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交通最適化法

作者: N(えぬ)
掲載日:2020/07/29

 朝、職場へ向けて駅のホームに立つ。電車が到着してドアの左右に分かれて降りてくる人を待って、降りる人が途切れたら入れ代わりに自分が電車に乗る。この毎朝の行動に疑問を感じたことがある人も多いはずだ。

「ああ。この駅に出勤して来る人が居る中で、自分はここから1時間かけて違う場所へ出勤するのだ。なんて無駄なことだろう」そういうことである。つまり、

「ここに来る人と、ここから行く人が交代できれば、互いにあまり移動しないで済むはずだ」と言うことになる。

 そんな素朴な疑問と「健康保持のため都市間の人の接触、移動、交流を最小限にすることが人類にとって重要になった」のが元になって、「交通最適化法」が成立した。

 この法律では、就業する人間は居住地から就業地までの距離が制限されて、できる限り徒歩で通勤できることが優先された。また、会社の近くへの社員の引っ越しを奨励する補助金や住居確保の補助も行われた。建設会社は会社機能を中央に置いて、その周りに住居機能を備えたインテリジェントビルを設計し売り出した。


 更に、就業地までの距離、互いの職場での待遇を比較して妥当と判断されればそれぞれの居住地に近い方の職場への優遇転籍も行われた。つまり、通勤時間が長い人のコンバートである。

 会社はすべての社員の居住地から職場までの距離に税金が掛かり、適切な通勤距離を守らなければ対象の社員一人に付きいくらという重い税金が課せられるのだった。

 そのためこの法律が施行されたあとは多くの会社で社員の大移動が行われ、社員が会社の周りに皆住むようになったので「社員全員ご近所さん」に成って行った。

 そうなると、住む街でどこへ行っても知り合いに出会うことが増え自分の振る舞いに気をつけたりせねばならないという不満も生まれたり、「チョット具合が悪い」という程度では上司が直々に家まで様子を見に来て、仕事を簡単に休めなくなったという面も生まれた。まあ、これは会社にとっては出勤率の大幅上昇ということでデメリットばかりでは無い。 個人の最大のメリットはもちろん「通勤時間の短縮」による時間余りである。

「一日が25時間あればいいのに」なんて思っていた人もいるのでは無いか。

「もうチョットだけ眠りたい」というのだって、

「どうぞあと1時間眠れます」となる。

 余裕の出来た時間を趣味や実益に当てる人は多かった。もちろん、ただただ遊ぶと言う人も居たが。



 会社員のアリタ氏は30歳の後半。仕事も出来て収入もそれなりにあった。この「交通最適化法」の補助を受けて会社の近くに手頃ないいマンションを見つけて入居した。そして、通勤時間が車で往復2時間だったのが車が必要ない、小走りなら45秒なんて言うことになった。そんなわけで、彼の「遊びの虫」に火が付いた。彼は女性に目が無くて、女性についてはよからぬ噂もよくあった。


 ある日彼が仕事を終わって会社のビルを出た。自分の住むマンションはすぐその先に見える建物だ。

「まあ、たまにはおとなしく家に帰って、酒でも飲みながら録り溜めたドラマを……」

 そんな風に思いながらマンションのエレベーターに乗り自分の部屋の前まで来た時だった。彼の部屋の両側の部屋のドアがほぼ同時に開いた。「そういえば両側の部屋は空き部屋だったな……この間まで内装工事していた。誰か引っ越してきたんだな」

 彼は、ちょうどいいから挨拶でもしておくか、とドアを開けて出て来た人を見た。まずは右側、

「あれ?リョウコ……」それは彼のつき合っている女性であった。リョウコは彼に微笑んだ。すると彼の後ろの方。つまり左側の部屋の方から、

「お帰りなさい」と聞き覚えのある女性の声がした。彼が慌てて振り向くと、

「ミズエ……」

 ミズエも彼がつき合っている女性だった。

 彼は二股を掛けていた。

「この間、役所へ行って『交通最適化法』の補助の申請をして来たの。それで今日引っ越してきたのよ」リョウコが胸を張って言った。今度はミズエが

「アタシも、補助の申請をしたの。役所の人が「アリタさんが女性の部屋を2カ所、交互に訪ねるのは最適化の必要がありますね」って、すぐ引っ越しの許可を出してくれたワ」彼女はチョットはにかんだようなうつむき加減に話した。

「そう……この場合……法に照らすと今日はどちらへ行くのが適正なのかな」

 アリタ氏は複雑な顔で自分の部屋のドアを見つめた。





タイトル「交通最適化法」

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