次郎のステーキ
自転車に二人乗り。次郎のアパートに到着した。
「えっ……」
部屋に立ち入った瞬間、彩花の表情が一変した。いわゆるワンルーム、庭師時代に暮らしていた離れと比べてもかなりの狭さだからだろう。
それっきり座り込み、口を閉ざしてしまった彩花。ステーキを焼くのではなかったのだろうか。
時刻は三時過ぎ。まだ腹が減ってない次郎は特にすることもなかったので計算ドリルを始めた。三桁×二桁のかけ算は難しいがどうにか解けるようになっている。
「ねぇ……もっといい部屋に引っ越しなさいよ……」
そう言われても引っ越しや手続き、アパートの見つけ方など次郎に分かるはずがない。このアパートだって頭が用意してくれたのだから。ちなみに家賃は毎月給料日に現金を大家の所に届けている。
分からないことには返事ができない次郎。沈黙の時間が続く。
「ステーキ焼いてよ……」
彩花が料理をするのでなかったのか。次郎はそう考えることもなく焼き始めた。
普段から使っているフライパンで焼きそばを作る感覚でステーキを焼く次郎。ステーキの焼き方など知っているはずがないのだから。
そして五分後。汚れの染み付いた皿に乗せ、彩花の前に置く。
「フォークは? ナイフは?」
そんな物があるはずがない。ここにあるのは箸とスプーンだけだ。
「こんなの食べられないわよ。切って。」
ステーキをまな板に乗せ、適度なサイズに切る。次郎が一口だと思うサイズにだ。
「何よこれ! 焼けてないじゃない! ちゃんと焼いてよ!」
断面を見れば分かることだが、肉が厚いため中まで火が通ってないのだ。彩花の知るレアとは全くの別物だったようだ。
火が通ってないと言われたために今度はしっかりと焼いた。小さく切ったこともあり、しっかりと火が通ったことだろう。
「焦げてるじゃない! 焼き過ぎよ! ウェルダンは好きじゃないわ! これは次郎が食べなさいよ! 私にはあっちを焼きなおして!」
言われるがままにもう一枚の方を焼く次郎。今度は先に切っておいた。ステーキの意味がなくなるが、次郎に分かるはずもなかった。




