歩き疲れて
座ったまま妙な姿勢で寝ていた次郎を揺り起こしたのは、髭面の偉丈夫だった。
「おめぇ何やってんだ?」
寝ぼけて頭の働かない次郎。
「こんなとこで寝てるってこたぁ行く当てがねぇんだろ? うちで働けや! のお?」
こくこくと頭を縦に振る次郎。
「ついて来いや!」
近くに止まっているワゴン車まで歩く二人。
「とりあえずこいつに着替えれや!」
男が用意したのは作業服と地下足袋だった。次郎にとって作業服は見慣れないものだったが、地下足袋は履き慣れたものだった。
「おめぇ高けぇとこは平気かぁ?」
頷く次郎。
「よっしゃ。こいつを腰に巻け。それからそこのロープを担いでこいや!」
言われるがままに装備を整えた次郎。そして幾束にも巻かれたロープを肩から担ぎ、男の後を歩く。
すると、男は線路内に立ち入ったではないか。とうとう昨夜は見ているだけで立ち入れなかった聖域に、堂々と。それだけで男は次郎にとっての憧れとも言っていい存在となった。もはや頭の中のどこにも兄と慕った健二のことは存在していなかった。
線路内を歩くこと半里。存外歩きにくい場所だったが、どこか誇らしい気持ちは止められなかった。
ついに到着。そこで見たものは線路脇に聳え立った崖だった。正確には崖ではなく法面なのだが、次郎にとっては崖にしか見えていない。
「ちぃと説明するで。おめぇがやるこたぁあの上からロープでぶら下がって金網の上にアンカを撃つことじゃあ。あーの赤い印のとこにの。」
らす? あんか? もちろん次郎に理解できるはずがない。
「まあええ、隣の奴を見ながらやれや。ロープにぁこの『引っ掛け』を使えや。落ちんなよ?」
ひっかけ? 分からない言葉だらけで混乱している次郎。そこに追い討ちをかけるかのように……腰が重くなった。立っているだけでも精一杯なほどに。
腰に巻いた道具袋に金属製の杭のようなものを大量に入れられたのだ。さらには重そうなハンマーまで。男も同じような物を持っている。
「こっちから回るで。」
崖の横から上に登るらしい。平らな地面を歩くだけで精一杯の次郎だが、必死になって付いて行く。
たかだか二十メートル程度の斜面を登るだけで次郎は汗にまみれ動けなくなってしまった。しかし今腰を下ろしてしまうと二度と立てなくなる気がする。気力を振り絞り立ち続けていた。
しかし、次郎の試練はこれからだった。