命の綱
そして仕事が始まった。次郎がやることはいつもと同じ、断崖絶壁の上までロープを運ぶことだ。そして頂上の木に結び付け、ロープを下ろすことだ。つまり、そこまで登るには自力で行くしかないのだ。幸い今回は途中までは道らしきものがある。後は上を目指して歩くだけでいい。こんな時、白浜組には誰一人として急かす者はいない。皆、ゆっくり安全第一で登れと言うばかりだ。
高さ四十メートルはあろうかという断崖絶壁である。横から回り込んでもかなりの距離を登ることになる。
そして次郎を含む五人が上まで到着した。
「ちっと休憩するでぇ」
「クレーンで運べぇやのお?」
「レッカーは明日じゃあ。今日はそこまでの作業やっとかんといけんけぇ」
「あと何往復かいやのぉ。やれやれでえ」
次郎以外の四人はロープだけでなく様々な器具まで運んでいる。そんな四人は煙草を吸いながら休憩している。次郎は今のところ煙草に興味はない。おそらく吸えと言われれば吸うのだろうが、そのような人間は白浜組にはいない。みんな口々に「煙草なんか吸わん方がええ。金がなんぼあっても足らんで」と言うのが定番だった。そして次郎はそれを素直に受け止めていた。
「おーし、やるかぁ。そんじゃあ次郎。ロープぅ取っとけや。いつものようにあの木からあっちの木までじゃあ。今回は後ろにも取っとけのお。」
ロープを取る。つまり、木にロープを結び付けることだ。今回はかなりの難所であるため、普段より用心をして一本の木に括り付けるだけでなく、その後にまでロープを延ばしてさらに結び付けておけと、先輩従業員は言ったのだ。人間一人がどれだけ体重をかけようが一本ですら木が折れることなどまずあり得ない。しかし、世の中に絶対はないため念を入れて二本の木でロープを支えようと言うわけだ。
次郎は普段と違う道具が入ったため重い腰袋を下ろし、ロープだけを背負いさらに上へと登っていく。
他の四人も同様に腰袋を外して手ぶらで下へと降りていった。
文字通り命綱であるロープ。自分の結ぶロープには同僚の命が乗る。次郎はそのことを理解しているのだろうか。




