邂逅
その日は仕事が昼過ぎに終わり、事務所に着いてもまだ二時にもなっていなかった。そんな時同僚達はどうするのか?
特に何もない。ただ帰るだけである。パチンコに行く者もいれば、連れ立って飲みに行く者もいる。
だが次郎には趣味がない。暇ができると一年前、羽美に渡された小四の計算ドリルをひたすら解くぐらいのものだ。
そして今日も。事務所を出て自転車に乗る。スーパーで買い物をして、帰ったらドリルをやろう、なんて考えていた時だった。
「じ、次郎……?」
スーパーまで後五分という辺りで路上に立っていたのは藤崎家の三女、彩花だった。
「本当に次郎なんだね……色も黒くなって、腕も少し太くなってるね……」
声を出せない次郎。挨拶をするべきなのか、何と言うべきなのか、全く判断がつかないのだ。あぁ、うあ……と声にならない声が漏れ聴こえてくる。
「次郎……怒ってる……?」
次郎は怒っていない。彩花のことなど記憶からほとんど消えていたぐらいだ。
「やっぱり怒ってるよね……お願い次郎……聞いて欲しいの……」
次郎には分かるはずもないことだが、年齢から考えると彩花はもう高校を卒業しているはずだ。そして藤崎家の彩花ならばどこぞの名門女子大学に入学しているはずだ。それなのに目の前の彩花はまるで着の身着のまま逃げてきた逃亡者のようだった。