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Traveling! 〜旅するアイドル〜  作者: 有宮 宥
【Ⅰ部】第三章 偶像の再定義
110/287

ドキュメンタリーⅢ



 いよいよ最新話、三回目の放映だ。彼女がこの回を見てほしいと言ったからには、何か意味を持った回となるはずだ。ミソラたちは黙って三回目の放送を視聴し始めた。

 まず映ったのは意外なものだった。清廉な講堂を行き交う女子生徒や多目的室でダンスレッスンをしているヒトミとユズリハの姿があった。どうやらライブの前日準備まで、きっちり捉えていたようだ。映像内のヒトミが言った。


『ふう、なかなかにキツイ仕上げになってきたわね』

『私は振り付けの考案者が貴方であることに驚いていますよ。もっと簡単にしましょう』

『いやよ。サヌールでは振付させてもらえなかったもの。ちょっと難易度上がったって、パフォーマンスにうっとりするならやるべきなのよ』

『はあ。とんでもない女に買われてしまいましたよ』


 ヒトミはともかく、ユズリハがみせる態度にミソラはまたもや驚いてしまった。普段はおどおどとした様子で、周囲の空気に合わせていた彼女が、彼女の前では丁寧な口調のなかにある種の雑多感を醸し出していた。普段は敬語であるが、ヒトミに対しては気兼ねなくタメ口を話していた。


 沢山の人を巻き込み、一つのステージを作っていく様子は、普通のアイドルと遜色ない光景だった。ミソラが同じことをしようとしても、ここまでのものにはならないと確信が持てた。当日のパフォーマンスを見たら、当然だろう。

 彼女たちがキャブコンを奪い去った後、『このあと、凄惨な光景がやってくる』というキャッチが入り、学園のカメラは黒々と上る煙を映すのだった。

 講堂が燃え、襲撃者の怒号がこだまする。映像は暗く、断片的にしか映っていない。ほんの一分程度で夜に謎の集団が花園学園を襲ったとナレーションが入る。三編続けてノアがナレーターを担当していた。

 彼女はどういう気持でナレーションを取っているのだろう。場面は翌日に燃えきった講堂と、慌しい様子の学園にフォーカスが当たっていた。これで学園での映像が終わった。まだ十分も経っていないことに疑問を抱く。

 次にやってきたのは、インタビュー映像だった。相手は名前や顔、また縁もゆかりもない通りすがりの人だった。彼らは旅するアイドルのことについてどう思うのか、忌憚のない意見を口にした。


「あれは犯罪だと思うんですけど、誰も捕まえないのはなぜですかね」

「テロリストと何が違うの?」

「市村アイカがいる時点で、底が知れてるでしょ。つーか、なんであのテロリストが不法入国しているのかわからない」

「みんな色々言っているし、理解もしているけど、私は応援派ですっ。だってパフォーマンス凄かったし、曲も好きになっちゃいましたから。配信されないかなあ」

「原ユキナさんが茶蔵清武さくらきよたけにみせた覚悟は、人間の誇りがそこになるのだと感銘を受けました。サヌールの件だって、宗蓮寺さんやあの市村アイカさんの助力も有り、悲しむ人を救っています。これは今の日本に必要なのは、誰かを助けるために命を晴れる精神です。僕も少しずつ変わろうって、動き始めています」


 ミソラは外の意見を聞いても、心の機微に反応することはなかった。意味のないことだ。旅するアイドルは「応援してくれる誰か」を相手にしたビジネスではなく、各々の目的を叶えるため「自善活動」にほかならない。確かに動画の収益で稼ぎは出来ているが、あくまで旅費の意味合いが強く、コンテンツのように続くわけではない。


 旅するアイドルには明確は終わりがある。アイドル活動はあくまで『戦い』の手段の一つでしか無く、それが混乱を作り出す恰好の表現であるから利用しているに過ぎない。ゆえに、アイドルとして応援されても心が動かないし、犯罪者扱いされてもそうだろうとしか思わない。


 何者かに家族を奪われる苦しみや、自分の命を奪われたことのない人間が口にしている言葉が、心になんら影響を及ぼすわけがないのだ。大海原に石ころを落としてもその波紋は波にかき消えてしまうのだから。


