一朗の狼狽
「何? 賢一が死んだだと?」
瀧川一朗のもとに届いた知らせは彼を冷静とは程遠い境地に誘った。
「そんな馬鹿な! 死因は何だというんだ!?」
「なっ? 病死だと? あの賢一がか!? 詳しい病名は……本人の名誉のために公表を避ける、だと!?」
「ふざけるな! 賢一が岡場所で妙な病気をもらったとでも言うのか!」
「こうしてても意味がない! 行くぞ!」
「何だと!? 家族のみの密葬だと!? 知るか! 俺は行く!」
動き出した一朗を止められる者はいない。かくして一朗は自ら愛車を運転し藤崎家の本家を目指した。やむを得ず執事は一本の電話をかけたのだった。
瀧川家を出てから数時間。
国道を飛ばして、いよいよ藤崎家の勢力下へ入ろうかという頃。一朗の駆るアストン・マーティンの前に割り込み、なおかつ急ブレーキを踏む車が現れた。雪のように真っ白な車……マツダ・サバンナRX-7。いわゆる初代であった。
「よう、いっちゃん。まあ落ち着けよ」
白い車から降りてきたのは、西の菊池家の次期当主、一哲だった。
「テツ……」
「執事さんから聞いたぜ。賢一が死んだんだってな」
「ああ……」
瀧川家の一朗、藤崎家の賢一。
そして菊池家の一哲と飯田家の誠一。
奇しくもこの四人は同級生であり『四の一』とも呼ばれ、堅い絆で結ばれていた。
「藤崎の本家に行っても意味ないぜ? 今頃はもう納骨まで済ませてんだろうさ」
「バ、バカな! いくら何でも早すぎる!」
「いっちゃんとこに知らせるのを遅らせただけさ。つまり、よっぽど介入されたくないんだろうぜ? 俺らによ?」
「テツ……」
「というわけだ。帰ろうぜ。帰って賢一のために一献……傾けようぜ……」
「テツ……」
一哲に連絡をした執事の判断は正しかったのだ。もし、一朗が勢いのままに藤崎家に乗り込んだとしたら健二がどのように対処したことか……