対面
王宮に入って馬車から降りると沢山の護衛騎士が並んでおり、私に恭しく礼をしていた。
「皆さま、私のためにお時間を割いていただきありがとうございます。皆さまにはいつも感謝しております。ありがとう」
ふっと微笑んでそう言っておく。きっと、今まで皇太子の婚約者として色々な場面でフェリーナを救ったことだろう。フェリーナの知らないところで危険を排除していたかもしれない。
それが仕事である、と言われればそれまでだが私は仕事であろうとなかろうと感謝を述べることは大切だと思っている。
急に礼を言ったからか、護衛騎士のまとめ役と思わしき人が顔を上げて驚きの色を浮かべたまま、私を見ていた。
「いえ、当然のことをしたまでです」
護衛騎士はなんとかそういうと、私を王妃の待つ部屋まで案内した。
王妃の待つ部屋まで多くの騎士とすれ違い、その度にちょっと頭を下げると騎士達は目を大きく見開いて会釈を返してくれた。
きっと、こちらの貴族方はお高くとまっていてこのように話しかけることがないのだろう。
私は貴族ではないので、普通に話しかけてしまうが。
「こちらにおられます」
そう言って恭しく、閉じられたドアの取っ手に手をかける護衛騎士。
私は唾を飲み込んで頷いた。
「ありがとう」
カイが私の後ろにすっと寄ってきた。なんだか心強い。
静かに開いたドアの向こう、猫足の椅子に座って赤ワインらしきものを飲む美女がいた。
「あら、ようやくお出ましね。息子が気に入っている令嬢さん」
笑う美女は遊郭にいそうな感じで、どうも私の考える王妃像には当てはまらなかった。
「お機嫌麗しゅう。わたくし、フェリーナ……」
「自己紹介なんて不必要。さあ、ここに座って。あら、貴女は未成年ね。ちょっとお待ち。ええと、どこかに葡萄ジュースを隠していたのだけれども」
女性らしい体つきに思わず目を取られる。じっと見ていたことに気づかれ、私は顔をさっと赤らめた。まるでガキンチョがヌード雑誌を見てしまったような顔だ。例えが庶民なのは許して欲しい。だって、庶民だもの。
仮にも美少女のフェリーナがする顔ではない。まあ、中身がアヤなので勘弁して欲しい。
「あらあら。うぶな子は好きよ?よければここを大きくする秘訣を教えてあげるわよ?」
ふふふ、と笑う王妃はやはり王妃っぽくない。
私はふるふると首を振って王妃の提案を断った。
「今は入らなくてもいずれ欲しくなるわ。その時には是非頼って」
王妃様、と護衛騎士が咳払いをした。
「ああ、本題ね。分かっているわ。婚約解消の理由よね。それは、極めて簡単。妃教育が大変苦しいものだからよ。巷では私が貴女を嫌っているからなんていうくだらない噂が流れているようだけど」
葡萄ジュースを見つけた王妃はグラスに自ら注いで私に手渡してきた。
「どちらかと言えば貴女のことはとても好意的に思っています」
私は手に持ったグラスをくるくると回しながら王妃の言葉に耳を傾けた。
「だって、こんなに可愛らしい子なんですもの。あわよくば自分の娘に、って思ってしまうのは自然なことでしょう?実際、婚約解消にはあまり賛成ではありませんでした」
「では、なぜ婚約解消に踏み切ったのでしょうか」
私はじっと王妃の目を見つめながらそう問う。
「そうねえ。まず、記憶を失っていても辛いことは体が覚えている。王妃教育って辛いじゃない?それをまた一からやり直すのは負担が大きすぎる。ふたつ目に、息子の愛が重すぎるのよ。貴女を溺愛している。このままでは貴女を監禁してしまいそうなくらいに愛しているわ。だから、別れさせた。貴女に選択肢を残すためにね」
ワインを煽りながらーーいや、浴びながらそう言う王妃。真意がまだ分からなかったので黙って見つめ続ける。
「だからね、簡単に言えば貴女のためなのよ。だって、息子のことを愛しているように思えなかったんですもの。嫌ってもいないし好いてもいない。義務感であの子の婚約者をしていた。違いますか?」
違いますか、と言われてもその頃は私ではなくフェリーナがこの体におさまっていたので分からない。
黙っていると王妃は笑った。
「まあ、その質問に簡単に答えるような人ではないと分かっていますよ。ええ、貴女は聡明ですもの」
なんだかおかしな方向に私の評価が向いていっている気がする。
「ねえ、フェリーナ。貴女がもし、あの子に恋をしてあの子の伴侶になっても良いと思った日には私に連絡を頂戴」
王妃はとてつもなく私のことを考えてくれている良い人っぽかった。なんというか、優しいお姉さんみたいな。
「フェリーナ様、何をぼおっとされているのですか」
王宮前に横付けされた馬車に乗ろうと片足かけた状態で固まっているとカイが呆れたように声をかけてきた。
「いえ、王妃様が想像していたよりも良い方だったのでなんていうか、変な感じで」
カイは何も言わずにいた。
「でも、王妃様も勘違いしているわね。皇太子様が私を愛していたなどと」
カイは何かを言おうと口を開き、そして閉じた。
きっと、私にかける言葉が見つからなかったのだろう。
確かに、皇太子は私を愛していただろうが、ふっと思ってしまう。
中身が入れ替わっていることに気がつかなくても愛しているというのだろうか。フェリーナからアヤへ、中身が変わっていることに気がつかないことを本当に愛しているというのだろうか。
きっと、これは本当に愛しているとは言わない。皇太子はフェリーナの美しい「姿」にのみ恋をしているのだ。