邪悪なる残照
宗蓮寺グループの一室にて、久々にフィクサー同士の邂逅がやってきた。大方、議題に上がるのは今流行りの原ユキナ行方不明もとい襲撃事件と、旅するアイドルが分裂してしまったことについてだ。
ハルは会議室の椅子に腰掛けて、顔の見えない二人のフィクサーに言った。
「二人のおかげで、旅するアイドルが分裂してくれた。まあ、これはもっとあとになってからだと踏んでいたけど、想像以上に破茶滅茶してくれたようで何よりです」
おかげで宗蓮寺グループの株価高騰が著しい。それもこれも、フィクサーの二人がお膳たてをしたおかげだ。もっとも、当の本人たちは面白くないと思うが。その証拠に、フィクサーの一人から狂った金切り声が飛んできた。
『小娘が、まんまと我らを利用したな』
「仕方ないじゃないですか。動いたのはそちらでしょう? 原ユキナさんに察知されてしまった時点で、貴方の目論見は破綻。これも、私も予想もつかないことでしたが」
旅するアイドルがユキナに警告を送ったとは思えない。ユキナの逃亡ルートが呆気なく察知されるほどだ。頭脳である〈P〉が手を貸したとは思えなかった。
『くそっ、貴重な交渉材料をまんまと逃がすとは、ザルヴァートのマネごとは使えんかった!』
『まあまあ、原ユキナは何度も死にかけている。本能的に、死の危機を察知したのだろうな。ある意味、旅するアイドルより厄介な性質だ』
『わ、分かったようなことを言わないでもらいたい』
焦るフィクサーと悠々自適なフィクサー、格差が顕著に現れていた。ハルは焦った方へ言ってみた。
「原ユキナはいずれ帰国しますね。それは私も正直困るところです。彼女たちを学園へ縛り付ける理由がなくなりますからね」
『ふん、あんな《《倫理観》》の疑うことを平然と行う貴君が恐ろしいが』
「かもしれませんね。ですが知ってますか、この世で評価されている娯楽とはそもそも倫理観ギリギリのことです。ドッキリやスキャンダル、人の弱点をいじることもそうでしょう?」
社会が成熟していくにつれて、バラエティや創作は一時期は過激さを求めていった。現在はネットの配信ですら規制化が進み、あまりに過激なことをすると関係各所の人生が終わる結末を迎えるものも少なくない。
「人間の本能はこういった刺激に弱いんですよ。だから一定の効果が見込める。ですが、そろそろ手品を変える必要があります。じゃないと、ただの弱い者いじめになってしまう」
これからの言葉を慎重に紡ぐ必要がある。ハルは憮然とした態度で、落ち目のフィクサーに言った。
「金城一経さま。旅するアイドルの腹いせは失敗し、貴方の栄光は地に落ちた。もはや貴方様は、宗蓮寺グループの穀潰しにほかありません」
瞬間、張り詰めた緊張が走る。この感覚は嫌いではない。今までも勝負のたびに味わってきた。そしてどれも勝利を掴んだ。ただし今回は大切なものを天秤にかけている。今まで以上に慎重に言葉を紡いでいった。
『な、なにをいっているかね、君は……』
「あなたの悪事が露呈した瞬間から、宗蓮寺グループは貴方を見限っている。そもそも、サヌールに麗奈さんがやってきて逃げられてしまった時点でです。──貴方は政治という厳しい世界を見てきた。その一言で沢山の人間を救い、殺してきたのでしょう。ならば、己が幕を引く方法は、よくご存知ですよね」
相手の神経を掴み引きちぎるような物言いに、ハルの背後で佇んでいた松倉の息を飲む声がした。金城一経が声にならないうめき声を発し、そのまま通信が途絶した。反応は上々、といった感じで、ほっと息をつきそうになるところで、残りのフィクサーが言った。
