惜別
一方の彩花だが、そうは言ったものの不安そうな顔で一朗を見上げる。
「本当にごめんなさい。私、自分のことしか考えてなくて……次郎が言いなりになるのがおもしろくて……どんな罰でも受けます……警察でも……」
「彩花ちゃん。」
一朗は子どもをあやすような表情で彩花の頭にぽんと手をおいた。
「さっきは健二の手前ああ言ったが、君のことは何とも思っていない。もうしっかり反省したように見えるし、美砂さんからも聞いている。これからも二朗、いや次郎と一緒にいてやってくれるかい?」
「え……私……次郎といていいんですか……? 瀧川家に連れて帰るんじゃ……」
彩花の頭からおろした手がトラウザーズのポケットへと移動した。紳士服に詳しくない彩花ですら知っている。ロンドンはサヴィルロウ仕立てのスーツ。隙のない一朗にぴったりの装い。つい見惚れてしまう彩花だったが……
「さっき言ったね。次郎は一人でもまっすぐに生きている。そこに今さら僕の助けなんか必要ないんだよ。次郎には次郎の生き方がある。それを邪魔する気はないよ」
「そうです……よね。じゃ、じゃあ私はこのまま次郎と一緒に……いいんですか?」
「いいとも。と言いたいところだが、それを決めるのは僕じゃない。やっぱり次郎だろうね。あいつのこと、よろしく頼むよ」
すらりとした長身が不意に折れた。一朗が頭を下げたのだ。
「あ、あの、は、はい! が、がんばります!」
彩花だって藤崎家の三女だ。一朗が下げた頭の重みが分からないはずがない。意図せずして狼狽してしまうほどに。
「よし。それじゃあ帰ろうか。女の子がいつまでもこんな所にいるもんじゃないからね」
「え、ええ、そ、そうですね!」
一朗がさっと手を挙げると、見慣れぬ車が近付いてきた。彩花は知らないがアストン・マーティンDB4ザガートだ。お洒落な一朗とはほど遠い……派手な紫色に塗装されていた。