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Traveling! 〜旅するアイドル〜  作者: 有宮 宥
【Ⅰ部】第三章 偶像の再定義
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凶刃



 敵の本隊は裏口から侵入したとのこと。裏口に近い施設に、体育館や講堂といった建物が立ち並んでおり、学生寮もそのエリアに隣接したところに建っていた。彼らが建物の破壊目的なら、放置したままのほうが安全だ。だがその希望は儚く潰えた。


「……寮に集まりやがってる」

「最初からここを狙っていたのね。……あのポリタンクが燃料よね」


 寮を燃やし尽くすのが目的か。だが無差別に襲う理由は唯一つ。そこに目的の人物がいるからだ。


「結構な数いやがんな。だが敵にしては規模が小さめだ」

 彼女も違和感に気づいていたようだ。いまは学生寮の火災をなんとしてでも止めないといけない。

「プランは?」

「ポリタンクを奪って逃げろだ」

「火災は阻止できるけど、中に入られたら」

「いや、それは平気だ。みろ」


 先程から鈍い音がすると思ったら、男たちが武器でガラスを割ろうとしていたのがみえた。だがガラス特有の破壊音は一向に鳴る気配がない。


「セキュリティのほうは問題ねえ。あの装備なら、しばらく持つだろう。ほかはどうかしらねえが」


 だが外側家からの攻撃を想定しているのなら、他のガラスも同様のセキュリティとみるべきだ。ならやることは単純でいい。


「敵のひきつけ役はアイカさんがやるの?」

「お前がやるなら好きにしろ」

「冗談言わないで。……ポリタンク、慎重に運ぶ必要があるわよね」

「ガソリンが中にあったらマジであぶねえぞ。そういう意味じゃ、命がけになるが?」

「やるしかないでしょ。……大体、私達のせいなんだから」


 だな、と同意を示すアイカ。敵の襲撃は、ハルが画策したものか、それとも別の手によるものか。今は目の前のことに注ごう。被害者を出すことだけはあってはならないのだから。

 アイカが敵の集団に躍り出た。男たちは振り向いて、歓迎の声を上げた。


「なんだなんだっ。外に出てやがったのか。このちっこいのは一番ヤベえやつだぜ。テロリストの娘を殺せんだから、これは正義の行動になるらしいぜ」


 リーダー格の男は坊主頭で顔にタトゥーを施していた。夜更けに出くわしたら心臓が張り裂けそうだが、アイカは毅然とした態度を貫いていた。


「ほざけ。チンピラ程度、アタシ一人で十分なんだよ。こんな夜中に堂々と入り込んでよぉ、キャンプ場の場所でも間違えたか?」


 すると、男たちの武装が顕になってきた。ガラスを割っていた男たちもアイカのほうへ意識を向け始めた。彼らが一人の少女に対して侮っているのが分かる。なにせアイカは手ぶらで、飛び道具すら持っていないからだ。

 多勢に無勢と思っていたが、先程の一件も相まって心配は必要ないと感じていた。そして見事に的中するのであった。


 アイカは身を低くしてからの動きを目で捉えることができなかった。そして男たちも周囲が夜というのも相まって、一瞬で見失っていた。

 どこからか男の悲鳴が上がった。続いて二人が怒号をあげて武器を振り下ろす。アイカは奪った武器で攻撃を受け止めたあと、あっさりと手放した。二人の男が力に任せた攻撃によって力んだ。アイカはサマーソルトキックと後ろ回し蹴りを同時に行い、男たちの顔面に的確にダメージを与えた。


 続いてアイカが夜の影にとけ込む。つづいて「こっちだよ」と挑発めいた声に、近くの男がバットを横薙ぎし、それが仲間の胴体を傷つけた。痛みにあえぐ仲間に詫びの言葉をかけるも、傷つけた男の背後から飛びかかるアイカの飛び蹴りをまともに食らってしまう。ついでに胴体にダメージを与えた男に対し、アイカは顔面膝蹴りを浴びせた。


 彼女の姿を捕まえようと、男たちが躍起になる。だが捉えるには互いの連携がうまく噛み合っておらず、次第に絡まっていく糸のような混乱をもたらしていた。

 落ち着いて対処しろ、というリーダー格の男が言うも、チンピラ程度の実力ではアイカの動きを予測することもままならないのが現状だった。寮から少し離れた場所でアイカは挑発を繰り返した。


