瀧川家の長男
「はぁ……やれやれ……」
彩花からの電話を切った後、美砂は改めてダイヤルを回した。ゆっくりと、一つ一つ確認するかのように。
黒く光る電話機はがらがらと無機質な音を立てている。
『もしもし……』
「白浜組の白浜美砂と申します。瀧川一朗様をお願いできますでしょうか?」
『……お待ちください……』
たったこれだけのやりとりで、美砂の額には汗が滲んでいた。
美砂の体感で、ゆうに10分は過ぎただろうか。身じろぎもせず受話器を耳に当てたまま待ち続ける美砂。受話器の向こうから流れてくる曲が『グリーンスリーブス』であることなど知らないままにメロディが耳に焼きつく頃、不意に音が止んだ。
『瀧川です』
受話器越しだというのに、たった一言しか喋ってないというのに……
それだけで美砂の心拍数は上昇した。それほどまでに男の色気と、そして格を兼ね備えた声だったからだ。
もちろん瀧川一朗に美砂を威圧、もしくは魅了せんとする意思などない。ただ普段通りに発声しているだけなのだ。
「しっ、白浜、組の! 白浜、美砂で、ございます! れ、例の件でご報告がありまして! おお、お電話しました!」
『ああ美砂さん。よくお電話くださいました。ありがとうございます。藤崎の二男坊が顔を見せましたか?』
「そ、その通りです! お言いつけ通り彩花には次郎の身元を匂わせることしかしておりません!」
『ええ、それで充分ですよ。では彩花ちゃんを明後日の昼13時に一人でルーベンス周辺を歩かせてください』
「は、はい! かしこまりました! 必ず! そういたします!」
『ありがとうございます。ご迷惑かとは思いますが、どうか次郎をよろしくお願いします』
「は、はい! 失礼いたし、ますで、す!」
そっと受話器を置く美砂。その顔は汗にまみれていた。
「ん……はぁ……今夜はしっかりと……気張ってもらおうかねぇ……」
美砂の身体を濡らすのは、どうやら汗だけではないらしい。