 冷めた思いで見ていき、次は実際に関わった生徒たちのインタビューが始まった。大半の生徒が特別課外授業を終えており、関係はそれきりのはずだった。だがこうしてインタビューに応じているからには、彼女たちも番組側とグルである可能性が高い。


 彼女たちのインタビューは簡潔に、一演者として関わってどうだったかというものだった。なんと、一部生徒を除いて高校生の一人としてキャスティングされた者もいたらしく、高校生に見えそうな中学生から、現役高校生、または大学生に至るまで、部活動の生徒や実際にミソラたちと関わっていた。


 グループ形成の際に最終的にユズリハと組んだおとなしそうな女子生徒たちぐらいが、本物の花園学園生徒だったらしい。確かに周辺の住人を退去させるくらいに徹底したなら、生徒も素人を使っていてはボロがでる。ミソラたちは花園学園の生徒を知らない。騙すのにもってこいの状況設定というわけだ。


 ユズリハとグループをくんだ三人が、旅するアイドルに好意的で、他は関わりたくないと言った回答に、ヒトミだけなら別にという三者の意見に分かれていた。

 次に別部屋でスミカが登場した。スミカとノアは現役の花園生であり、三週間の参加を必要とした数少ない生徒だった。ミソラたちは彼女たちのインタビューにこれまで以上に聞き入った。


 ──ノアさんは旅するアイドルを何処で知りましたか?


『もちろんネットで話題になっていたのを見つけたときからです。転載された動画を急いでダウンロードしました。いまでも〈ハッピーハック〉関連の削除システムは友好みたいですから』


 ──ノアさんの古巣である〈ハッピーハック〉のデビューソングを宗蓮寺ミソラさんが歌い上げた。そのことについて率直な意見が聞きたいです。


『この動画が話題になっていたのは、ステージに立っていた人が「宗蓮寺」と名乗って、誰かに向けた宣戦布告めいた内容がエキセントリックに映ったのでしょう。──でもわたしは、純粋に心を惹かれるものを感じました。まるで何千と動いてきたような、体に染み付いた動きです。あのあと色んな事がありましたが、私自身も彼女たちに興味を惹かれました』


 ノアが丁寧な口調でインタビューに答えている。よそ行きの彼女は、礼儀正しく、謙虚さの溢れる若者にしか映らなかった。


 ──実際、サヌールで共演を果たしたそうですが、なぜそのようなことに?


『えっと、事務所の人から依頼があったんです。サヌールのステージで一曲披露してほしいと。でも会場につくと〈ハッピーハック〉の歌をお客さんに求められてしまって困り果てていたところに、ミソラが現れたんです。私にとってはまさしく希望の光でした』


 それからセカンドシングルの表題曲、「ワールドエンドフォール」を披露し、会場に拍手喝采を巻き起こしたのは記憶に新しい。その映像は注釈で「削除済み」とあったが。


 ──では今回の撮影には、旅するアイドルが来訪すると聞いて参加したということでしょうか。


『それは内緒です。たぶん、これが放映し終わったあと、ミソラと話をするかもしれません。残念ですが、それはオフレコで』


 しーっ、と人差し指を唇に当ている姿にファンは悶絶しているだろうとなんとなく思った。このあと、彼女と何を話すのか気になったところで、今度はスミカへ質問が映った。


 ──スミカさんは、市村アイカさんと関わってどのように感じましたか?


 アイカは感情を浮かべること無く映像を見ている。先程からずっと同じ体勢だ。


『正直に言っていいですか?』

 ──それはもちろん。

『わかりません。でも、何かを感じたくて接触しました』

 ──実際、事務所の方からNGも出ていたとか。

『事務所どころじゃないですよ。番組側から出演拒否の脅迫されるし……あ、一応言っておきますけど番組側は当然の対応ですからね。イメージ悪くなりますし、こういう話題ってただ発言するだけで炎上ものですから。まあ、わたしは燃えても燃えるところまで燃えてしまえってタイプなので別にいいんですけど』


 どうせいつまでも話題にするわけじゃないし、と放送的にはやや危うい発言ではあるが、チャット欄では「スミカらしい」「だからレギュラー0なんだぞ」と好意的な反応が少なからずあった。


『で、私自身アイカちゃんに思うところがあったわけですよ。ほら、見てくださいよこれ。完全に私の自己紹介丸パクリでしょうが!』


 スマホを画面にみせ、石川のショッピングモールでみせたアイカの自己紹介が流れてくる。アイカがアイドルを知るために行き着いたのが、スミカのライブ映像なのではないかと彼女が推察した。


