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Traveling! 〜旅するアイドル〜  作者: 有宮 宥
【Ⅰ部】第三章 偶像の再定義
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決意のTraveling Action


八月三十一日。その日、一台の車が花園学園の校門をくぐった。それは中旬に行方をくらました旅するアイドルの拠点だった。

「ミソラとアイカちゃんのその腕につけているのって何?」

「これね、ちょっとした願掛けかな。暇だったときにアイカさんと作ったのよ」

 ミソラとアイカの腕にブレスレットの形をしたものが付いていた。ミソラは左腕、アイカは右腕だ。手首の上辺りに謎のマークが描かれていて、該当するアクセサリーが思いつかない様子だ。ミソラは言った。

「それより、こっちからのアプローチって、番組側からどう認識されるものかしら」

「どうだろう。でも、わざわざこの場面を逃すとは思わないかな。しかも卒業式を生配信だから、なおさらだと思う」

 ちょうど生活スペースへの扉が目の前で停まった。助手席から大空ヒトミが降りてきて、旧来の知人のような態度を見せた。

「あのときはごめんねえ。ちゃんと反省しているのよ。これでも」

 それから運転席から出てきたユズリハが頭を下げた。ヒトミは生活スペースの扉の取っ手を掴んだ。

「お客様を連れてきたの。最大の感動を与えるから、ハンカチの用意はいいかしら?」

 彼女が横引の扉を引っ張ると、何者かが中で立っていた。ミソラが一歩前へ出て姿を確かめた。

「……ユキナ、さん」

「……はい、ご心配をおかけしました。ただいま、ミソラさん」

 そうして二人は駆け寄って熱い抱擁を交わした。感動の再会にノアとスミカが涙ぐみ、その場が感動の嵐に包まれていた。


 その翌日、花園学園の二学期が幕を開けた。特別課外活動で観たことのない生徒が集まっており、その数は五百人を超えているらしい。生徒たちは朝から談笑を交わしあいながら、時折見抱える旅するアイドルの面々に黄色い声を発した。

 ミソラは花園学園の制服を着て、最後の準備をしていた。他のメンバーたちは、それぞれでこの様子を眺めていることだろう。ざわめく体育館が、教師の一言で静まっていく。

 とうとう始まる。この場は、始業式でも有り、特別に卒業式という形を作ることになった。テレビや配信のカメラも堂々と現れ、体育館全体を映し出しているに違いない。

 耳元にはイヤモニが取り付けている。すると「そろそろ時間だね」とユキナが言葉を送ってきた。続けて「緊張してる?」ときいてきたので「そこそこ」と返す。じゃあ大丈夫か、と何が大丈夫が分からないが、無駄な緊張がいくらか解けた気がした。

 学園長の話が始まり、数分程度で終わる。本命があると言わんばかりの切り上げ方だった。桜川菜々がすれ違いざまに「頑張れ」と声をかけた。ミソラは口角をあげて壇上の前に立った。

 五百人と何万人もの人間が、この様子を眺めている。ミソラの声を、言葉を、失態を、待ち望んでいる。暴れる心臓をいつもより、意識して吸う。吐くと同時に喉で言葉を振動させた。

『おはようございます。花園学園卒業生、宗蓮寺ミソラです。今日は貴重な時間をこのような形でいただき、誠にありがとうございます』

 そう言い頭を下げると、各所から拍手が響く。頭を上げると同時に収まった。

『私は、ある事情から学校へ行かなくなりました。ここの卒業生で姉の宗蓮寺麗奈が、花園学園のオンライン授業をうけたらどうかという提案があり、授業の単位はそこで取得しました。あとは行事への参加で卒業できるのですが、私は高校の卒業に興味がありませんでした。あくまで姉への義理もあって行ったのもあり、卒業資格が必要だとも思わなかったのです』

 本音を語るのは家族以外では初めてだ。今回は全て伝える腹づもりだ。

『自宅学習が続き、私が望んでいた生活が続いたある日。とつぜん、家が燃えました。──姉と兄がいなくなりました。それが一切表に出ることのない事件として扱われた気持ちを理解できる人はいないと思います。家族を奪われただけではなく、その事件があった事実すら闇に葬られたのですから』