 仮にも男たちは「旅するアイドル」という話題の一味を相手に指定するほどの立派な集団という自負があったはずだ。報酬も莫大で、もしかしたら一生遊んで暮らせるお金が、彼らの懐に入るのかもしれない。しかしこのままでは、ただの失敗では終わらない。構成に渡り、笑い者にされる結果に陥りかねない。たった一人の少女すら捕まえることのできない、真の弱者だと──。

 そうしてアイカは講堂の方へ走り去り、それに男たち全員が続いていった。陽動はこうやって成功した。ポリタンクを持っていく余裕はなかったようだ。


「……よし」


 改めて周囲に人がいないことを確認し、ミソラはポリタンクのもとへかけだした。二つだけで四階建ての寮を燃やそうと考えていたなら、中身はガソリンで間違いない。通常ポリタンクの中に入れることはできないはずだ。むしろ危険が伴なう。ミソラはアイカの言葉を思い出しながら、慎重に運び出していった。






 ラムがミソラたちとすれ違ってしまったのは、生徒を探し回るために本校舎を迂回したルートを進んでいたからだ。その間、生徒や敵と出くわすことはなかった。講堂を燃えているなら、次に狙うのは寮の可能性が高い。しかしその場合でも、脱出のルートを確保している。寮の玄関の反対側に非常用の出口があり、そこから脱出することが可能だ。寮長もその当たりを理解しているだろう。


 あとは警察と消防の到着を待つばかりだ。本校舎をぐるりとしたところで、表門まで来てしまったようだ。敵は裏門から侵入したと思っていたが、それにしては警備員室に人の気配がない。まさかこの状況で逃げてしまったか、あるいは潜んでいるか。どちらにしても賢明な判断だ。

 警備員室の扉を開こうとしたが鍵がかかって動かない。カーテンで閉じているので中も見えない。ラムはノックをして声をかけた。


「……あの、誰かいませんか。警備員さん、そこに隠れていますよね。私です、麻中です」


 しかし返ってくるのは物音一つもない静寂だけ。ラムは諦めて翻そうとしたそのとき、背後からガチャリと鍵の開く音がした。驚いて振り向き、開く扉を待つ。現れたのは、まさしく捜索していた二人だった。


「ノアさん、スミカさん、ここに隠れていたんですか!」

「はあ、良かった。敵だったらどうしようとかと思った〜」


 スミカが安堵のため息を吐く。ノアが、慌て気味に言った。


「あの、中に警備員さんが怪我してて寝ているんです。表門から襲撃にあってしまったようです……」

「その方の容態は?」

「アイカさんが言うには命の別状はないと。頭殴られてますけど、リュックの中にあったガーゼとタオルで止血ぐらいしかできませんでしたけど」


 思わず聞き逃しそうな言葉を、ラムが問いただした。


「アイカさんが、来ているんですか? でも学校から出ていったきりのはずでは」


 それにはスミカが答えた。

「連れ戻そうとしたんですけど、如何にもガラのよくない男たちが襲ってきて。それはアイカちゃんがやっつけてくれました」

「学園が燃えているかもしれないってことで、四人で戻ってきました」


 この場にミソラとアイカがいる。いまここにいないところを見るに、講堂か寮へ現着済みなのだろう。二人がいるからといって、何もかも解決できるとは思えない。ラムは二人の元へ向かうべきだと考えた。

 そのとき、遠くからサイレンの音が聞こえてきた。


「や、やっときた……。あの、寮のみんなは」

「みんな無事です、いまのところはですが。今から私もそちらへ向かいますから、お二人はここで──」


 と、なったそのとき、ノアが何かを見つけて手を降った。ラムとスミカが振り向くと、人影がこちらにやってくるのが見えた。両手にはポリタンクを携え、えっちらおっちらと時折床に置きながら、こちらをみていた。ラムはミソラの元へ駆けつけた。彼女は驚いた目で言った。


「ラムさん! ここに居たんですか」

「ノアさんとスミカさんを探していたんです。それより、これは」


 赤いポリタンクを指して言うと、ミソラはバツが悪い顔を浮かべた。

「たぶん、ガソリン。寮が燃やされそうになってたから、アイカさんが敵を陽動して私が奪取。で、建物から離れた場所へ持っていこうと思ったわけ。ちょうど、サイレンの音も聞こえてきたでしょ」


