序章
スランプゆえ、なかなか話が進まないかもです。
温かい目で読んでくださりますと嬉しいです。
貧しい生まれの者は一生、子孫諸々貧しいままだ。負の連鎖は断ち切ることが出来ない。
そう言ったのは、有名な社会研究者だったか。
確かに、教育にかけられるお金が少ない分高学歴を見込むことは難しいだろう。よっぽど頭が良く国から助成金を貰えるくらいでないと。
少なくとも私は頭が良くなかったので貧しい暮らしから抜け出す事はまず不可能だ。ギャンブルに依存する母に、家でダラダラと過ごし職を失ってからハローワークにも行かずにいる父。私は来年からアルバイトをして生活費をなんとかしなければならない。まだ中学生であるうちは法律か何かで禁止されているようでダメだと。高校は地域が行っている無料の学習会に参加してなんとかする予定だ。
「アヤ!」
今日は卒業式。
中学の卒業式は小学の頃のように困らないから良い。制服を着ておけば良いのだから。卒業証書を受け取り、皆親に写真を撮ってもらっている中、私は一人グラウンドに佇んでいた。
「あ」
私に声を掛けてきたのは県で一番偏差値が高い高校に受かった、お金持ちのクラスメイト。よく隣の席になった男子である。
「どうしたの?」
きっと、学校という場所に来ることはもうないのだろう。そう思って学校を心のフィルムにおさめていた。それに、カメラを買うお金もない。みんなの中にいても疎外感を感じるだけ。
「何でここに?アヤと撮りたいってやつたくさんいるよ?」
「いや、これで義務教育は終わりかと思うと感慨深くて」
彼は笑って頷いた。
「じゃあ、学園祭に呼ぶよ」
「ん、嫌味かな」
「何でそう取るかなあ?」
そんな軽口の応酬をして、クラスの子達と写真を撮って。
学校に一礼して私は家路を急いだ。早く帰らないと両親が怒るから。
彼は送ると言ってくれたがボロい家を見られたくなくて断った。
そして、それが人と話した最後の会話となる。
急いで歩いていた為前から歩いてきた人の肩に肩がぶつかってしまった。
咄嗟に謝ろうとしてその人の顔を見た。そして、絶句。
その人は焦点の合わない目を宙に彷徨わせ、手に血濡れた包丁を持っていた。恐怖で足がすくむ。
喉から掠れた声が漏れる。
「ころしてしまえばこっちのもん、しゃっきんなんて……」
うわごとのように呟き続けていた人が私を視界に捉え、ついで自身の持つ包丁に目を向けた。
「みられた、けすしかない……」
そして、何の躊躇いもなく包丁を向けられ、気づけば体に包丁が刺さっていた。しかし、その人は一回では飽き足らず何度も何度も私を刺す。気づけば地面に転がっていた。
前から会社員っぽい格好をした男性が歩いてきた。
「おい!何やっているんだ!?」
男性が怒鳴るとその人ははっと目を大きく開けて包丁を持って走り去ろうとした。しかし、その方向からきた恰幅の良い男性が咄嗟に組み伏せ、逃亡はならなかった。
私は男性に肩を叩かれ、ホッとして目を閉じた。
それが、私、アヤの最後の記憶である。
何もない空間を一人歩く。
私は自分が死んだことを理解していた。耳鳴りがするほどの静寂さ、怖いほど揺れない空気。声をあげようと思えば上げられるが自分しかいない場所で声を出すほど愚かではなかった。
立ち止まる事もできたが何故か恐ろしかったのでその場に留まることはしなかった。
ふと、綺麗な真っ白い少女がいる空間に出る。真っ白いシーツに真っ白い服。肌も、まつ毛も、何もかもが白い。私ははじめて止まった。
私は理科の時間に先生が言っていた「アルビノ」というものを思い出した。突然変異か何かで色素が働かなかったのだったか。馬鹿な私はアルビノの仕組みを理解していなかったがただ綺麗だと感じた。不謹慎かもしれないが、美しいと、作り物めいた少女を見て思う。
ほんの出来心だった。真っ直ぐ伸びる白い髪を触りたいと思い、手を伸ばす。
瞬間、私は手首を優しく掴まれ体を震わせた。
「貴女は……?」
同時翻訳を聞いているかのように、声が二重に聞こえた。英語ではない、日本語でもない言語を日本語で塗り替えるかのように。
「私はアヤ。死んだはずなんだけどここは何処?」
少女は首を傾げて言う。
「ここは私の夢の中。もう幾ばくしか残されていない命から逃げる為の楽園」
夢の中。
「貴女の体は輝きを失うも、魂は美しく光り輝く。どう、私の体を引き取って長生きしてくれないかしら」
「え、もう一度私に死ねと?いやですよ、そんな怒涛の最期ラッシュ。もう暫くは死ぬ体験をしたくない」
「私の魂でなければまだまだ生きることができる。貴女なら、満足のいく一生を送ることができる」
だから、貴女の傷ついた体を頂戴。
私は何故か頷いていた。恐らく夢だから、とそのお願いを軽く見ていたのだろう。
私が頷くのを見て少女はふっと笑った。
「ありがとう」
そう言って手を伸ばし、私の首に巻きつけた。意識が一瞬フワフワして気付けば私は誰かの首に手を回していた。
「フェリーナ……?」
ぼんやりとした視界にうつるのは、金の髪が綺麗な美青年だった。先程の子に似た顔立ちをしているところから言って親族であるようだ。
はっとして手を退けようとすればその青年が腕を掴んで引き留めた。見知らぬ人に腕を回されたままで良いのだろうか。変な人だ。
「貴方は誰ですか」
その瞬間、目の前の青年は凍りついた。
「僕が分からないの?」
分からないも何も、初対面である。
「はい、だってはじめてお会いしますよね?」
その日、私が周囲をろくに確認せずに発したこの言葉によってアルビノの美少女改めフェリーナの運命は定められた道から外れることになる。
序章終了です。
お疲れ様でした。ここまで読んで下さり、ありがとうございます。