第四章 部長不在で活動する同人部
第四章 部長不在で活動する同人部
「とりあえず皆水着に着替えたよ。」
「なんで男の小林が知ってるんだ!」
「みんなカーテンから出て水着でセッティングの前で待機してるんだよ!」
「あぁ、悪かった。気づかなくて。」
二階堂さんは、僕たちの様子にも気づかないほど何かに夢中のようだった。
「何してるの?」
「いや、二人とも一向に泳げる兆しが見えなくてな。さらに滑りに磨きをかけてるんだ」
まるで水がはってあるかのようにキラキラしている。
これならビニールプールのセッティングをセットしたほうが早そうだ。
ビニールプールにした方がいいんじゃないと提案しようと思ったけど、
この部にはなんでもありそうだったし
この二人なら今からでもビニールプールに切り替えそうなのでやめておく。
時計を見ると、下校時刻30分前だった。
◇
「このセットで本当に泳げるの?」
「ある小説では、布団の上で泳ぐ練習をしているシーンがあったぞ。」
「それ小説でしょ。嘘かまことかわからないよ。」
フィクションはどこまでいってもフィクションだ。
「いや、ちゃんと練習してその時は泳ぎの真似事ができたぞ。」
「じゃぁ、布団で練習すればいいじゃない。」
「いや、初戦真似事に過ぎないからな布団だと。やはり水中で泳ぐようにすいすいと泳げないんだ。
泳ぐからにはやはり迫真の演技を追求する必要がある。」
「迫真の演技を追求したいんだったら、やっぱり水の中の方がいいんじゃない?泳げない設定で。」
「いや、私は音響担当だから録音したテープに音楽をのせることしかしない。
実質、音楽提供をしているだけで演技には一切かかわっていない。」
「綾瀬さんは?」
「綾瀬は、演者だけど水の中ならだれにも敵わない背泳ぎを披露することができる。」
「じゃぁ、それで十分じゃない?僕は、何するの?雑用担当?」
「小林も演者だよ。」
「僕が演者!僕、演劇に出たことなんてないんだけど。」
「小林君は演技力ではなく、素の自分らしくいられるところに定評があるんです。
小林君そのままの良さは、私が保証しますから信じてついてきてください。」
急に綾瀬さんが会話に加わってくる。綾瀬さんがありのままの僕をなぜだか高評価してくれてる。
演劇で演技ではなく自分らしさが必要なんてドラマの世界だけだと思ってたけど。
「つべこべ言わず、私たちの方針に従ってればいいんだよ。小林は。」
「じゃぁ、僕泳げないから相当訓練が必要だね。」
「その必要はないです。小林君は泳ぎが下手な役ですから。あまり練習されると逆に困ります。
脱ぐ前から思ってましたが、こんな貧弱そうな身体付きですし泳げない役がお似合いですよ。」
知り合ってそこそこの綾瀬さんにそこまでいわれると情けなくなってしまう。
自分の体格の悪さはよく自覚していたつもりだったけど。
「じゃぁ、あとの二人は?」
「そこの二人は仮入部ということで一応泳げるようにはしておきたい。」
「僕は仮入部じゃないの?」
「小林は、推薦入部だ。小林に、拒否権はない。
ちなみに、等身大の役がほしいために綾瀬から推薦されている。
だから、小林は特訓しなくていいんだよ。」
「なるほどね。」
いろいろ合点がいかないこともあったが一応納得しておく。
それで、そこの二人は泳げるのかと二階堂さんは目で問いかけた。
「この環境で泳げる自信はないが、一応平泳ぎならできる。」
「私も同じく水の中ではバタフライできる。」
あまりダイナミックな動きが想像できない上原さんからバタフライというかけ離れた言葉が出る。
バタフライができるというのが一抹の不安だが、
どうやら泳ぎに関係する人たちは泳ぐことはできるらしい。
「泳いでいる様子を少し撮りたいだけなので、泳げる種目は何でも構いませんよ。
どうやら、練習用に手の込んだセッティングをしすぎたようですね。」
「というか、この二人そもそも入部する予定じゃなかったんだよね?
何で、このセッティングを用意してたの?」
「それは、新入部員生用のセッティングを作った方が様になると思ってな。」
様になるどころか今さっきまで逃げだされそうになっていたんだけど。
◇
「それならこれからどうしましょうか。みんなの泳ぎの練習でも見ますか?」
「そうだな。」
「いや、やめておいた方がいいと思うよ。もう下校時間だし、
今からそんな滑りけのあるところに触れたら身体中べとべとになるの間違いなしだし。
そんな時間どこにもないよ。」
「そうだな。とりあえず、私と綾瀬の時間がないことは分かった。」
今まで忘れていたけど、二階堂さんと綾瀬さんはセッティングを用意したせいで
滑りの犠牲になっていた。
「ふつうはこんなとき新入部員が残って練習とかするんだろうが、
ひとまず下校時間に間に合うように帰ってくれ。
間に合わなければ、部活動の停止を命じられる可能性もある。」
どんなぎりぎりの契約を交わしているんだろう…。
この人たちは過去に何かやらかしてきているのではと少し怖くなってくる。
「わかりました。ではここで失礼します。」
柊木さんがさっそうと扉から出ていこうとする。
「警備員さんの足止めしようか?」
上原さんは、わくわくした子供のように目を輝かせながら無邪気に効いてくる。
「心咲、そんなことしたら私たちまで目を付けられるだろう。
目立たず騒がず行動するのが一番だよ。」
「そうだ。いざとなったら僕が犠牲になるから。君たちは早く逃げて。」
僕は上原さんに便乗して少し調子に乗っていた。
「私は何も波風をたてることなど望んでいない。今日は、普通に下校してくれ。
下校せず、解散となった場合私が呼び出して部を復活させるまで一生ついてきてもらうからな。」
一生従わせるという暴君のような言葉にたじろいでしまう。
調子に乗るなんてご法度ということだろう。
「まだ、借りたいことを学校側につたえてないから
我々が使用できるようになるまでには時間がかかりそうだな。
各自、家で自主練でもしておいてくれ。プールの使用許可が下り次第追って連絡する。」
「そのことなら、藤花さんが手配済みです。
明日からでも、校内のプールを借りることができます。」
「また藤花か。前と変わらず手際がいいのに、藤花はどうして部活を無断欠勤するんだ。
いや、そもそも一応は活動しているのか。」
「ですので、皆さん明日学校が終わり次第ここの部室まで来てください。
利用できる時間が決まっているとのことで、
皆さんが集合してからプールまで向かいたいと思います。」
「それでは解散。各自目を付けられぬよう行動せよ。」
その一言で、みな帰路に就くため別々の行動をとり始めた。
部長不在の件を聞き忘れたが、また明日にでも聞こうと思いながら
僕は先ほどから始まっていた未知なる青春に浸っていた。