 五百人は静かにミソラを見ている。配信の方では、各々がコメントを残しているに違いない。

『色んな場所で、私は知らない景色をみてきました。旅するアイドルというものに参加し、大切なものを取り戻すための旅は、決して楽な道では有りません。拳銃を持っている人間と当然ながら出くわすし、命を守るために駆け引きを成立させる。結果、旅するアイドルが様々な犯罪行為に手を染めているという言葉が一人歩きをしたのだと思います。たしかにそこまでしましたが、姉たちは何処にいるのかわからないし、生活が戻ってくる保証はありません。どうせ抗っても、この手をすり抜けるのが現実です』

 体育館の少女たちと歳は離れていない。自分の中では老け込んだ歳だと思っているが、まだ二十歳になったばかりだ。同じ同世代でも貴重な体験をしていることだろう。

『皆さんはこう願っているはずです。悪いことは起こってほしくない。起きる前になんとかして欲しいと。ですが、それは不可能な願いです。身を守るにはとてつもないエネルギーが必要で、それこそお金や権力者がようやくはじめの一歩を踏み出せるという段階だから』

 ここにその生き証人がいる。宗蓮寺ミソラは身を守るだけの力を有していたはずだ。それでも守り切ることができなかった。

『だからといって、抵抗を失えば敗北と同義です。真実は時間が経つにつれて新鮮さを失い、最後は腐ったままで幕を閉じます。ユキナさんの身に降り掛かった事件は十年以上もの時を経て明るみなりました。みなさんが証人になってくれたからです。これが様々な行政機関を通した結果、既得と利権というものによって闇に封じられたに違い有りません。きっとそういう世の中であると、誰もが気づき始めているはずです』

 微かなざわめきが届いてきた。ミソラの言葉に動揺している。そんな話は聞きたくない、耳をふさぎたいと。ならそうしてあげるべきだろうと思い、マイクにデコピンを食らわせた。甲高いハウリングが体育館内に響き、一部の生徒が両手で耳をふさいだ。

『こんな話は聞きたくないとお思いの皆様は、どうかそのまま耳をふさいでください。ですが耳をふさいだところで体はがら空きです。それでどうやって身を守るというのでしょうか。わたしはそれを教えられません。それぞれで、各々で考えてくださいね。私をはじめ、旅するアイドルは立派に戦ってきました。ですがそれも、どうやら終わりが近づいてきたようです。私達の代わりに優秀な方がきっとより良い世の中にしてくれるでしょう』

 演説はそろそろ終りを迎えると、言葉のニュアンスで伝える。ミソラはこう続けた。

『敵に勝利するにはとてつもない力が必要です。けど、希望はある。先導ハルがそれを示してくれた。彼女は昔から素晴らしいリーダーです。みんなを照らす太陽になることでしょう。──そこにはきっと、大切なものが待っています。それを見つけてください』 

 そう言ってミソラは一歩下がって礼をかわした。すると体育館中に拍手が轟いた。

 ミソラはしばらく拍手の音を浴びた。それこそ──美しい空の始まりに相応しい。

 拍手が徐々に収まっていく。しかしミソラは礼をしたまま動かなかった。不審さが過ぎったところで、司会らしき教師から「宗蓮寺ミソラさん、ありがとうございました」と、壇上から離れろと遠回しに言ってきた。拍手が収まったその瞬間、ミソラは顔を上げてから、眼下の者たちと、自分たちを映し出しているカメラを想像した。

 ユキナの時とも、サヌールのときとも違う。膨大な人の力を味方に付けていたが、今回は違う。今まで味方にしてきたものを、敵に回すことになる。それでいいのだろうか──と、自問すること自体が滑稽だ。ミソラは──旅するアイドルはもう選んだのだから。

 静まった体育館のなか、ミソラは両手で拍手をしだした。一回一回、大げさに響かせていく。体育館中からどよめきが発せしだした。それからミソラは壇上のマイクをかっさらい、先程までとは打って変わった口調でこういい始めた。

『希望はある。それをみつけろですって? あるわけないじゃないそんなもの。見つけたところで横からかっさらうやつがいて、負の連鎖が一生続くんだから』

 どよめきがよりはっきりと広がった。ミソラは先程まで語っていた自分に対し、他人事のように言った。

『主人公に絶望を与えて、最後には希望を掴み取る。きれいで素敵で、わかりやすくて。みんなが好きなストーリーよね。いまこうして生配信されているのも、絶望から希望を掴み取ったのだと思わせたいから』