「あれ、実際はスミカさんの参考にしたの?」

「アイツだけじゃねえよ。似たようなのを組み合わせたらこうなった。つまり、姿かたち以外はどれも一緒っつーことだ」


 パクった本人曰く、パクリではないと供述している。実際、ニュアンスは彼女なりに考えたものに思える。ミソラも特に問題ではないと納得している。


 ──話を戻しますけど、アイカさんと学校で過ごしたのですよね。こう自分たちとは違うなあって思ったところはありますか。


『それはもうたくさん。まず英語がペラペラ。先生が言うにはもっと丁寧な言葉遣いをしてほしいと指摘がありましたけど、逆にアイカちゃんが教科書の英語がつまらなすぎると言い返したんですよ。わたし、すっごい納得しちゃったていうか。英語の授業がつまらないのって、会話の内容がつまらないからだって!』


 横からノアがアイカの印象を続けて言った。


『英語を日本語にできるけど、逆に日本語を英語にするのは苦手でしたね』

『あと理数系も得意だった。意外と料理もできて、うわあ万能な子だなあって感心しちゃった』


 ──話を総じてみると、おふたりとも悪印象は持っていないと?


『まあ、ないかな。自分でもよくわからないけど、アイカちゃんは悪い子じゃないと思う。ただ境遇が違うだけ。そんな人がアイドルやってるなんて、メッチャクチャ面白いと思ったなあ。まあ、スミカに届くのは十年早いけど』


 映像のインタビューが100%正しいものではない。背後には番組を盛り上げるために、ある程度内容を決めてしまうことがある。ミソラたちは最後まで疑うつもりだった。スミカのある宣言が発することがなければ。


『多分、日本人の中にも、市村創平によって命を落とした人はいる。だから被害者遺族は、わたしが市村アイカの近くにいて物凄く注目してるんだよね。だからちゃんとわたしの本音を言うから』 


 スミカは決意を胸に吸い込んだあと、カメラ目線で言い放った。


『アイカちゃんは市村創平が行った数々の悪行とはなんら関係がない。──これはママがテロに巻き込まれて死んだわたしの嘘偽りのないものだから』


 その瞬間、ミソラはもちろんアイカでさえ取り繕った表情を崩した。特にアイカは、彼女から放たれた思わぬ真実に眼が揺らめいた。


 ミソラは即座に検索を始めた。州中スミカ、母親。すると一番上のページにスミカがブレイクした切っ掛けらしきインタビュー記事があり、それを閲覧した。


 日時は二年前の秋だ。その日が海外でザルヴァートのテロで巻き込まれた数名余りの被害者が亡くなって8年が経過したのを機に書かれたものだった。一部の遺族が集まり、当時のことや心情を綴っていた。当時アイドルの卵だったスミカも登壇し、彼女の赤裸々な言葉が語られていた。

 画面上のスミカが続けて言った。


『アイカちゃんが旅するアイドルをやってるのは、ミソラさんやユキナさんと同じ理由だと思うの。だってあの夜に、わたしたちを助けてくれた。武器を持った男達から、わたしたちに傷がつかないように体を張ったんだから。そんな優しい人を、わたしは信じたい。アイカちゃんがほんとうの意味で普通の女の子になるためには、わたしたちの意識が少しでも変えないといけないの。──今からでも遅くない』


 彼女の表情は胸を打つほどに真摯で、淀みがなかった。テロップやBGMがなく、まるで生の声を聞いているように思えた。そのときだった。


「──」


 アイカは突如立ち上がり、湧き出る感情を必死に表に出さないような形相になった。感情の判別がつかない。単純な感情の掛け算ではなく、複雑化した感情の掛け算でできあがったものに名前などない。


「アイカさん……?」

「外、出てくる……。そっとしといてくれ」


 アイカはそう言って部屋から出た。ここを出ていって、二度と現れることがないのではと危惧するくらいに。だが外には警察の警備が敷かれており、いまも監視カメラに寄る撮影は続いているので、出ていく心配はないだろう。


 ミソラは再び映像に視線を戻した。いつのまにか、ノアとスミカのインタビューが終わり、見覚えのない場所内観が映った。場所の感じからして、病院の一室に思えた。インタビュアーはカーテン越しに声をかけた。


