第三章 新たな訪問者
第三章 新たな訪問者
「私の手はずでは高校デビューすることになっているんだ。」
部室の前についた途端こんな内容が耳に飛び込んだ。
同人部は何やらまた騒動を起こしているらしい。
「訳あって会話するのにブランクがあるから、初めはてこずると思う。
難癖があって手が焼けるけどよろしくしてやって。」
扉を開けると見知らぬ人が扉の近くに立っていた。
「あぁ、はじめまして。この子は、上原心咲。で、私が保護者の柊木海涼。」
唐突に自己紹介が始まった。この人は、柊木さんで隣で静かにたたずんでいるのが上原さんらしい。
「話せば長くなるんだけど、この子私がいないと何もできなくて。
小学生のころからずっと手取り足取り介抱してたんだよね。
この先ずっと一緒って保証はないし、二人だけの世界に閉じこもるのはがたが来てたし。」
柊木さんが上原さんとの関係性も交えながら今までの経緯をざっと説明する。
「青春を楽しむはずだったのに、心咲のせいで台無しだよ。」
説明が終わったと途端、ひょうひょうとした物言いで嘲笑し捨て台詞のように言い放つ柊木さん。
「何も言わないで上原さんのためにもずっとそばにいたんだよね。
なのに突然、裏切るようなその言葉ちょっとひどすぎないかな?」
豹変した柊木さんにひるみながらも、一番傷ついたであろう上原さんのことを擁護する。
「部外者には何を言ってもわからないと思うけど。でもさすがに今のはすこし言い過ぎた。」
素直に反省している柊木さんの悪意のなさと瞬間のどこか寂しげな顔を見て、
傷つける言葉を言いながらも、本当は自分が一番傷ついているように僕には思えた。
◇
澱んでしまった空気をとりなすように綾瀬さんが、上原さんに話しかける。
「上原さんってしゃべらないからぬいぐるみみたいでかわいいですね。」
そういわれて、柊木さんは中学時代の上原さんとの思い出を思い返していた。
「上原さんがつけてるこれ、かわいいね。」
「心咲、呼ばれてるよ。」
「柊木さん、上原さんをいつも助けてナイト見たい。」
「上原さんも寡黙な姫って感じだよね。」
(そんな誰もがうらやむ関係じゃない。)
「でも上原さん、結局柊木さんがいないと会話すらできないよね。」
「上原さん、少し変わってるからね。」
(誤解だ。)
「助けられてばかりだと、上原さん成長できなさそう。」
「上原さん、柊木さん頼りすぎて何もできなくなっちゃうんじゃない。」
(みんなうわべだけしか見ていない。)
◇
「私と心咲はそんなおとぎ話のような素敵な関係じゃない。それに助けられてるのは私の方だ。
これ以上詮索しないでほしい。頼むから。」
苦し気に脈絡のない言葉を発してしばらく虚空を見つめる柊さんを心配して
「柊木さん、大丈夫ですか。」
と綾瀬さんが柊木さんの顔色を窺っていた。
「出会ってすぐ散り乱して悪かった。ちょっと心配だけど、もうそろそろ親離れしてもらわないと。
私は残酷だから、心咲から離れるためならなんだってするよ。」
柊木さんのその目はどこまでも悲しそうだった。
「ひどいことしてるって、自分がいなくなると上原さんが心配だって見越して自覚してるんだね。」
隠れていた柊木さんのやさしさを救い上げる。
「そこまでは言ってないよ。」
僕のその一言は見せかけの柊木さんを紛らわすことができず、またクールな柊木さんに戻る。
「本当は優しい人なのに、なんでそんな演技をするのか僕には理解できないけど。」
僕は、柊さんの寂しさを際立たせるために控えめにひねくれて返す。
「ここにも、私の演技を見抜く人がいたなんて。」
柊木さんの本音がポロリと出てしまう。ふいに出た言葉にしまったと後悔するような
僕の発言内容にはっとして驚いたような顔をして僕を見ている。
「やたら絡むな。」
「初対面だとは思えませんね。小林君、私たちには太刀打ちできないですもんね。
柊木さんを、言い負かす自信でもあるんですかね。」
二階堂さんと綾瀬さんは自分たちでは成立しない会話を成し遂げているのに不服そうだ。
「まぁ、そういうことにしておいてあげるよ。」
柊木さんはこのまま話を続けると化けの皮がはがれると踏んだのか自ら会話に終止符を打った。
「じゃぁ、二人見学ということでいいか。一応、新入生のための体験も用意してあるぞ。」
二階堂さんは、二人も新入生を獲得できたと少しうれしげだ。
すると、柊木さんが少し物悲しそうに
「この子は多分確定だけど、私は入らないよ。この子をどこかの部に入部させようとしてるだけ。
じゃぁ、あとはよろしく。」
そう言って、柊木さんが立ち去ろうとすると、上原さんが柊さんの制服の袖を握る。
「もしかして帰ってほしくないんじゃない。」
そう僕が言うと、
「もう少しいてあげればいいんじゃないですか。」
と綾瀬さんが提案する。
「仕方ないな。あの一言で突き放したつもりだったけど私も甘いね。
私がいてもちゃんと自立してほしいんだけど。」
どこかうれし気な柊木さんは上原さんの手を振り払うことなく
制服をつかんでいる手を取りさらにぎゅっと握っていた。
やはり、本当に親離れしてほしいわけじゃさそうだった。すると、二階堂さんが
「じゃぁ、体験の一環として水着に着替えてもらおうか」
と突拍子もないことを言い出す。そして、綾瀬さんが以前と同じく
レジャーシートをセッティングしヌメラセていく。その光景に、新入生三人はドン引きだ。
「これって僕を入部させるためのふざけたセットじゃなかったの?」
「どこがふざけたセットだ!」
「どこからどう見てもふざけてるよね。」
僕と二階堂さんの口論が始まった。
「どうやら勝手に幻想を抱いていたみたいだ。思い違いをしていたよ。
部に入れるかどうかは少し検討させてもらうよ。今日のところは失礼しようかな。」
柊木さんは不穏な空気を察知したのか、上原さんを連れて
この部室から一刻も早く逃げ出そうとしている。
「セッティングと今の指示だけだとあらぬ誤解を生みそうですので、
今から何をするか説明させてください。
とりあえず話だけでも聞いてからこの場から退出するかどうか判断してください。」
混沌とした空気を綾瀬さんのへりくだった一言がとりなす。
「まず結論から言うと、これは泳ぎの練習をするためのセッティングだ。実は、私は金づちでな。
言うまでもないが、水の中ではおぼれてしまうことが目に見えているので
陸上でも泳ぐ練習ができないかと試行錯誤していた。
その結果、このセッティングを思いついたんだ。
地上だからおぼれる心配もなく練習に没頭できるぞ。」
「このいかがわしさはどうにかならないの?」
「このセッティングにいかがわしさなどは微塵もない。」
二階堂さんの前では僕からのどんな正論も論破されてしまうようだった。
かくして同人部は、部長不在のまま始動することになった。