 それがみんなの望む、世界が望んでいるものだろう。旅するアイドルもある意味では大衆が望んだことを叶えていた。

『──だけどこっちはね、腸煮えくり返って仕方がないのよ』


『先導ハルだって誰かを犠牲にしてる。誰だか分かる? まずは原ユキナ、市村アイカ、麻中ラム、大空ヒトミ、水野ユズリハ。そして宗蓮寺ミソラ。この六人は大変な被害を受けました。無断で私達の生活を撮影し、勝手な印象を世間に植え付けた。そしてその道具はなんと何万人もの人間が今見ているのよ。……世界一最悪の屈辱よ。あまりにも、私達をなめすぎている』

 瞬間、教師たちが壇上に駆け上がろうとした。ミソラは目の前の物を前蹴りではなった。前転していく壇上は盛大な音を上げて、体育館の床に落ちていった。

 マイクを持って体育館の上から飛び降りたミソラは、そのまま真っ直ぐ歩いていく。生徒が悲鳴を上げながら横へずれていった。圧巻だ。彼女たちは恐怖を浮かべている。

「ミソラやめて!」

 そう言って立ちふさがってきたのはノアだった。生徒の一人が出てきちゃダメだと叫ぶが、ノアは真っ直ぐな目を向けていた。

「〈スター〉。貴方はアイドルでしょ。危ないことはやめなさい」

「ミ、ミソラこそ、おとなしくしてよ。今までのことは許されるものじゃないって分かってる。でもそうでもしないと──」

「あのねえ、そうまでしてこの結果じゃない。それにやめろって言われて止まるわけないでしょ? 私達が脅かされてるなら、もう動くしかないんだから」

 状況に逆らうために選んだことだ。正しさなどあとにでいい。大切なものは、誰かに任せきりでいるより、全てのことを自分で負うことだ。幸い、少しぐらい負ってくれる旅のメンバーも居る。行きたいところも、やりたいところも違う。統一感がなく、食べる物も生きてきた場所だって違う。

「私は旅するアイドルセンター、宗蓮寺ミソラよ。姉さんたちを見つけ出して、私の世界を奪った連中に目にものを見せてあげるんだから!」

 ミソラは振り返ること無くノアのあとを過ぎ去った。彼女がなにか言いたげに「待って」と叫ぶ。彼女が何を言おうとしてるのか分かっている。ミソラと初めてあったときから、ずっと言いたげだったからだ。それは後で話を聞くことにする。ミソラはイヤモニをタップし、ここにはいない者たちに言った。

「みんな、準備はいい」

 バラバラの返事が届く。それからミソラは手近な撮影用カメラに近づきながら、立ちふさがるような距離で言い放つ。

「随分と私達で楽しんでくれたようで何よりだわ。──なら今度はこっちがあなた達で楽しませてもらうわ。私達に出会ったらどうか観念してね」

 ミソラは左腕を掲げ、右手の指で文様が描かれているところにあてがった。すると銀色のブレスレットからまばゆい光が走った。体育館全体が一瞬だけ幻想的なイルミネーションを作り出す。それが腕を覆うサイズにブレスレットから発したものだと気づく前に、一人の少女の出で立ちが変わっていた。

「……ミソラ……?」

 学生服姿のミソラが、光を発した後に色合いや服の種類がまるきり変わっている。白を基調としたカジュアルスポーティーな出で立ちだ。タスキを賭けているように体のラインには、旅するアイドルでみかけるライトピンク──ミソラのカラーが盛り込まれていた。ノアは腕につけた物の因果関係を見出したようだ。

「まさか……」

 ミソラはカメラから一旦離れて、走る体制をとった。助走をつけるような形が、まるで合図の宣言を待っているように力を込めている。そして、始まるのはそのアイドルが何かをするときに用いられる口上だ。

「Traveling──」

 瞬間、ミソラはカメラに向かって駆け出した。そのまま跳躍し、彼女の右足がカメラの先端に突き刺さり、思い切りよく吹き飛ばす。カメラマンがとっさに回避したものの、ミソラが蹴飛ばしたカメラは壁に激突に甲高い音を立てて床に落ちた。

 そうして始まるのが旅するアイドルの逆襲であるのだと。

 

「──Action!」


 瞬間、体育館の外からガラスが割れるような音が一斉に響きわたった。


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