 ──こんな大変な最中、突然来訪してしまって申し訳ございません。お時間頂いたこと、誠に感謝いたします。


 病室で誰が待ち受けているのか分かったような気がした。このタイミングでは彼女一人しかありえない。


『音声は変えて、カーテンは開けないでください。それが条件です』


 ──先述の約束通りですね。ではRさんさっそく質問よろしいでしょうか。


 カーテン越しのインタビュアーは何も答えない。彼らを歓迎していないのが丸見えだ。インタビュアーはそんな気も知らないのか、続けて尋ねた。


 ──旅するアイドルと出会ったのは、いつくらいからですか。


「……言えません」


 ──では質問を変えます。アイドルメンバーについて、Rさんが抱いている印象をお聞かせ願いますか。


「印象……全員、私より若くて、エネルギーにあふれていますね。それぞれ我欲が強いので、まとめる人がいるかもと思うときがあります」


 ──なるほど、皆さんそれぞれ個性的なのですね。中でもこれは本当に手のかかった方は?


「……アイカさんは、ここへ来てばかりの頃は世間常識というものを知らなかったんです。当たり前ですが、境遇を思えば当然の成り行きですが、当時は大人が私だけだったのでたくさん苦労したかもしれません。そのあとユキナさんがアイカさんを面倒見るようになって、日本の価値観に迎合していったのだと思います」


 ──ユキナさんといえば、絶賛ドイツで治療中だと聞きます。ですが、旅の噂では行方がわからないという話を聞きますが、噂の真意は?


「……気になるなら直接行ってみたらどうですか。なんで今さらになって、日本でやっと報じられたのか、私は疑問に思いますが」


 病室でインタビューを受けているのは紛れもなくラムだろう。彼女が腹を刺されてまだ二日も経過していない。早めの回復は医療の進歩か運が良かったのか判断がつかないが、ラムが無事でいることは心の底から安堵した。


 インタビューは続いた。概ね、メンバーのことについてどう思うのかと先程までと変わらない内容だった。番組制作チームが、いつラムの滞在する病院を発見したのか気になる点はある。番組も後半が過ぎていた。


 ──本日はありがとうございます。最後にAさんが旅するアイドルの今後を願うとしたらどんなものか教えて下さい。


『今後、ですか。私はメンバーではないので、あくまでサポート側からの意見ですが』


 ラムは一瞬の間のあと、こう続けた。


『旅が長引くのは決して良いことではないというのは、みんな分かっていると思います。だから、願うとしたら──早く旅が終わるように、です』


 ──本日はありがとうございました。


 旅が早く終わるように。ラムはこれからをそう願った。この思いは、ミソラも理解できる。


 長引くのがよくないのは、目的を達成していないことを意味する。そんな状態に陥るのは、誰だって勘弁のはずだ。


 だがいつになったらそれができる。敵がいつまでも追いすがって来る限り、ミソラたちの旅は終わらない。もしかしたら、すでに海外へ逃げている可能性だってある。手の追いつかない場所まで旅を続行するのだろうか。


 ミソラは目をつぶって旅の終わりを想像してみた。キャブコンの中には目的を遂げたものが車を降りて、最終的には運転者のラムとソファで座る〈P〉、ベッドで横になっているミソラを想像した。いまだに姉たちが見つからない、またはすでに亡くなっていると状況を作り出してみた。


「一人でも……私は最後の最期まで」


 その決意を次は胸に浮かべることがないよう、ミソラは誓った。

 次が最後のインタビューだと触れ込みが入った。天まで伸びたオフィスビルにスーツを着たサラリーマンが押し寄せてくる。最後のインタビューはこの自体を仕組んだ彼女だ。


 おそらくここで旅するアイドルを花園学園へ連れ出し、無断で撮影したわけを話すのだろうか。もしなかったとしても、後で聞きに行けばいい話だ。

 インタビュアーが会議室の中へ入ると、案の定彼女が待ち受けていた。カメラ越しでも見るものを熱くさせる眼差しは健在のようだ。


『最後は私か。いままでごくろうさま。あっちいったりこっちきたりで大変だったでしょ、松倉』


 ──こういうのはプロにやらせろよ。なんでオフィス営業に押し付けたんだよ。


『なんとなく。プロは話を聞くのにはたけているけど、情報の精査だけは苦手だから。ならこちらも対等な立場を用意してあげれば、余計なものを省いた情報になる。だから素人を起用したの』


