違和感と予兆
教室で警察からの事情聴取を受ける。以前サヌールの騒動のあとに受けたときとは違い、ミソラたちに花園学園襲撃の嫌疑がかかることはなかった。特別課外活動は数日程度の緊急休養の形をとった。二週目の特別課外活動は思わぬ形で幕を閉じた。三周目に突入するものはノアやスミカぐらいなので、実質活動は終わったようなものだ。
刑事からの質問にありのまま答えていく。出ていった仲間を追うために一時は学園を飛び出したが、その際に襲撃を受けたこと。学園に火の手が上がり即座に元に戻り、寮のみんなを助けるために奔走したことなど、事実を口にした。ときには今までの活動での嫌疑をかけるような質問も出てきたが、被害者が出ているのに訊ねることではないと口酸っぱく言うと、それ以上の追求はなくなった。
空き教室を使った聴取部屋から出ていく。ある教室を横切ったときに涙ぐんた悲鳴が聞こえてきた。
「なんで私達があんな思いをしなきゃならなかったのよ。《《あんなの聞いていない》》!」
ミソラは足を止めた。刑事らしき声が宥めている様子だが、女子生徒が続けて言う。
「危うく死ぬかもしれなかったのに、彼女たちは罪にならないのですか。もういや、耐えられない……あんな人間がいることがどうにも」
そのあと女は嗚咽を漏らすだけで、意味のある言葉を口にしなかった。ミソラは女子生徒の放ったある言葉が引っかかっていた。
「あんなの聞いていない……」
もちろん襲撃なんて誰も望んでいないはずだ。一般的にもイレギュラーな事態で、生徒たちが危機に陥った。
玄関先で靴を履き替え、講堂方面へ足をすすめる。そこには消防員が作業し、一部の生徒が痛ましそうに眺めていた。
一瞬の煌きで、講堂の歴史が終わった。とはいっても、教会を建て替えた物であることやヒトミたちのライブパフォーマンスが行われた場所ぐらいしか知らない。彼らが最初に講堂を燃やした理由も分からないままだ。
ふと行動を見ていた女子生徒たちが振り返ってミソラを見た。瞬間、ミソラを嫌悪と恐怖が入り混じった目に変わった。二人の女子生徒がその場から去った。
ミソラは講堂を後にした。寮にいた女子生徒からの視線が突き刺さるが、ミソラは無視を決め込み自室へ戻った。アイカはミソラを見てから、「どうだったか」と訊ねた。
「聴取の方は滞りなく。……早速だけど、話しがしたいわ。先日の一件のことをじっくりとね」
RVパークで車中泊をしたあと、今朝のネットニュースを眺めたユズリハが驚きの表情でいた。生活スペースで朝食をとっていた二人は、昨夜に起きた事件のことを共有した。
「……とんだニアミス」
さすがのヒトミも困惑を覚えたようだ。自分たちと入れ替わるように花園学園が半グレ集団の襲撃にあった。まるでそのタイミングを狙ったかのような犯行だ。
「被害者は重傷者が二名、軽症者が三人。裏口から侵入し、ガソリンを建物の周りにかけて放火したとあります。他の施設も狙っていたようですが、そこに運よく警察と消防が駆けつけて逮捕に至ると。記事の内容からすると、運が良かったと言うべきでしょうが」
「多分、ミソラちゃんたちが頑張ったんでしょうね。……なんか罪悪感すごい」
タイミングがタイミングだ。ユズリハもいい気分はしなかった。その事件に対する反応も確認していった。反応の大きい方から表示されているのだが、ユズリハの思考が一瞬だけ止まった。
「あれ、どうかしたのユズリハちゃん。鳩が豆鉄砲を食ったような顔して」
「……なんですかこれは」
ユズリハはスマホの画面をヒトミに見せつける。すると彼女は大きく目を開いた後、眉をしかめた。浮かべていたのは不快感だった。画面をスクロールして反応を確かめる。どれも火事に対する所感ではなく、「旅するアイドル」に関連する反応をしていたのだ。これはありえないことだと、二人は内心思っていた。ヒトミは嘲笑気味に笑ってみせた。
「──なるほどね。先導ハルって子、やばいじゃん」
もしかしたら襲撃事件も織り込み済みだった可能性すらある。ヒトミは自身のスマホを取り出し電話をかけた。コールが幾度も続くばかりで応答はなかった。
「ミソラさんにですか」
「でないみたい。次、ユズリハちゃんがメールでも送ってみて」
