」
アイカが大人げないものを見たような感想を漏らした。ユキナは久々に見た〈P〉に対し、目を輝かせている。
「やっぱ〈P〉さんつよいね。……でもなんか、前と姿が違うような」
呑気にユキナが指摘する。ヒトミが「仮面がリニューアルしてるわね」と答えた。それは後で話すとして、〈P〉の活躍で拳銃を持った男が恐怖に腰を抜かすのが見えた。
「な、なんだよ、またかよ、またこうなるのかよ!」
『君たちこそ、早く闇から脱したほうがいい。悪い子供は、悪い大人に玩具のように利用されてしまう。そんな末路をたどりたくないなら、いい話には飛び込まないほうが懸命だ』
〈P〉は膝を付き、拳銃を握っている手を掴んだ。すると駐車場内に銃声が響いた。計六発。恐らく拳銃に装填された弾丸を出し切ったのだろう。銃弾の向かう先は〈P〉の肉体だ。
「あ、あぁ……」
『君はこれと相対した。これが何を意味するのか、よく考えるといい』
それから男は完全に消沈し、そのまま拳銃を握ったまま動かずにいた。それから〈P〉がミソラたちに振り返って言った。
『よくぞ危機を脱した。私がいなくても、ある程度はやれると示してみせたな』
「……ねえ、久々の再開で言いたくないんだけど」
『なんだ』
「仮面を新調するくらいなら早く助けに来てよ」
『ふふ。私の事情も少しは鑑みてもらいたいものだ』
「事情ってなんですか?」
ユキナが問うと、〈P〉は
『次からは新たな戦いが始まるということだ。そのために私自身もバージョンアップし、次なる波乱に備えている』
もちろん、波乱があれで終わるわけではない。当面の目的はフィクサーとの対決に備えることだ。蜘蛛足との遭遇は避けられない。ミソラ達は今まで以上に気を引き締める必要がある。〈P〉が仰々しい態度を披露していく。
『さあ、アイドルたちよ、旅を続けるぞ。その前に、寄り道をする必要があるがな』
一同はキャブコンへ乗り込んだ。だがこれで全員じゃない。〈P〉も案外可愛げのあるところがあるなと、ミソラたちは視線を交わしあって微笑ましく思うのであった。
夜の病室から見える半月は、まるで自分の心を映し出しているようだ。大切なものを失うと自分の体が失うくらいの痛みが伴うとは聞いているが、間違いなく半分以上は失っているだろう。
旅するアイドルが学園を脱出したと知り、ラムはとうとう自分の役目が終わる時間を得ていた。お腹の傷は大事には至らず、しばらくの間は胃腸を苦しめない食事をするように言われている。あと数日で退院という見込みだ。
彼と出会ってから灰色の世界が色づいた。自分だけの苦しみが人並みのものだと知ったとき、ラムは人生そのものに絶望しかけた。人が死ぬ以外のことは、大袈裟だと笑われる世の中なのは、平和の証ではある。つまり、それ以上の贅沢を望んではいけない。
「──そう、元に戻るだけ。いや、もしかしたら捕まるかも」
自分は普通の女だ。生まれや経験、考え方の全てまで、この日本の社会が作ってくれた。おとなになって無事に過ごせたのは、大半を社会の安寧のおかげと言ってもいい。ある意味では、〈P〉と出会ったときに社会からはみ出してしまったのかもしれない。
「それでも、いい体験をしたかも」
人並み以上の波乱に出くわした。不謹慎な言い方だが、出会った数々の事件は──楽しかった。悲しくて、やるせなくて、それ以上に自分の存在価値を疑うほどに、彼らとの旅は刺激的であった。
──もしかしたら不思議な恋心だってあったかもしれない。まやかしならそれでもいい。
願わくば、旅するアイドルに大願と幸があらんことを──。
『君はいつまでそこで眠っているつもりかね』
ラムはその声にハッと振り向いた。病室の扉から仮面をかぶった彼がこちらへあるきだしていた。ラムは意識を払うように視線を反らす。
「……こんな私になにか用ですか」
『フフフ』
「な、何が可笑しいんですか。笑いに来たのなら十分でしょう、もう私が役に立つことなんて──」
ないといいかけたとき、突如自分の体の感覚が宙に浮いた。〈P〉が横たわった彼女をそのままの体勢で持ち上げていた。点滴をしていないので、邪魔となるものはなくなっていた。ラムはそのまま暴れようと試みたが、お腹の痛みに支障をきたすと思い、口だけで放った。
「お、おろしてください」
『断る。旅するアイドルは君を必要としている』
「まさか。運転手はいるし、数だって増えました。ユキナさんも戻ってきてハッピーでいいじゃないですか」
『残念だが、私のことを彼女たちに知られるのは都合が悪くてな。君がいてくれると、私が助かる。無論、無理強いはしないが』
〈P〉の仮面が真っ直ぐとラムを見据える。いま彼に体を抱えられて、頬から首まで熱くなっている。何処でそんなくどき文句を覚えたのやら。
『アイドルたちから、私の素直で答えろと言われた。なので素直に応じたまでだ。君が必要だ。一緒に来てくれ、ラム』
無理強いは無理強いはしないのではなかったのか。彼の言葉は、ラムから諦めることを奪いとってしまった。観念したような吐息のあと、誰もいないことをよそにこちらも素直な態度で接した。
「はい。是非お供させてください」
彼の肩に身を寄せる。硬い鎧からは冷たい感触しかやってこない。反面、ラムは自身の心が温まっていく感覚でいっぱいになった。
「あ、ラムさんが来たわ」
「わあ、お姫様抱っこされてるよ」
「アイツら、妙に遅かったよな……」
「アイカちゃんそういうの分かるの〜? ちょっと後で楽しいお話を──」
「ヒトミさん。後でお説教をさせてもらいますからね」
『さて揃ったわけだが、彼女の景気祝に彼女が行きたい場所へ連れて行くのもいいだろう』
「いいんですか? では北海道に連れて行ってください。夏の北海道は涼しいみたいなので」
1st season end.
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