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Traveling! 〜旅するアイドル〜  作者: 有宮 宥
【Ⅰ部】第三章 偶像の再定義
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燃える学園


 学園に火の手が上がった。つまり、学園で襲撃が起きたということだ。

 男たちは感嘆の声をあげ、火柱を眺めた。

「うおお、やっべええ。本命の部隊はおもしれえことしてんだよな──」


 と、一瞬の隙を作ったのが男たちの仇となった。アイカは一目散に男の懐へ潜り込み、ヒザ蹴りを顎に食らわせた。力を失った男の手からついでに武器を奪ったかと思うと、両隣にいた男たちの側頭部に武器を叩きつけた。あまりにも芸術的な動きに、男たちの動きが止まって見えた。

 アイカは落ちた武器を拾い上げ、ミソラたちに投げつけた。


「身を守るのが無理そうだったら、お前がぶっとばせ、いいか?」


 彼女は火の柱が上がったことで注目が逸れた隙を付き、この場の優位性を獲得した。ミソラは学園で起こっていることを脇に置くことができた。心配ではあるが、いまは二人を守りきる必要がある。落ちたバッドを拾い上げ、ノアとスミカを守る門番のように武器を構えた。


「貴女こそ、さっさとこの人達を倒して。すぐにあっちの方へ戻るんだから」


 ふん、と返して、アイカは敵へと向かっていった。その間、ミソラはもう一方の方向からの男へ視線を向けた。

 先程の一瞬で、ガラの悪い男たちから動揺が発生していた。一瞬で三人を昏倒させたアイカの存在もあるが、この状況において全く恐れを抱かないミソラに対しても同じ恐怖感を抱いているようだ。ミソラも不思議と恐れを抱いていなかった。


「お、おい。アイツもやべえやつなんじゃねえのか」

「お、怖じけるな。たかが女ひとりぐらいなんだってんだ」


 彼らの所感は的中している。ミソラに複数の男たち相手に立ち回るだけの力はない。だが、今までの経験が目の前の男たちに対する恐怖をかき消していた。

 旅するアイドルとなってから、月に一度は必ず銃弾と出くわしてきた。プロの軍人相手に暴力の側にいたこともあった。それに比べたら、この状況は易い。倒すことはできないが、二人を守るために最大限の行動を取ることはできる。


 男たちが雄叫びを上げて、ミソラに向かっていった。同じように武器を構えたミソラが吠え叫びながらバッドと鋭く横薙ぎした。

 甲高い金属音が連続して響いた。衝撃のぶつかり合いに打ち勝ったのは意外にもミソラだった。男たちは金属音のあとに力んでしまった。結果、勝利したように思えたが、ミソラの腕に強い衝撃が加わり、麻痺に似た感覚が襲う。それでも武器を手放さないのは、牽制のためだ。視線だけでこの程度かと訴える。


「来るなら来い!!」


 ミソラは続けて叫ぶ。意識を高揚させるのは後付の理由。声を高らかにする理由はここが住宅街だからだ。ここまでの騒ぎになれば、住人たちが顔を見せることはするはずだ。

 なのに静寂ばかりが返ってくる。行儀の良い家庭しかいないのだろうか。そう思っていると、背後から雄叫びを上げてくるものに気付かなかった。


「ミソラ!」


 ノアが叫ぶ。振り向いた瞬間、男が鉄パイプを掲げていた。防御が間に合わない。しかし男が横からの衝撃に吹き飛んだ。振り下ろした鉄パイプがミソラの真横へ落ちた。みると、スミカがリュックを前に抱えて男に突っ込んだようだ。思わぬ救援に安堵するのもつかの間、鉄パイプを持った男が激昂し、スミカへ殴りかかってきた。


 声にならない悲鳴を上げるスミカを守るために彼女の前に躍り出るミソラだったが、それより先に別方面からの攻撃が来る方が早かった。男の側頭部にバットが直撃した。男はそのままふらつきながら倒れた。救援はアイカからだった。傷一つなく、ターゲットを制圧していたようだ。


「ありがとう、助かったわ」

「ああ。あとは──」


 視線の先には四人の男だ。彼らは完全に怖気づいていた。立ち向かいのもいいが、ここは別の方法で撤退させる方が効率いい。


「見てのとおりだけど、まだやるつもり?」


 悠然とした態度を取るミソラに、男たちが壁際まで身を寄せた。ミソラたちはノアとスミカの手を取って、引っ張り上げる。住宅街と通り過ぎ、襲撃の場所から遠ざかっていくのだった。








