婚約解消
フェリーナはこの世のものとは思えないほどの美しい白を持っていた。それだけでなく、目を引くほどの美貌も兼ね備えている為、この国で一番尊き子供がフェリーナを所望していることに何の疑いも無い。
俗世を離れた容姿と引き換えにフェリーナは自らの健康を失ったらしく、病気がちで子供の頃に培われるべき感情を持っていなかった。
そんな、感情が欠落した子供であったが美しいことには代わりなく、毎日のようにフェリーナを手に入れた皇太子はフェリーナの元に会いにきていた。
ただ、病気で寝込んでいる時には家に押し掛けないというのが貴族のルールだったのでここ最近は会ってはいなかったようだ。
「フェリーナ、本当に覚えていないの?」
フェリーナの母らしい、とても美しい女性が私の顔を覗き込んで質問をしてきた。どうやらフェリーナの今までの記憶は引き継がれなかったらしく、私の最新の記憶は刃物で殺されるというえげつない場面である。
華やかな、豪華な生活とは無縁だったので肌触りの良いベッドに恐縮し、端っこでうずくまっていた。
「はい」
ただ、言語は操れるらしく、ここの言語でこう言いたい、と思えばその言葉が口からするすると出てくる。まだ、何も与えられていないよりかは状況ははるかに良い。これで記憶もない、言語も話せない、となれば気持ち悪がられそうだ。
それよりも、だ。
私はちょっとフェリーナを妬みたくなる。
私の両親はクズで、私の世話なんてした事もない。それに比べてフェリーナの家族は甲斐甲斐しくフェリーナを世話している。これは体に良いものだと言ってフェリーナの兄だと言う人物は高そうな薬をフェリーナに与え、記憶をなくしてしまったと思われているフェリーナを案じている。
何故、そんな恵まれた環境にいる人もいるのに、私はあんなに惨めな生活を送っていたのだろう。
格差とは残酷なものだ。
「まあ、記憶は後々取り戻していけば良いよ。最悪、なくても困らないしね。何があろうとフェリーナは僕の可愛い妹なのだから」
フェリーナの母が悲しそうにしているところにフェリーナの兄がやってきた。私がこちらの世界に踏み入れてはじめて見た人物、金髪の綺麗な人こそフェリーナの兄。兄弟に憧れていたので、フェリーナに兄がいたことにちょっと嬉しくなった。
「そうね、フェリーナに記憶がなくても私達が覚えているものね」
体調がまだ良い日。
私は一人の青年と向かい合っていた。どこか冷たい印象を与えるスカイブルーの瞳には苦悩の色が濃く滲んでいた。
「フェリーナ、私はフェリーナを深く愛している」
「はい」
ボロを出さないように、会話は最小限に。
「これは私の望みではないんだ。私はこれを阻止しようと何度も掛けあった」
「はい」
完全にイエスマンと化した私は何となくこの雰囲気を知っている。
クラスでこんなことがあった。
私と仲の良かった友人は一人の少年に恋をした。そして、友人は少年に告白をする。少年は一旦保留にしたようで友人は回答が返ってくるまでの間ずっとドキドキしていたようだ。
少年は私に問う。
「アヤはどう思う?」
私は付き合えば良いと答えた。友人も少年も顔面偏差値は高くお似合いだったから。
そして、付き合った。
しかし、すぐに別れた。友人と駄弁っていると少年がやって来て友人にはっきりと告げたのだ。
「別れて欲しい。他に好きな人がいるんだ。こんな不真面目な人間とは付き合うべきではない」
その時の、別れを切り出す空気に似ている。
「しかしーー」
「婚約の解消でしょう。遠回しに言われずとも理解しております。どうか、私の気持ちなど考えずこの国のために動いて下さい」
「違うんだ」
「殿下の心は分かっております。殿下がお優しい事も何もかも。きっと、記憶がない私ではいろいろと不都合もあることと思います。殿下に相応しい方はおります。今までありがとうございました」
「フェリーナ」
「はい」
皇太子はとても苦しそうな表情で私を見て、膝に置いていた私の手を掬い取ってぎゅっと握った。
「絶対に母上を頷かせ、貴女を婚約者として再度紹介する日が来る。それまで、待っていてくれるだろうか」
私は曖昧に微笑んで明白な答えを返さなかった。
きっと、そんなことは一生来ない。どうやらフェリーナはお妃教育を受けており、多大なお金を投資されていた。それが、記憶喪失でおじゃんになったのだ。
皇太子の母、つまりこの国の王妃は私に怒りを感じている。大事な国費をドブに捨てたも同じことなのだから。もう一度お妃教育を受け直させないといけないなんて二度手間だ。
皇太子は帰り際、ポケットから指輪を出して私の左手中指に嵌めた。スカイブルーの石が嵌め込まれている。皇太子の同じ指には色違いの指輪。石は綺麗な白色だ。
私は思う。
フェリーナは、こんなに深く愛してくれている皇太子に少しでも好意を感じていたのだろうか、と。