『いやはや、豪胆な娘だ。さすがは〈ハッピーハック〉の〈サニー〉といったところか』
「……ねえ、思ったのだけど」
あえて口調を崩した。それでいいと思っている理由がある。
「あなた、本物のフィクサーじゃないでしょう。前の主を演じているよね」
ハルの指摘に、ボイスチェンジャー越しの声から甲高い笑い声が飛び込んできた。
『アハハハ、本当に分かっちゃったんだ! 実は前の主は私が殺したんだぁ、いまからアタシが成り代わったの、そのつもりで』
「それも嘘。彼の訃報は出ていない」
『あーなんだ、バレてたんだ。あの人から今日はアタシが出てくれって言われちゃってさ。でもうまくやったと思うのよね。よく似ていたでしょ』
「金城一経は気付かなかったわね。まあ、フィクサーなんて仲良しこよしの集団じゃないしね。こっちの力を利用する、身勝手な連中ってイメージよ」
『あ〜あ、そういうこと言っちゃんだ。よかったね、ここにアタシしか居なくて。あの人が居たら、宗蓮寺グループが崩壊するわよ』
「物理的に?」
『命じてきたらね。ほらあのひと潔癖症なところがあるから』
潔癖症、ということは、金城以上に俗物である可能性が過る。そういう人間は御しやすいが、彼の立場が本性を殺すことに成功しているのだろう。
「あなた達のところに旅するアイドルが入ってきたらしいわね。てっきり、そのまま追ってくると思ったけどね」
『邪魔した人間の物言いじゃないよね。いまはむり、相互監視社会ってよく言ったものでね、アタシたちみたいなテロリストはやりにくくなっちゃった』
犯罪の抑止に監視は大いに役に立っている。あくまで表面上は。
目撃者を一気に始末できる方法があれば、その限りではない。
『だからさ、あの子がほしいのよね。──知ってる? アタシたちザルヴァートの最終兵器』
ハルは眉をひそめた。これ以上、向こう側の領域に足を踏み入れたくなかった。それはなに、と訊ねると、嬉々とした声が耳障りにやってきた。
『アタシたち、なんとしてもあの子がほしいのよ。世界のなかで三万人を殺した人間兵器。市村創平の最高傑作をね』
ハルは目を瞑り、7月の終わりに出会った少女の姿を思い浮かべる。ミソラの背後で小動物のように縮こまっている彼女の姿は、旅するアイドルのリーダーに深い信頼を寄せていると分かる。思わずクスリと笑ってしまった。
「あなた、名前を教えてもらえる?」
画面越しの少女が名乗った。
『シャオ。シャオ・レイ。ふふ、貴女にあってお話してみたいわね、先導ハル』
そうして通信が切れた。胸の中で渦巻く情動を押さえ込めようと、ゆったりと息を吐く。それから背後の松倉へ視線を向けると、ダラダラと汗を流し、呼吸がままならない様子におもえた。
「ちょっと、なんで貴方がそのざまなのよ」
「いやいやいやいやいや。アンタ喧嘩売るような真似してどういうつもりだよ。ザルヴァートがそこらの半グレと思ってんのか!?」
「思ってなかったわね。正直ビビった」
なにせ、この人生で未だ人の死を見たことがない。死んだかもしれない光景は一度だけだ。宗蓮寺グループが一時でもザルヴァートと手を組んでしまった背景を知っているからこそ、彼らを理解するべきだった。
「理解しようとしたら、深淵に引き込まれそうになったわね。あれは人間ではなく怪物だと思ったら、可愛いものだけど」
「……ふん、やせ我慢もここまで極まれば尊敬できるよ」
「あら意外。それじゃ、仕事お願いね」
ハルは眩しい光を放つような笑みを松倉に放った。彼は嫌な顔を浮かべなら、肩をくすめるのだった。
ここからは暴力が発生する。だからこそうまくやる。
先導ハルの理念は、未だに胸の奥に根付いている。




