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Traveling! 〜旅するアイドル〜  作者: 有宮 宥
【Ⅰ部】第三章 偶像の再定義
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Demonic Drive


 Traveling──Action!


 ミソラの宣言で全員が最初のものを破壊した。本校舎、寮、校庭、中庭に位置したユキナたちは手に持っている武器で監視カメラに振りかぶった。一撃で粉砕したカメラの残骸がこぼれ落ちた。イヤモニから届くのは、体育館からの悲鳴とミソラの指示だった。

『みんな、一つ残らずぶっこわしなさい。カメラの位置は把握しているわね。全部片付けたら──うりゃっ、例の場所で落ち合いましょう」

 通信が途切れた。ミソラも自分の役割を開始させたようだ。

「よしっ」

 旅するアイドルに復帰してし最初の仕事は、花園学園の監視カメラを一つ残らず壊すことだ。これは最初のきっかけに過ぎない。後の布石のために、徹底的にやるつもりだ。

 ユキナは学生寮の中にある監視カメラを四階から順に破壊していった。とはいっても数は少ない。ミソラとアイカの部屋、ノアとスミカの部屋、ヒトミとユズリハの部屋が各個室に二つあった。小さくて見つけにくいが、アイカから隠れている場所と形を教えてもらったので見つけるのには苦労しなかった。次は廊下と食堂だ。廊下の監視カメラを、金属バッドを振りかざして粉砕する。一階のそして最初の試練が待ち受けていた。

「……テレビで見ましたよ、ミソラさんたちがお世話になりました」

 ひょこっとユキナは学生寮の寮長に会釈した。彼女は食堂で待ち構えており、武器を手にしていた。柄の長い竹箒だった。

 ユキナは自分が大きくなったような気分に不快な思いを抱く。これは人に向けるための武器ではない。あくまで物を壊すためのものだ。

「どいて、くれませんか? カメラ以外のものは壊しませんから」

「──これは大事な生徒を守るものよ」

 ユキナは首を横に降った。何年も寮の管理人を務めていたとミソラたちから訊いている。彼女は今回の件に納得がいっていないはずだ。

「カメラじゃ銃弾から身を守れませんし、盾にもなりません。それはただの監視装置です。けっきょく誰かが助けに来る前に、誰かが傷つきます。……ミソラさんたちが戻ってきて本当に良かったですね」

 ユキナは真面目な顔でいった。皮肉めいた言い回しだが、彼女には急所をくらったような様子でうなだれた。

「カメラを壊すだけなの?」

「ええ。これこそが諸悪の根源ですから。監視カメラじゃなくて、盗撮のカメラだと思えば──」

 ユキナは隅っこにあるカメラをバットを振りかぶってぶつけた。片手だと粉砕まで至らないが、寮で力を込めてあげると中身が飛び出すような威力を発揮する。

「別に罪悪感なんてありませんしね」

 食堂のカメラを全て破壊したユキナは、そのまま片付けに入ろうとした。時間はないのだが、散らかりっぱなしなのもきまりが悪い。カメラを破壊した後の片付けを済ませようしたときに寮長が言った。

「……私が掃除しておくわ。寮は私の家だもの」


 校舎内のカメラが最も数多く配置してあるらしい。アイカは四階の廊下から教室を順に破壊活動を進んでいき、三階へ降りようとしたところで邪魔が入った。

「アンタら、怪我したくなかったらどいたほうがいいぞ」

「そういうわけに行くか。おとなしくしろ、犯罪者」

 臨時で雇われた警備員が立ちふさがってきた。数は三人。ミソラからなるべく傷つけるなという要望があったので、仕方なくそれに従うことにした。警備員が駆け上がるのを機に、アイカは身を翻して四階へ戻った。その空き教室の一つへ入り込む。警備員たちが乗り込んでくるものの、アイカが立つ場所は開けた窓の外側だった。