 学園付近までたどりつくと、焦げ臭いに匂いが鼻についた。炎が狼煙のように黒煙を作り出している。フェンス間際から見えるのは、それだけだ。


「本校舎は燃えていないみたいね」


 ミソラは周辺を見渡し、人影を確認する。だが周囲の家から人が出る気配はまるでなかった。


「警察と消防は、もう呼んだのよね」

 スミカは頷いて、不安げな瞳を浮かべた。

「わたし達、どうすればいいの……?」

 本当なら彼女たちを安全な場所へ連れていきたいところだ。だが学園敷地内での火災の原因は、紛れもなく敵の襲撃だ。このまま放っておくわけにはいかない。


 アイカに視線で投げかけてみる。こういうときは彼女の判断が最も適しているだろう。思案のあと、アイカが言った。


「アタシといたほうが安全だ。連中に飛び道具がなければだがな」


 ミソラはノア達に振り返って提案を投げかけた。

「いま、学園で何が起きているのかを調べに行く。あなた達を安全な場所へ案内したいけど、警察が来ない限りその保証はできない。だから、私達から離れないように」

「わ、分かった。でもまた襲ってきたら」

「そうなったら、物陰にすぐ潜むこと。さっきのように、アイカさんが敵を倒して、私は二人を優先して護衛。それでいい?」


 先程の噛み合った連携を思い出したのか、二人は強めに頷いた。四人は一番近い表の門へ駆け出していく。

 間近の物陰に潜み玄関前の状況を確認する。人はおらず、門は開いていない。アイカが先行して門の方へ躍り出た。それから手振りでの合図がきて、三人は駆け足でアイカの元へ急行した。そこで見たものに、ノアが悲鳴を上げた。


「……炎が上がってるところって、寮の方じゃないの?」

「門は開いてねえが、よじ登ったあとがあるな。アタシが最後によじ登って──いや、待て」


 ふとアイカがミソラたちが来た方角を見た。また襲撃を予期したが、アイカはすぐに校門へ振り返った。


「……わりぃ気の所為だ。アタシが最後のほうが、突然の襲撃に対応できる。ほら、さっさといけ」


 アイカに急かされ、ミソラから順に登ることにした。門はミソラの身長の二倍程度あるが、跳躍して天辺に届いた。懸垂の要領で身を躍らせ、向こう側でぶら下がり落下した。フェンスから降りたときよりは衝撃は少なかった。続いてノアが同じように続き、素早く学園側へ到着した。スミカは懸垂ができなかったが、アイカが足元を上げてサポートし、降りるときはミソラたちが受け止めた。最後にアイカが助走をつけて跳躍。門の天辺に手をかけたのは一瞬だけで、その勢いを保ったまま幅跳びみたいに飛び越えた。着地は先ほど見せたような受け身をとって完了した。

 感嘆に浸っている間もなく、四人は玄関前がやけに静かな理由を知る。


「……警備員さん!」


 スミカが悲鳴をあげた。アイカとミソラが駆け寄ると、微かに脈動が聞こえてきた。頭から血を流して倒れているので危うい状態だが、死んでいるわけではなかった。


「いまから救急車が来ますから」

 すると視線だけ向けてくる。彼は炎の上がっているところを見て、か細い声で言った。


「ガラの悪い、奴らがよじ登って……」

「数はどのくらいですか」

「分からない。こっちに来たのは五人だったが、多分もっと人が中に入り込んでいる……ぐぅ」


 男は呻きながら、体を動かそうとする。そこでノアが言った。

「二人は先に行って! わたしはこの人のを看てるから」

「けど、このまま一人で居るのは危ないわ」

「ここ全然人が来る気配ない。本命は校舎じゃなくて、それ以外のところだから、多分平気」


 ノアの言葉に理があると感じてしまっている。だが側にいるほうが安全ではないかとも考える。そこでスミカが手を上げた。


「じゃあスミカも残ります。警察とか救急車は表門に来るはずです。状況を説明できる人が必要になりますよね」


 ミソラが何かを言おうとするが、アイカが肩に手を載せて頷いた。彼女たちの意思を尊重するようだ。


「……警備員室内で隠れていること。いい?」


 その言葉にうなずいたノアたちを見届け、二人は火が上る方へ駆け出していった。角を曲がろうとしたところで、アイカが足を止めた。物陰から火の手の元を発見した。


「見ろ、燃えてるのは講堂だ」

「……寮は、燃えてないわね」


 講堂全体が炎で包まれ、それを前にして歓声を上げる者がたむろしていた。住宅街で出会った男たちの様相そっくりだ。講堂は木造で出来た建物で、炎が燃えるのも一段と早かっただろうが、延焼を促したものを見てミソラは戦慄した。