 なんとインタビュアーは松倉だったようだ。彼の姿は映っていないが、言われてみると彼に似た声だった気がする。松倉は手近な椅子に座り、カメラをデスクの上においた。


 ──で、インタビューだけど、俺がお前さんに訊ねることはもうねえぞ。


『はて、本当にそうかな。君は疑問に思っているんじゃないのか。それは総じて、視聴者の疑問解消にも繋がる。取り敢えず行ってみたら良いんじゃないかな?』


 松倉の疑問が視聴者の疑問を解消する。つまりこの番組を見ていた視聴者は、ある一つの疑問を浮かべている。ミソラもある。番組開始時点から、ただひとつだけ。


 ──じゃあ聞くがよ。まずこの番組だよ。なんのために旅するアイドルを独占してんだ。わざわざ情報統制までするメリットが分からねえよ。


 今までのインタビューと打って変わって、砕けた口調になって松倉が言った。ハルは回転椅子を回しながらうなり始めた。


「うーん、何処から話したものかな。じゃあ、まず情報統制について話そうかな」


 ハルは言った。自分が口にしたことが、まるで大したことのないものだという認識でいた。


「まず〈ハッピーハック〉の情報が消えたことについてね。あれに私は全く関わっていないけど、結果的に良かったと思っているよ。まず〈エア〉の事件を多数の人間が配信上でみかけてしまった。で、配信を録画している誰かが別の動画サイトにアップロードして再生数なりコメントを稼いで、誰かが必ず『反応』してしまうんだ。もちろん動物にとって自然の成り行きだよ。けど、あんなものをいつまでも残すと、こういう人が出てくるんだ。──ああ、もしかたしたらこのやり方だったら、私の嫌いなものを、いつまでも傷つけることができるかも、ってね」


 そのメカニズムは得心のいくものがあった。ここ数十年でネットの有り様は大きく変化した。リアルからネット、または相互に密接した世になっている。匿名多数の声が大きくなったことに連れて、清濁あわせた言葉が氾濫するようになった。


 だが言葉だけでは伝わらない。だからこそ意見を通すための「演出」が必要になった。それは人を喜ばせることもできるが、人を傷つけることすらできる。ましてや、現実で起きた悲惨な出来事は人々の心を否応なく動かす。その反応を楽しむのは、人にとっては「快楽」にほかならない。英雄的自己陶酔に浸ることができる。


「だからわたしたちの全部を消したんだよ。いままで応援していた人すら巻き込んで、〈ハッピーハック〉のすべての情報を抹殺した。たとえまた上げたとしても自動的に削除されるようにもできた。ネットに情報を上げると二度と消えないものになるけど、上げたところで即削除されてしまう。絵の具で絵を書きたくても、キャンパスが常に取り替えられたら残せるものも残せないのと同じように」


 ──それ、宗蓮寺グループが手動でやったって噂が流れているぜ。俺もそう当てをつけるけどよ。そのことについては情報規制はしないのかよ。


「そこまでいくと『言論統制』になっちゃうからしなかったんじゃない? こればかりは〈ハッピーハック〉の件だって『言論統制』なのではないか、って意見も当然。けど、これを理由にするのは心苦しいけど、それで〈エア〉が快調してから別の人生が歩めるんだから、十分に価値のあることなのよ。かつてのファンの方、どうかそれで手を打ってくれる?」


 ミソラはそれも叶わなくなってしまったことを嘆きそうになる。あれから三年が経ち、心の底から安心して暮らすことが出来た。当時、〈ハッピーハック〉のことを調べようとはしなかったが、たとえ調べていてもその情報がミソラに届くことはなかった。最初に聞いた時、それをした人間を思い浮かべることが出来た。姉と兄が権力を振りかざしたのは、そうした経緯からなのだろう。


 ──で、それが今回の情報統制にも繋がっているってことか。


『もちろん。そしてこの番組によって、旅するアイドルが終わるんだから』


 カメラに向けて、ハルは宣言してみせた。いや、すでに準備は済ませている。それをこれから放つのだろう。番組終了まであと十分。彼女が語りだした。



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