彼女に言われたとおりにメールで昨夜のことに関する文章を作成し送った。すると意外な表示が浮かび上がった。
「メール、送信できませんでしたよ」
「どういうこと?」
「いや、こんな表示出るの初めてでよくわからないのですけど」
今度は宛先を変えてみた。アイカ、ラム、〈P〉の順に。送信完了したとでたのは、ラムと〈P〉だけで、アイカだけが送信できませんと出た。
「アイカさんだけ繋がりません。……あ、〈P〉さんから連絡が」
どれどれ、とヒトミが近寄ってきた。近くにいる熱をどうしても感じてしまい、冷静さが消えてしまいそうだった。唇を軽く噛みながら、〈P〉から来た文面を開いた。
「URL? 動画サイトのようだけど……」
ヒトミがそれにタップした。動画サイトのアプリが立ち上がり、動画が流れてきた。
一時間近くの動画にユズリハたちは身の毛がよだつほど衝撃を受けた。嫌な汗が背中から吹き出て、内臓の全てが縮まったような不快感がこみあがってくる。他人のならただの不快感で終わっていた。だがこれはユズリハたちも関係している動画だった。
朝食が冷めきってしまうくらいの時間を動画を見て過ごした二人は、感情の吐きどころが分からずにいた。
「これ、ミソラさんたちが知ったら……本格的にやばいかも」
「ええ。一朝一夕でできることではないです。おそらく松倉さんが私たちと接触したときから計画的に行われていたのでしょう」
これは倫理的に許されることではない。だがもし許されることがあるとするなら、それはひとつ。
「そして世間を味方につけたときほど、厄介なものもありません」
冷めた朝食を口にし顔をしかめる。味まで感じられなくなっている。このことを本部はどう感じているのだろう。そうしていると、ユズリハの携帯が震えた。表示を見てみると〈P〉さんとあった。携帯番号を登録してから初めての連絡だった。
「も、もしもし」
『そこにヒトミくんもいるかね』
はいと答えると、ヒトミがスピーカーモードにするよう言った。そのとおりに行い、テーブルの上にスマホを置くと、ヒトミが愉快な口調で語り始めた。
「あら声を出せるくらいに元気になったのかしら? けどこっちはとっても不愉快な思いをしているのよ。……さっき送ってきたアレが本当ならね」
『本当だとも。今の君達でないと気付きもしない。ミソラくんたちは、そろそろ予兆は掴めているはずさ』
「それで、〈P〉はどう動くつもり?」
ヒトミが試すような口調で言う。〈P〉は言った。
『これは君たちの問題だ。ミソラくんや君たち、そしてユキナくんのことさえもだ。此度の一件、私が本格的に介入することはない。君たちが南国行くのなら、別に止めやしない。ただ──』
今度は合成音声に情的な意思が込めたような〈P〉の一言が飛んできた。
『面白いものを逃すかもしれないな』
〈P〉の黒い仮面は未だに謎ではあるが、なぜだがほくそ笑んでいるような気がしてならなかった。挑発的な物言いはヒトミに対してのもので、似たような言葉をミソラにふっかけた本人はたまったものではないはずだ。実際にヒトミは挑発に対し笑みを浮かべていた。
「言うじゃない。まだ旅するアイドルに価値が残っていると?」
『ああ。あの場から脱した君たちと同じように、危機的状況から脱したものが、もうすぐ現れる。──私は彼女を誇らしく思う』
〈P〉の言い分を理解するに数秒遅れて、ヒトミがなるほどとひとりごちる。
「それは面白そうね。一体その子からどんな話が聞けるのやら」
『なら宮城の仙台港に向かえばいい。君の期待の出どころが自ずと分かるはずだ』
通話が終了した。先程までの鬱蒼とした雰囲気は何処へ行ったのか。ヒトミはユズリハに何か言う前に、先にんじて口にした。
「行き先、変えますか?」
「理解が早くて助かるわ。お礼にキスしましょうか、それとも──」
「次に無断で私の唇を奪ったら、あらゆる手を使って抵抗できなくしますので、ご容赦を」
そんな、と何を残念がっているのかわからないが、ヒトミのブーイングを躱して運転席に乗り込む。
奇妙な旅路にユズリハの思考がフルに回っていく。ユズリハにとっては突飛な展開ばかり続いているが、ある意味で公安警察の本懐なのかもしれないと、内心で笑い捨てた。