「ねえ、あれ灯油タンクよね。……ガソリンでもまいたの?」

「かもな。クソっ、あの中に人が居たらもう──」


 助からない、とアイカが判断した。だがこの時間帯は、寮に人が集まっているはずだ。ミソラはアイカの袖を引っ張り、顎で行き先を指し示した。


「寮へ急ぐわ。あそこが人の集まっている場所よ」

「……ああ、警察が来るまでのあいだ、なんとかしねえとな」


 燃え盛る講堂前広場をはなれ、二人は大きく迂回して寮へ向かう。火の手は一つだけとは限らない。あの中には特別課外活動の生徒や部活合宿中の生徒が多数眠っているのだから。




 夜中ミソラたちが外へ飛び出す十分前。

 爆発に似た音でラムは目を覚ました。次に廊下での慌ただしい様子が耳の中に入った。部屋を出ると、寝間着姿の生徒とぶつかった。何が起きたのかを訊ねると、講堂に火の手が回っていると恐怖の答えがかえってきた。

 ラムは窓辺から真っ赤に立ち上る炎をみてある考えを過ぎらせた。急いで外を出ようとする寮長を止めた。


「危険ですっ。これはただの火災ではありません!」


 寮長が扉の取っ手をかけようとして、ラムの声に振り向いた。彼女は訝しげにラムを見て、甲高い声を上げた。


「何をおっしゃいますか。これから警備員の方と合流する義務があります。口出しをしないでいただきたい」


 ラムは寮長の肩を掴み、必死の形相で訴えかけた。


「言いましたよね、ただの火災ではないと。今から全生徒を食堂へ集めてください。その後に鍵をかけて、食堂の入り口をテーブルで塞いでください」

「ですが──」

「これは私達、旅するアイドルを狙ったものです! 追手が、敵が来たんです」


 その言葉に腑に落ちてしまった寮長は、即座に敵意をにじませた。


「……だから彼女たちを招き入れることに反対したのです。なのに先導ハルが、無茶苦茶言うから」


 寮長としては当然の反応だ。ラムは罪悪感に押しつぶされそうになるが、今の自分ができることを最大限に行うことが、贖罪にしかならないと考えていた。


「……あとは、私が後始末をしますから」


 寮長が何かを言おうとしていたが、背後で不安がっている生徒へ振り返った。


「いいですか皆さん、今から寮部屋の生徒を起こして食堂へ集めてください。ごねても叩き起こしてでも、必ず言うとおりにお願いします──」


 生徒たちは怯えながらも、玄関前を離れていった。119番通報と110番通報をしてから、続いてミソラたちに連絡をかけるものの、電源が切ってあり通じなかった。十数分後に、寮長が慌てて戻ってきた。


「あ、あの、ミソラさんとアイカさんが──」

「……彼女たちは今夜出ていきました。仲間たちを追跡するために」

「それだけじゃありません。ノアさんとスミカさんもいらっしゃらないのです!」


 ラムは驚きに目を瞠った。その二人がこのタイミングでいなくなった。理由は一つしか思い当たらない。今頃、学園の外にいるかも知れない。だが二人を見つけられずに戻ってくる可能性もある。その場合、敵の魔の手にかかってしまう恐れもある。


「あの、私外に出ます」

「何を言ってるのですか。貴方も避難してください」


「ノアさんたちはミソラさんを追いかけている可能性があります。万が一のときに何かあったら──」


 こうして話している時間がじれったい。ラムは扉を開けて、外に飛び出した。寮長に最後の警告を口にした。


「食堂のドアは施錠し、それから電気は一切つけないこと。いいですね!」

 そう言い残して、ラムは混乱の只中に自ら足を踏み入れた。せめて警察が来るまでのあいだ、時間稼ぎをするために。


「誰も、傷つけさせやしない──」

 旅するアイドルには何の責もないと証明するため、命がけの行動に走った。


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