庭師、次郎
「出て行け。お前の居場所はもうどこにもない」
兄と慕う男から告げられた非情な一言。次郎は言い返すこともできず、投げ出された荷物を拾い集めた。そして自分を睨みつける目を恐れながら地方の名門、藤崎家の玄関先から消えた。
「そのまま野垂れ死ね」
呟くように吐き出された言葉が背中を刺す。一体自分が何をしたと言うのか。心当たりはない。
その男、滝川 次郎は平凡な男であった。いや、無能とでも言うべきだろうか。学生時代の成績は下から数えた方が早く、学問以外でも突出したものはない。いや、学問以外でも圧倒的下位をキープしていた。
掃除をすればウスノロだと馬鹿にされ、挨拶をすれば声が小さいと馬鹿にされ、あげくに体が小さいことでも馬鹿にされる。
そんな彼の特徴を一つだけ挙げるとするなら、頼まれると断らないということだろうか。
休んだ生徒宅へプリントを持って行く。
掃除当番を交代する。
ゴミ捨て場までゴミを捨てに行く。
パンを買いに行く。
本人に代わって家まで鞄を持って行く。
いくらでもあるだろう。
幸か不幸か、次郎は貧しかったため金銭を伴う頼みをしてくる者はいなかったが、例え頼まれても不可能なものは不可能なはずだ。
そんな次郎でもどうにか高校に入ることができ、卒業することもできた。
就職先は庭師見習い。それも、さる名家に住み込みである。さしたる理由はない。無能がゆえに他になかっただけなのだ。給与もさしてよくはないのだが、住み込みなので金はかからない。難しいことを考える頭などない次郎ではあるが、これで二人暮らしの祖母を安心させてやれる、ぐらいは考えたはずだ。
そうして仕事をすること二年。常人の二割ほどのスピードでどうにか仕事を覚えた次郎。物覚えは悪くとも決して手抜きをしない次郎である。屋敷の二男、健二からもかわいがられ月に数度は居酒屋に連れて行ってもらうこともあった。
そしてさらに一年が過ぎる頃、次郎は健二のことを心の中だけで兄と慕うようになっていた。自分の知らない事をたくさん知っており、多くの友人にも囲まれいつも余裕を忘れない姿は憧れ以外の何物でもなかった。
そんなある日のことだった。次郎が庭仕事を終え本宅の離れにある自室に戻ると来客があった。三女の彩花だった。鍵などかけていない自室に入り込み座っているではないか。
慌てて挨拶をしようとする次郎の口から言葉が発せられることはなかった。
それというのも、彩花の短いスカートから見える脚があまりにも眩しかったからだ。その上、ただでさえ短いスカートをゆっくりとたくし上げる。女性に免疫のない次郎が何も言えなくなるのは当然のことだった。
そこからはお定まり通りの流れだった。
性欲が溜まっていたのか、それとも単に次郎を弄びたかったのかは分からない。彩花に言われるがままに次郎は行動する。頼まれればその通りに行動するのが次郎なのだから。
そのような経験のない次郎だが、彩花に言われる通りに動く。動こうとする。舌、指、腰。
わずか一時間半の時を経て次郎は男になり、彩花は女になった。
あまり干すことのない布団に付着した血の意味も分からず、彩花の体の心配をする次郎。一方、用が済んだのであろう彩花は無言で部屋を出る。
次郎には行為の意味も、彩花の真意も分からない。分かるのは、ただ気持ちよかったことだけ。この行為は彩花と二人でなければ味わえないという思い込みだけであった。