激情
一朗の背後で身を震わせる彩花。
「い、一朗さん……助けてください……」
「いいとも。困っているのかい?」
「一朗さん! これは藤崎家の問題です! 口出しは無用に願いますよ!」
藤崎家の問題ならば一朗に口を出す権利などありはしない。藤崎家だけの問題であれば、の話だが。
「ところで健二君。何年か前に君のところで働いていた庭師のことを覚えていないかい?」
「は? 庭師……ですか? すいませんね。さすがに覚えてませんよ」
「おやおや、覚えてないのかい? 君ら二人で寄ってたかって追い出した男のことをさ?」
その発言に顔色を変えたのは彩花だった。もし次郎が本当に瀧川家の者だったら……自分たちのしたことは……許されることではない。もっとも、それは相手が瀧川家でなくとも同じはずだが。
「何が言いたいんですか? 一朗さんともあろう方が!」
健二はイラついたように語尾を荒げた。
「まだ分からないのかい? その庭師『滝川 次郎』は僕の弟だよ」
腰が抜けたように、力なく地べたへ座り込んだのは彩花だった。
「そ、そんな馬鹿な……あなたは一人っ子のはず……そんなデタラメを……」
「君が知らないのも無理はないさ。『二朗』の存在はうちの父がきっちりと消してしまったからね。賢一君でさえ知らないだろうさ」
藤崎家の跡取りである賢一ですら知らないことを健二が知っているはずもない。
「僕が瀧川家を掌握するのに手間取ったせいで……二朗には苦労をかけてしまった。だが、そんな日々もこれまでだ。二朗は僕が引き取る! そして、当然君らには報いを受けてもらう! よくも……よくも二朗を弄んでくれたな!」
君ら。一朗がそう言ったことを彩花は確かに聞いた。当たり前だ。自分が、自分の快楽のために次郎を弄んだのだから。今だって、行き場がないために、次郎のお人好しさにつけ込んで転がりこんでいる。自分のしたことも忘れて……反省したふりをして……