 後は時間の問題だ。心配なのはアイカのことだ。敵の数は把握しきれていないが、彼女が任せたのなら安心だと思いたい。


「これで寮が燃やされる心配はないわ。今のところはだけど」

「やはり敵襲ですか」


 ミソラは頷いた。先導ハルが言うには、ミソラの邸宅付近へ足を踏み入れた旅するアイドルを始末しようと動いているとのこと。今まで襲撃がなかったところをみるに、補足しきれていなかったのだろう。こうして見つけ出し、夜中の襲撃がやってきた経緯に一つだけ覚えがある。今日飛び出していった二人の道筋から、花園学園を割り出した。そうとしか考えられない。


「ヒトミさんたちの言葉は正しかったわね。私は、ここに甘えすぎてしまった。無意識に、無自覚に、戦うことを恐れていたのね」

「……ミソラさん」


 彼女に気の利いた言葉をかけてあげるものがない。前線に立っているのは、いつも〈P〉やミソラたちだ。囮作戦や工作は常に死と隣り合わせだったに違いない。ラムはアイドルのメンバーではないし、アイカやミソラのような特別なスキルを持ち合わせていない。彼女たちのメンタルケアすらできない一般人だと思い知ってしまう。

 それでもこの数日で思ったことは伝えたかった。


「よく、やっているじゃないですか……普通に学校で過ごすのは、何もおかしいことじゃないのですよ」


 彼女たちはよくやっている。ユキナの人生に光明をもたらし、人身売買の被害者を救ったのは紛れもなく彼女たちの功績があってこそだ。アイカはまだ十六歳、ミソラも今頃大学にかよっていてもおかしくない。それぞれ経緯は違うが、大切な物を取り戻すために行く宛のない旅路を繰り返している。


「でも、ユキナさんは向こうの国でも襲われたじゃない。……〈P〉だって」

「全部が全部そうではありません。あの人のことです、ミソラさんをかばったのでしょう。元からああいう性質なんです。その際、彼はただでは起きません。戻ってきたときに、あの人に一段と成長した姿を見せましょう。ユキナさんのことだって、まだ間に合います。ミソラさんたちは、楽観的に物事を見るほうが性に合っていますよ」


 この先、数々の闇と出くわすだろう。深淵の底まで覗くような危険なことを繰り返すはずだ。それでも最後まで歯を食いしばって戦い続ける必要がある。この先増えていく敵に対して意思表示を出していく。そのために普通の女は、彼女らを運ぶのだ。


「どこでも連れていきます。麻中ラムはあなた達が望む場所へ──」

「……座りすぎて、腰傷めないでね」

「あはは、それは気をつけます」


 彼女の砕けた言葉に、自分も旅の友に成った気がして胸が熱くなった。彼に出会った偶然しか頼りになるものはないが、他の人が頼りにしてくれるのだったらラムは走っていける。そんな気がした。

 それから届いた怒り狂った男の怒号が届いてきたのは、間もなくだった。


「見つけたぜぇ、宗蓮寺ミソラアアアァァァ!!」


 講堂方面から一人の男がよろめきながらやってきた。頭は血まみれで、血走った眼がこちらへ突き刺さっている。彼は両手を抱えて突進してきた。男の体を受け止めるつもりで、自然とミソラの前へ躍り出た。ラムと男の体が重なる。息が詰まるものの、ラムは男を突き飛ばした。


 男はそのまま地面へ横たわった。誰かが手傷を負わせたのだろう。精神は高ぶっているようだが、肉体の限界が来てしまっていたようだ。

 そして、ラムは自身の変化を知った。腹部から熱い刺激があると、とてつもない痛みと苦しさにあえぐと。ラムは立つことに耐えられなくなったように、その場で崩れ落ちた。

 腹を抑えている手が赤く染まった。






 どうしてラムが倒れたのだろうと考えた時、倒れた男の手に持っていた物がみえた。襲撃者はバットや鉄パイプのような武器を所持していたので、すっかりその認識がこびり付いてしまった。なぜ刃物を持っていないと思いこんでいたのだろう。男が両手を抱えて突っ込んだ時に気付くべきだった。

 そしてラムが凶刃によって倒れてしまったことも──。


「ラムさん!」


 慌てて駆け寄る。ラムの体は激しく痙攣している。サイレンの音は間近に迫っていたが、これほどまでに来てほしいと願ったことはなかった。


「ダメ、ダメ、ラムさん……」


 彼女が視線をミソラに送る。目の光が今にも消えようとしているように見えた。


「……泣いちゃ、だめ……。あなたは、リーダー、なんだか……ら……」


 目元に力が入らなくなったのはそのときだった。パトカー、救急車、消防車が現着するまで、ミソラは絶望のさなかに打ちのめされることしかできなかった。


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