「おい、正気か。ここ四階だぞ!?」

「はん──」

 アイカは飛び降りた。落下の速度より早く手を伸ばし、三階の鉄パイプを掴んだ。そのまま懸垂の勢いで、窓が開いた三階の教室へと入る。生徒の荷物がロッカーの中へ詰まっていた。

「ああ、これが本当の学校ってやつか」

 アイカは教室の隅に配置されたカメラをゴルフクラブで叩き割った。他のメンバーは鉄バットか鉄棒だが、アイカは身長が足りない理由で倉庫の奥に眠っていた錆びたゴルフクラブを使うしかない悲しい事情があった。もっとも、長物を振り回すのは小柄なアイカが得意としている戦法で、いくらでも優位に働かせることができる。数分もしないうちに三階フロアのカメラを的確に破壊していくと、四階から降りてきた警備員と居合わせた。まだ二階と一階が残っている。手荒な真似はするなとミソラには言われたが、ロープなどで身動きできない状態にするなら文句は言わないだろう。

 警備員が追ってくる。相手がテロリストの娘であっても怖気づくことがないのだから。だが実際の戦場ではこれが命取りになる。アイカは猛然と駆け出し、男達と接触する寸前で全身を床に滑らせた。男の股の間を通り、彼らの背後を取る。そのまま、足払いをかけ、バランスを崩した男が別の者へと激突した。目が点になっているもうひとりの男に対してゴルフバットを股にくぐらせて、両手で糸を引くように引っ張った。足元が宙に浮き、二つ重なったところへ重々しい衝撃が加わった。古典的だが、戦いに慣れていないものには友好的だった。

 アイカは呻いている男たちに一瞥を送り、そのまま階段を降りていった。

「二階のカメラが一番多いんだよな。クソ、あの女、勝手に当てにしやがって」

 ミソラが割り当てた役割に苦言を呈しつつも、的確に仕事をこなしていく。三階と比べて三倍ほどのカメラがあるが、追手がいないと仕事が楽に終わる。半分以上を破壊したところで、アイカは窓の外を眺めた。いちばん大変な外を、ミソラとユズリハ、ヒトミが破壊する役を担っていた。生放送に先駆けて、雇われの警備が大人数の体制で待ち構えていたからだ。こればかりは仕方がない。悲鳴が時折聞こえるが、アイカにとっては意味のない悲鳴でしかなく、平和を実感させるものでしかなかった。

 そうして時間調整でもしようか考えていると、体育館の方から少女が駆け出しているのが見えた。ミソラの予想だと、作戦が始まったら生徒は体育館に保護という形をとると言っていた。

「……ちょっとばかし追いかけてみるか」

 アイカは少女が行きさきを見据えて、手近な窓から飛び降りた。着地の寸前で肩と背中、太ももで受け身を取り、そのまま少女が向かった方向へ走り出した。アイカの高鳴っていた。

「州中スミカ。アンタがアタシを殺してくれるか教えてくれよ」


 ユズリハは作戦開始時にカメラを一つだけ破壊した後、物陰に隠れ潜んでいた。彼女たちは積極的に破壊活動に参加しているが、ユズリハは冗談ではないと感じていた。これはれっきとした器物損壊だ。五人が初めて揃ったところで、これからどうするかという話になり、なぜ学園の監視カメラを破壊するということになるのか。真意を知っているのは、宗蓮寺ミソラの頭の中だけだ。

「ううぅ、こんなの本部に見られたらどうなるのよ……」

 あくまで潜入任務がユズリハの役割だ。なるべくなら彼女たちの意向を汲むようにと命を受けている。中には法律に反することもよしとする場合もある。だがこれでは、ユズリハはただの暴れん坊として映ってしまうではないか。

「今から確認をとって」

「──あ、やっぱりサボってる。サボタージュはいけないんじゃなかった?」

 スマホを取り出したとこで驚きで手放しそうになった。物陰といっても、建設中に偶然できたようなところで、意外と涼しく好ましい場所だった。それをヒトミは見事に発見してみせた。

