渇き
そして数分後、自分のはるか下を列車が通り過ぎた。昨夜は到底近寄れないと思ったあの線路を、そして列車を見下ろす自分に不思議と高揚感が芽生える次郎。過ぎゆく列車を呆けた顔で見つめていた。
「作業開始! 次の列車まで一時間十八分!」
皆が腰を上げ、作業を始めるのを見て次郎も動き始めた。
それから無心でハンマーを振るうこと一時間。とっくに筋肉は悲鳴をあげているし、手首の痛みは限界を超えた気すらする。
「ほら、飲めぇや。」
ロープすら使わずに次郎の傍に来たのは先ほどの偉丈夫だった。大きな体で身軽に登り下りできるものだ。次郎が受け取ったのは冷たい缶コーヒー。震える手でプルタブをどうにか開けると、そのまま両手で持ち、流し込む。味わう余裕もなく、ほぼ一瞬で喉の奥に消えたコーヒー。口に残る甘さと少しの苦味。もう彩花や健二のことなど完全に消えてしまった。
「缶はそのまま転がしとけぇ。適当に休みながらやれや。」
そう言って偉丈夫は他の皆にも缶コーヒーを渡していた。明らかに皆は次郎より下に下がっていた。それどころか、ロープを振り子のように使い広い範囲の作業を終わらせている。次郎はほぼロープが垂れ下がっている範囲にしか打ち込んでいないのに。
それからも手を止めたり、座り込んだりしながらも次郎は作業を進めた。照りつける太陽が煩わしい。庭師の頃は頭にタオルを巻いていたのだが、今は何もない。言われるがままに来てしまったせいで何の用意もないのだ。ふと周りを見ればヘルメットを着用している者もいれば帽子を被っている者もいる。何も被ってないのは自分と偉丈夫だけだった。
「おーい、昼飯にするでぇ! 降りぃや!」
ほっとした次郎。疲れ切った体で線路脇まで降りて気付いた。弁当もお茶も何も持っていないことを。