呼び出し
来月から貴族しか通う事を許されていない高等学園、つまりは高校への進学が決まっていると聞いたのはフェリーナの体に入ってから一月経った事だった。とりあえずフェリーナの住む地域、つまりグルテリアス家の領地の特産品、特徴を頭に叩き込んだ。あと、貴族として最低限は身につけるべき教養と礼儀作法、重要な地位につく貴族の名前、同年代で仲良くしておくべき人物の好み。
頭が破裂しそうだ。ちなみに家名もこの時はじめて知った。
フェリーナ・グルテリアス。
ミドルネームはないようだ。貴族の階級なんてよく分からないが、どうやら貴族の中でも高位の貴族家であるという。
よくもまあ、こんなに恵まれた環境に生まれているものだ。
「フェリーナ様」
フェリーナには屋敷で一番風通しが良い、一番良い部屋があてがわれていた。家族に大変可愛がられていることがよく分かる。
フェリーナの実用的で女子感のない部屋で今までの勉強の復習をして過ごしているとフェリーナ付きだという執事がドアをノックした。
「何でしょうか」
フェリーナ付きのメイドが一礼してドアの方へと向かった。先にメイドが話を聞くようだ。
「フェリーナ様、王妃様がフェリーナ様をお呼びだと」
メイドがちょっと青い顔をして私へ報告して来た。
「王妃様が。それはいつですか」
「今日だそうです。いくら王妃様とはいえ、こんな直前に知らせに来られるのは……」
非常識だ、そう続けようとしたメイドの口をそっと両手で押さえた。
「気持ちはわかりますし、貴女の言うことが正しいですがそれは言ってはいけませんよ。この国で最も尊い方の言葉です、望みです」
笑ってメイドを見た。
「王宮へ相応しい服を、選んでくれる?」
ついこの間まで民主主義国家の一市民であった私が貴族を心得ているはずもない。
ましてや、王族と(皇太子には一度会っているが)王宮という場所で正式に話す場面など。
余裕をぶっ漕いだ顔で馬車の座席に座っているが実は心の中ではかなり焦っている。
性格は普通ではないが暴君ではないと聞くが、実際の王妃はどういう感じなのだろうか。
高慢ちきな女だったら蹴り倒してやろうか。
げんなりとした顔で外を見ていると、ふとつぎはぎだらけの泥に塗れた服を着た人たちの姿が目に入った。鞭を持ったガタイの良い男性に怒鳴られながら重そうな荷物を運んでいる。
顔を顰めていたのだろう、私の視線に気付いた執事がさっと馬車のカーテンを引いて私の視界から彼らの姿を隠した。
「あの人達は?」
「フェリーナ様の考えることではありません」
カイという名の、同じくらいの歳の執事はそう言ってちょっと乱れていた私の髪を直した。
「きっと、知ってしまえばフェリーナ様は心を痛める」
食い下がっても話してくれないだろう。私は一旦諦めて、髪を整えてくれたカイに礼を言った。
フェリーナの兄も、両親も用事があって同行できない。
顔見知りがいない中、見知らぬ場所で見知らぬ人と話すのはかなりきついことだ。そんな中、こちらに来てから甲斐甲斐しく世話を焼いてくれたカイが同行してくれるのは心強い。
王宮の門が見えて来た。
肩を震わせた私にカイは優しく言う。
「きっとこの度の婚約解消についての説明がされるのでしょう。気楽にいれば良いのです」
馬車は静かに開いた王宮の中に入っていく。