嵐、来たる
一夜明け、今度は四人で特別課外活動を開始させた。部活動の生徒も手伝いにやってきて、ミソラたちに恐れること無く声をかけていく。
結局、勝手に敵と認識していただけだった。先導ハルがミソラたちを見つけたのは、旅路から想定して導き出したものであるし、明星ノアが一連の事態をつくった切っ掛けであり、そのために想定外の出来事にも突っ込んできた。
アイカも心なしか晴れやかな顔つきをしている。恐らくスミカも、先日のノアのように自分の思いを吐き出したのだろう。聞きたいと思ってしまうが、野暮だと思い辞めた。
花壇にはコスモスの種でいっぱいになり、秋には立派に花を咲かせると桜川菜々子が言った。花壇のあとは体育館の掃除に、部活動の生徒を手伝ったりと、一日はあっという間に過ぎていった。この間もカメラは回っているのだろう。
いまでは、パソコンを開いてヒトミとユズリハの居所すら確かめていない。ユキナのことであっても、調べることを放棄していた。理由は単純に、ハルから生きていることを知らされたことと、彼女たちが全力で見つけるなら信頼に当たると思ったからだ。
一日、また一日と過ぎていった。八月二十五日付けで、特別課外活動は終了した。一日の作業を終え、ノアたちとお疲れ様会を九月一日の卒業式のあとで行おうと言ってきた。ミソラは九月の日に卒業式なんてあったかと疑問に持ったが、ノアがため息を付いてミソラを指差した。
「ミソラの卒業式でしょ。卒業に必要な単位もあって、学校行事の単位も取ったんだから。あとは卒業するだけだよ」
「そうなるのね。全く意識していなかったわ」
どうでもいいことに思えるが、いまでは大切なものとして捉えることができる。滞ったものが回転を始めたのだから。
その日の夜、ミソラは一日の疲労に愚痴り合いつつ、卒業式の話題でもちきりになっていた。
「お前ってたしか本当なら学校を卒業している歳なんだな」
「ええ。ノアとスミカさんより二学園年上。順調なら大学生やってるわ」
大学へ行かずアイドルをやっていた可能性もある。または全く別の道へ進み、ミソラの想像もつかない生活をしていた自分も存在したのかもしれない。
「アイカさんこそ、不真面目生徒が随分と更生したじゃない」
「まあ、ここがボロボロになったのはアタシたちのせいでもあるからな。ちょっとは手伝ってやるって」
「その割には、スミカさんと結構いい感じじゃない?」
「……うるせ」
アイカは基本的に誰に対しても寄せ付けない態度を見せる。関わると痛い目見る体という彼女なりの気遣いだが、だが、本当は誰かとの交流を望んでいたのではと思っている。でなければ、ユキナやスミカに軟化した様子を見せることはしないだろう。硬い壁はいつか押し負けてしまう事例だろう。
二人が最終日まで特別課外活動に参加していた理由は一つだ。大きな迷いに見て見ぬ振りをしている。
「なあ、世間ってやつは本当に薄情だよな」
「今更すぎない?」
「……今日は、どんな事が起きてるんだ」
「──ヒトミとユズリハが乗った車が宮城を引き返してきたって。SNS情報と実際の車の写真が載ってる」
「そこまでしやがるのか。なんつーか、やっぱ数ってヤベえな」
第三回目のドキュメンタリー後、彼女たちの切実な思いは届いていたようだ。歴史を振り返っても大衆は扇動されやすい。良いこと悪いこと含めて、情報の波が押し寄せて、社会をまわしている。
大衆は動き始めた。意見を言うまえに動き始めていた。宗蓮寺麗奈と志度の両名を探し始めるものが出て、市村アイカを尊重する声が増えた。ヒトミとユズリハに直接出会い、様々な声を送ったという報告も相次いでいる。あの二人はこの事態をどう受け止めているのだろうか。
「わたしたちと関係のないことまで言う輩もいるわ。例えば片田舎に出来た宗教団体が怪しいかもとか、ある田舎の土地から強制退去させられた挙げ句、その土地で急に開発が始まったとかね」
「はん、何処かで聞いた話だな。そのうち、蜘蛛足の兵器とか噂が出てくるんじゃねえのかな?」
「愉快な話ね。……まあ、見つけてしまったのなら、その人はきっと生きてはいないのでしょうね」
「でもよ、噂が集まれば、蜘蛛足動かしている奴等も動きにくくなるんじゃねえの? 特にこの国じゃ、十規模の失踪に敏感になるように出来てるしな」
噂が寄り集まり、人が確かめようと動く。大量の人間が一斉に消えるのは、ミソラの邸宅周辺を開発した者にとってもリスクだ。フィクサーにとっても動きづらい環境へ陥っているのかもしれない。
「──どうなっちゃうのかしらね」
ミソラがつぶやく。この流れが姉たちを見つけ、フィクサー打倒へ繋がるのだろうか。それとも一過性の熱で終わり、無駄に大衆を煽るだけで終わってしまうのか。
「お前はどう思ってるんだよ」
ミソラはきまりの悪い間をあけて、こう言った」
「見つかればいいのにって思ってる。……姉さんたちは生きている。けど時間が経てば経つほど不安になってくる。だって、いまのわたしたちには力がない」
〈P〉のようなネットワークに精通しているわけではない。かといってその他の要素で秀でていることは、ネットの検索方法を熟知していることぐらいだ。普通に生きていて、問題を解決するために利用するなら有用だが、姉たちが行方不明であることを隠し通した相手に対する答えは、検索では調べられない。
