一年
次の日以降、同僚達の間に次郎がわり算をできないことが広まっていた。そして事あるごとに……
「この現場ぁ43スパンあるでぇ。俺らぁ4人でやったら一人何スパン終わらせりゃあええんか?」
「このロックネットは一巻き5メートルなんやがのぉ、ここぁ高さ38メートルあるけぇ何巻き要るんなあ?」
「ここの法ぁ計算じゃとアンカぁ1200本要るんやけどよお、実際は2割増しじゃあ。なんぼありゃあ足りるんか?」
というように次郎に問題を出すようになった。即答できるものもあれば、答えられないものも多々あった。しかし次郎はそんな出題が嫌ではなかった。
それから瞬く間に一年が過ぎた。
「次郎ぉ、あの木とあの木にロープとってこい!」
「ここぁ7センチ吹きやけぇ金網ぅ少し浮かして打てや!」
「パイプのジョイントしごうしとけぇ!」
だいたいの仕事の流れは分かってきたが、まだまだ指示される前に動くことはできない。だが、何々をしろと言われたら過不足なくできるようにはなった。
例えば『ロープをとる』とは木、それもなるべく高い所にロープを結ぶことだが、自分達がぶら下がるロープである。結び方を覚えてない素人に任せられる仕事ではない。
白浜組では『ガメ』、『海軍』と呼ばれる結び方が使用されている。なぜそう呼ぶようになったのかは誰も知らないが『ガメ』は別名『亀結び』、一般的には『巻き結び』と呼ばれている。
『海軍』はここでは『輪っか』とも呼ばれ、一般的には『もやい結び』と呼ばれている。
次郎にしてはよく覚えたものである。
次郎が白浜組で風呂に入らなくなって一年。夕食も自分のアパートでとるようになって一年が過ぎたのだ。