羽美の嗅覚
朝、先に目を覚ましたのは次郎だった。目覚ましがなくてもだいたいの時間に起きることができるのは、次郎の数少ない特技だろう。起きて最初に目にしたのは彩花の顔だった。そして昨夜のことを思い出し、またどうしていいか分からなくなった。
だからいつも通り炊飯器から米を掬い、おにぎりにして食べる。塩の加減を間違えたのだろうか、いつもより味がしない気がした。
そして彩花を起こさないようゆっくり着替えて部屋を出た。
書き置きをするとか、鍵を置いておくとか、考えもしない次郎だった。そもそも普段から鍵などかけてはいない。
自分が帰ってきた時、彩花がいた方がいいのか、それとも居ない方がいいのか。次郎はそれも分からなかった。
事務所にて、現場に行く前の積み込みをしていると羽美が出てきた。ランドセルを背負って今から学校なのだろう。
「じろーおはよー!」
毎日ではないが、朝は時々こうやって顔を見せることが多い。
「あれ? 今日のじろー何か匂いが違う?」
もちろん自分の匂いなど知りもしない次郎である。よく分からないと返事をするが、羽美は次郎に近寄り匂いを嗅ごうとする。
「あー分かった! 香水だー! しのぶちゃんのお姉ちゃんがこんな匂いしてたもん!」
なるほど、と納得した次郎。それなら心当たりがある。昨日こんなことがあったと話して聞かせる。
「ふ、ふーん……じゃあ学校行くから……」
一気に機嫌が悪くなった羽美を気遣うことも、原因を考えることもできない次郎。同僚たちに冷やかされる意味も、もちろん分からなかった。