「い、一応仕事してましたよ。ちょっとだけ休憩してだけで」

「珍しいこと言うわね。本当は乗り気じゃなかったんでしょ。だって仮にも一般人だものね、あなた」

 そうなのだ。ユズリハは一般人で通っているはずだ。それなのに宗蓮寺ミソラは中庭の監視カメラを破壊しろと言ってくる。不可解にも程があるではないか。

「一人じゃ効率悪いと思ってユズリハちゃんを探してたの。──ほら、サイレンの音が聞こえるでしょ?」

 ミソラの宣言の後から数分で遠くからパトカーのサイレンを耳にした。随分と準備がいいと思いつつも、近隣の交番が出動していると思えば腑に落ちる。流石に警官相手に手を出せば公務執行妨害でユズリハが捕まえるかもしれない。その前に本部からの指示を仰ぐ必要がある。

「ほら、いちいち彼らを相手していられないわ。さっさと壊してお楽しみに備えましょう」

「……私が乗り気みたいに言わないでくださいよ」

「練習人一倍頑張ってじゃない。楽しいって気持ちが上達の基本よ。ただし一歩抜きん出るには戦略が必要だけどもね」

 ヒトミがユズリハを引っ張って連れて行く。こうなってはもう仕方がない。旅するアイドルに参加してしまったからには、あとできっちりと報告書をまとめ上げて、処遇を仰ぐしかない。

「ヒトミさん、校庭のカメラ全部破壊したんですか」

「ううん。途中で放棄しちゃった。だって木の上なんて登りたくないもの。アイカちゃんにおまかせしたいところなんだけど……」

「はあ、じゃあ私がそれ壊しますから。まずは中庭のカメラを破壊しましょうか」

 ユズリハはバッドを剣道の要領で叩き割っていく。警察官は拳銃や警棒の所持、柔道や合気道などに精通しているが、剣道だけは実際の職務に使ったことがない。しかも剣道だけ他の武道のなかで秀でており、実務で特に使いみちのないことに嘆いていたが、こうして利用できたことは幸か不幸か。

 中庭の監視カメラを全て破壊した後、二人で校庭へ向かう。片付けるものだけは片付け、残るは十メートルはある松の木のみ。ヒトミが言ったとおり上るのに苦労しそうだが、いけないことはない。

 ユズリハは跳躍し、手近な太い枝を掴む。腕の力で体を引っ張り、足をかけていく。枝がたわむが、次の足場を求めて伝い歩いていく。

「あ、まずい。おまわりさんがこっちに来た」

 ヒトミは声を潜めていった。木の陰に隠れるが、真っ直ぐこちらへ向かっているのがみえた。ユズリハは急いで上がっていく。天辺に設置されている理由は、校庭全体を映すためのカメラだからだ。番組スタッフはそんな面倒まで惜しんで、校庭を取りたかったのだろうか。

「見つけたぞ!」

 男の先走った声に気持ちが焦った。眼下を見るとヒトミが警官の手に連れて行かれようとしていた。もちろん警官は自分の職務に遵守しているだけだ。同じ警察官として模範的だ。だが、警察官の自分とは別に、彼女が連れて行かれそうになったときに感じた別の自分が出てきた。

 カメラは目と鼻の先。太陽光パネル式の充電器とそれに接続されている監視カメラが、ガムテープで巻きつけられている。ユズリハは壊すより先に、その二つを掴み引きちぎった。長く外に晒したせいで粘着力が弱っており、容易に外すことが出来た。ユズリハはそれを持って、ヒトミと警官たちに向けて投げ飛ばした。うまく近くに落ちたらしく、警官たちが「これは」と困惑を上げていた。ユズリハは枝と枝へはしごを降りるような勢いで進み、校庭の地面へ嫡子した。すると警官たちがユズリハを見て敵意を剥き出しにした。

