夏の研究
私立花園学園を襲った武装グループの事件は瞬く間にニュースとなった。
襲撃者は勢力拡大している半グレ組織で、全員が二十代の若者だった。警察が到着した際は倒れた状態で発見されており、何者かの返り討ちにあったことを示唆していた。
生徒や教師にけが人はなく、裏門の警備員が体の骨を折るなどの重体、表門は頭に怪我を負い全治一週間、そして麻中ラムは意識不明の重体となって病院へ運ばれた。救急車がちょうど現着したのは不幸中の幸いだった。
「……あの女だよな、麻中ラムって」
タブレット端末を見ながら、本田ユミが眉をひそめた。昨夜未明に発生した事件は、旅するアイドルが関わっているのもあってセンセーショナル取り上げていた。
「おい、こうなるって分かってたのかお前。だとしたら、相当は悪魔だな」
罵倒混じりの言葉に〈P〉は沈黙を貫いていた。聞こえているとは思うが、話すことができないのだろう。
「この半グレ集団、お前らが連れてきたようなもんだぜ。だから言ったんだ。馬鹿なことはするなってな」
ユミは大型の機械から出来上がった物をまた別の機械へ運んでいった。シンナーの匂いがやってきた。換気の必要が出てくるのは相当なリスクを伴うが、趣味をする悦楽には代えがたい。
ものの十分で作業は完了した。高性能な機械は、ユミの自己表現を余すことなく受け止めてくれる。ゴム手袋をし、中に入れた物を手術台のようなところへ置いていく。
「はあ、完成だ。お前の体、「本命」ができるついでに終わっちまったぞ。つーか、夏まで間に合わせるならお前が手伝え、設計者だろうが」
タブレット端末でビデオ通話の場面を開く。そこには一人の男がルーペをかけて細かい作業をしている場面が映った。ユミは画面の向こうに言い放った。
「おっさん、順調か? ずっとこもりっきりで作業してんだろ。とびきりのニュース聞かせてやろうか」
「……さっき君がべらべら喋っただろう。それに君におっさんと言われる筋合いはないのだがね」
「でも五十代は立派なおっさんだろ。つーか、最近の年寄事情はなんなん? 本当はおじいちゃんって呼びてえんだこっちはよ」
「君、後期高齢社会にそれは酷だよ。いまでは五十代が立派な現役なんだぞ」
「知ってるわ。最近は若者に当たり強えんだよな。子供は大人に食いつぶされないように必死だってのにさ」
「君社会人だろ」
「後期高齢者会においてはまだまだ子供だ、おじいちゃん」
「それをやめなさい。西村壮太郎という立派な名前があるんだよ、私には」
西村は手を動かしながら抗議の声を上げた。使えない人間には無視を決め込むユミだったが、ここ数日で打ち解けるくらいには彼を信用していた。元々、宇宙エレベーター製造に関連したプロジェクトに彼の会社が参画していたが、突如としてその話がなくなってしまった。おかげで山のような借金をかかえ、会社を担保にサヌールで一攫千金を目指したのだが、西村とその部下はまんまと唆されたことを後に知った。
サヌールの資金調達には、カジノと人身売買にもう一つあったのだ。それこそ会社の権利を奪うこと。日本の中小企業は、ありもしない物を作らされ、または参加させられ、最終的に白紙にすることで、会社に不利益をもたらす。そこで一攫千金に飛び込めみ再び返り咲くサクセスストーリーを歩ませようとした。無論、美味しい話には裏があり、カジノの素人が億単位の金額を稼げるわけがなく、結果負債だけが残る。最終的にはすべての権利を売却し、マイナスに近い状態で利権を買い上げるというのが、西村がサヌールまで行かされてた経緯だ。
幸いなことに、旅するアイドルが暴いた人身売買を皮切りに、他の悪行を世に知らしめることになった。
彼女たちのおかげで、西村が経営する会社は首の皮一枚繋がり、なんと宗蓮寺グループの子会社へとなったとのこと。いまは宇宙エレベーターの技術を利用した新たなプロジェクトに邁進しているらしい。
「おっさんさあ、仮にも社長だろ? こんなおもちゃづくりに参加してていいのかよ」
「玩具なんてとんでもない。これは素晴らしいものだよ。確かに、他人から見たらただの玩具かもしれないが、彼女たち旅するアイドルが持つことで真価を発揮する。これはやりがいがあるぞ──」
「……はあ、そこまでの胆力あったら、もっとうまくやれただろうによ」
独自の技術が一つあったところでうまく行かないのが世の非情さだ。アプローチの方法とマッチングの運命は、昔から変わらない。方法が増えても、確率が上がったわけではないからだ。むしろ、本物を見分けることができる人間が減少しつつある。
「君は手痛いことを言うな。……だが結果オーライだ。今はこうしているだけで十分だ」
「……だな」
ユミが西村を気に入っている要因の一つがこれだ。彼は根っからの技術者だ。寝食惜しまず、新しいものに夢中になる人間には、誰にも真似できない感性と論理が組み合わさっている。たった一日で、西村壮太郎が持つ底知れない探求力を知り、ユミは彼とは友好的に接してきた。一見失礼な態度は、珍しいことだと西村には知る由もないが。
〈P〉がしてしてきた納品日が迫ってきている。それまで、この玩具を完成させ、ふさわしい人たちに届ける必要がある。
テーマを決めて、知らないものを探し当てていく感覚は、いつの時代、どんな場所でも、味わい深い感覚に陥る。まるで夏休みの自由研究に没頭しているときみたいだ。