ではどうすればあのとき、姉たちを助けることが出来たのか。向かってくる敵をなぎ倒す力があったのならよかった。異変を察知して先んじて対策を取る思考力があったらよかった。ミソラは長野の生活で、何一つとして成長がなかった。〈サニー〉と〈スター〉がそれぞれの成長を遂げているあいだ、安寧を言い訳に怠惰を貪ったのだ。
三年前のことは不可避のことだとしても、三年のあいだになにかできることがあったのではないか。そんな後悔が押し寄せてくる。結局は己の不甲斐なさが、この結果を生んだのだ。
「私、ほんとうに無力で、愚か。やっぱ、姉さんたちの代わりに私が死ぬできだった──」
ミソラの本音は突如飛来した異様な音にかき消えてしまった。
丈夫なものを砕き始めているようなどっちつかずな印象で、最初の音から十秒後に再び音がやってきた。方向は窓の方。というより、窓から音が発生していた。窓には微かな亀裂が走っていた。
「な、なに?」
「気をつけろ。ちょっとそこから動くなよ」
指示通り、ベッドの隅へと身を小さくして待った。アイカは窓の外へ近づき、窓横へはいついて眼下を眺めた。そのまま疑念に満ちた声を放った。
「三人いやがる。投げてるの、たぶん石だよ──なっ」
タイミングを見計らい、アイカが窓を思い切り開けた。すると外から勢いよく部屋の中に転がってくるものが合った。手榴弾だったら一環のおしまいだが、アイカがそんな物を部屋に入れるわけがない。
「あ、逃げやがった。追いかけてやる──」
「待って」
アイカを呼び止めて、転がってきた石に意識を向ける。石と思われたそれが真っ白いものに覆われていた。ミソラは石のようなものを取り上げて質感を確かめる。
「紙が巻き付いてたわ。伝言のつもりかしら──」
テープが剥がれないように慎重に剥がしていく。要所のみを一切れのテープで止めてあるだけなので苦労なく紙だけを取り出せた。石に面したほうを広げてみた。
「体育倉庫へ来い?」
ミソラ達は体育倉庫へ向かった。途中で寮長に会い、変な音が聞こえなかったかと尋ねてきた。ミソラ達はあえて聞こえたと言って、周辺散策してくると伝えた。彼女は了承し、食事の時間に遅れないようにと厳命を受けるだけで、それ以上の追求はなかった。寮長もドキュメンタリーから態度を軟化させた一人だ。
熱さの残る夜道を駆けていく。アイカが見たという三人の人影を追って良いものか迷ったが、「プロじゃなきゃ、三人くらい余裕だ」と自身ありげに言った。つまり相手は素人。しかもわざわざ窓の外から石を投げるという古典的な方法でメッセージを伝えてきた。
「体育倉庫か。あそこはアタシが調べた限りではカメラも集音器もなかった。他の部活動の生徒が普通に使ってるからな」
「じゃあさっきの人たちはここの生徒?」
「色味はよく分からなかったが、着ていたのは制服だな。一人だけは普通の私服だが」
体育倉庫は西側のグラウンドのはずれに設置されており、ミソラがここへ来るのは監視カメラを探しに行ったときでぐらいで、アイカが再度訪ねているはず。その彼女が、体育倉庫内に監視カメラがないと言ってみせた。
外側からでは決してこの情報はわからないはずだ。たどり着いた先に、バッドの一本が飛んでくることを覚悟したほうが良いだろう。
当然ながらグラウンドに生徒はいない。真新しい外観の体育倉庫に向けてミソラたちは慎重な足取りで進んでいった。扉の前まで辿り着いた。ミソラ達は互いに顔を合わせて、いを決して頷いた。
アイカが扉の面に耳を当てて中の様子を確かめようとした。その時──。
扉が突如開き、中から伸びてくる手によって、二人は呆気なく倉庫内へ入ってしまった。
ミソラは陸に出た魚のように全身を暴れさせた。ミソラを抱きかかえたものが「ちょっと、いきなりで悪かったから、落ち着いてよ」と言った。突然、抵抗感がなくなり、ミソラは高跳び用のマットへ転げ落ちた。
振り向きざまにミソラは襲撃者の姿を確認する。紺色の制服は花園学園指定のものだが、明らかなミスマッチな着こなしに見えた。特に片方の女性は先日二十六歳だと明らかになったのもあって、そう感じる。
それにしても、なぜこの二人がここにいる。ミソラは二人に叫んだ。
「ヒトミさん、ユズリハさん!?」
「おひさ、ミソラちゃん。って、まだ一週間ちょっとぐらいしか経ってないのよね〜」
ヒトミが手を降って笑いかけた。この場所へ戻ってくることはないと思っていたのに、ヒトミたちが帰ってきた。瞬間、込上がってくるのは彼女たちに対するやるせない思いだった。
「……笑いにでも来た?」
「ええ。私は大笑いしに。ユズリハちゃんも大爆笑にしね」
「勝手に決めないでください。こっちも少なくとも、こんな早く戻るとは思いませんでした。込み入った事情がありましてですね……」
そう言ってユズリハは背後を振り返る。アイカが空中に佇む幽霊を目撃してしまったような驚きをみせた。
ミソラも彼女の視界の先を追った。体育倉庫の奥にもう一つの影があった。おそるおそる首が動いた。なぜヒトミたちは三人だったのか。その理由が、彼女の姿によって明らかになった。
「──ユキナさん」
黒髪に静かな顔たち。原ユキナはミソラを見た。ミソラは衝動のままに立ち上がり、もう一度彼女の名前を呼ぼうとした。その前にユキナの声が──底冷えする声でその意欲が霧散した。
「ミソラさん。アイカちゃん」
へ、と声を上げることもできなかった。描いたような再会ではなく、彼女からミソラとアイカに対する『拒絶』を感じ取った。
「二人は、こんなところで何をしているの?」