「もうひとり仲間がいたのか!? 大人しく捕まってもらうぞ──」

 警官が一人、警棒を持って突っ込んできた。ヒトミは依然と拘束状態で、身動きすらできなさそうだ。

 ユズリハは抵抗するつもりはないとアピールをするように両手を上げた。警官は一瞬安堵を浮かべた。それが命取りだと知らずに。

 男が懐から手錠を取り出した。その手が彼女の腕にふれた瞬間、ユズリハはその場で倒れ込んだ。盛大に倒れた警官は心配そうに駆け寄ってきた。手錠を掴んでいる手に意識が向いていないと思った。

 ユズリハは下半身をねじりあげるような動きを披露した。ユズリハの足が男の手錠を的確に直撃し、放物線を描く。すかさずユズリハは低い位置から跳躍し、手錠を掴み取った。警官はユズリハの動きについていけていなかった。片腕を背中に回され、足払いをかけられ、うつ伏せの状態で地面に伏した。それから彼の耳元でこう言った。

「公務執行妨害で現行犯逮捕します。追って請求が来ると思うので。あと、逮捕の瞬間は二人でかかるのは、警官として常識では?」

 へ、と男が間延びした声を上げる。凶悪犯を取り押さえるときは必ず二人以上で行うのが鉄則だ。たとえか弱い女性であろうと、別の方面から逃がそうとしてくる者がいるかもしれない。ユズリハは掴んだ手錠をかけたあと、彼の腰元から拳銃を取り出す。それをもうひとりの男に見せつけるようにセーフティーを外した。

「彼女を解放して今後問題に巻き込まれる人を助けるか、一人を逮捕するために命を散らすか選んでください」

 彼らが立派な警官かそうでないかは、この問にどう対応するかで決まる。弾丸に一発たまが入った状態で、引き金を弾くだけで手錠にかけた男の命は尽きる。もっともただの脅しではあるが、少女が拳銃を難なく使用できたことで男の中に恐ろしいものを見るような形相を浮かべている。

 アイカはこのような思いを常日頃から味わっていたのだろうか。自分も他人事ではないが、味わう価値のある感触だった。そして男は、ヒトミを離したあと「彼を解放してやってくれ」と言った。彼は普通の警察官だったようで、ある意味安心した。

 ユズリハは銃口を男の方に向けながら、自由の身となったヒトミの手を掴んだ。ついでにセーフティーをもとに戻し、拳銃を校庭の床にそっと置く。視線で警官に何を意味するのか分かるだろうと意味ありげな視線を送り、校庭を離れていった。あとは暴発しないように、向こうが気をつけて対処するだろう。

 それから二人は表門近くの物陰まで駆け抜けた。骨が折れる仕事だったと生きをなでおろしていると、ユズリハの目の前が柔らかなものでいっぱいになった。

「ユズリハちゃんかっこよかった。もう、本当に胸を熱くさせてくれるんだから!」

「な、なんですか急に。ていうか静かにしましょうよ。まだ仕事残ってるでしょう」

 ヒトミとユズリハが外へ配置されたのには理由がある。時間が長引けば、作戦は失敗する。カメラの方は彼女たちに任せ、ユズリハは頭を切り替えた。

「でもなんで学校の外に出ないといけないのよ。やっぱ中に駐めてよかったよね」

「車を塞がれてしまったら私達どうやってあそこ向かうんですか。ほら生きますよ」

「ひっぱって」

「やりますからっ」

 彼女の手を引っ張って物陰から別の物陰へ連れて行く。余計な仕事を押し付けた旅するアイドルには、後で出世というカードと引き換えになってもらうと心に誓った。

「ユズリハちゃん」

「はい」

「楽しみだね」

 反射的に肯定しそうになる。どうにか抑え込んで「まだ時間はありますが」とよくわからない答えを返す。ヒトミは鼻歌交じりにその歌を口ずさんだ。


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