次郎のポジション
「おぉ次郎、ビビったって? しゃあねぇ奴やのぉ。せっかくやけぇ網ぃ上げるのも覚えとけのぉ。」
クレーンからは特殊なフックが吊り下げられている。横幅は4m。鉤爪の数は5本。
その5本の鉤爪に金網をひっかけて宙に吊り上げる。これは誰にでもできる簡単な作業だ。玉掛けの資格など必要もない。
難しいのは……金網と金網を繋ぐこと……でもなく、全ての金網を繋ぎ終えて、最下部の金網にロープを結んだ後の仕上げなのだ。
「ブーム倒せぇ! もうちょいじゃあ!」
『右あげぇ! おっしゃそのまま待っとけぇ!』
「次郎ぉ引っ張れ! そこじゃあ! 動くなよ!」
頭の指示は多岐に渡る。肉声でクレーン車のオペレーターに。無線でリンゾーに。そしてまた肉声で次郎に。ミリ単位、とはいかないまでもセンチ単位で崖に網を張っている。崖の上で作業をしているリンゾー達に全景は見えない。よって下から見ている頭の指示が全てなのだ。
数センチずれたところで安全性にさしたる影響はない。だが、公共事業である以上、一定の見栄えが求められるのは必然だった。
そしてこのロックネットというものは遠くから見た場合、想像以上に垂直水平のズレが目につくものでもある。もちろん次郎にそんなことが分かるはずもないが、頭の言う通りにロープを手繰ったり緩めたりと必死に作業をしていた。
なお午前中、次郎のポジションを担っていたのは頭自身であった。