川西美和子、ケイ・ヨ・ルーと会います
ケイくんと会います。
アキラと初めて会った日から、日常は特に変わることなく、殺伐としたまま過ぎていった。
後輩からの連絡はなく、彼女が仕事に現れることもなかった。
今日はケイさんと会うことになっている。
毎日が酷く長く感じる心境で迎える今日は、とてつもない解放感である。
場所や時間は先週と同じだ。
今回は紬さんとは現地集合現地解散である。世界政府の本部に1人で行くのは緊張するが、致し方ない。
ちゃんと話せるだろうか?
内心はそんなことを思いつつも、VIPルーム前でしっかり気持ちを切り替える。
扉を開けると先週と椅子の数が違っているのが見えた。
5脚だった椅子は1つ増えて6脚になっている。
お誕生日席に1脚、左が3脚、右が2脚だ。
お誕生日席には既に渉さんがいて、右側の2脚の内の1脚に紬さんが座っている。
紬さんの隣が私の席だろうと思い、紬さんに声をかける。
「私は紬さんの隣の席でいいですか? ケイさんたちは、まだ来てないんですよね?」
「美和子さんは私の隣ですよ! もうすぐ来られると思います」
「今日は席が1つ多いけど、誰が来られるんですか?」
「あぁ。なんだっけ、確か、ケイさんの付き人? みたいな人が来るらしいですよ! ねぇ! お兄ちゃん!」
「そうです。今日は1人多いですけどお気になさらず、以前のようにリラックスしてくださいね」
「付き人? ケイさんってお坊ちゃんなんですか?」
付き人がいるような金持ちだったなんて、知らなかった。
「いやいや。お坊ちゃんっていうより、ボディーガードみたいな人が付いてると思ってください。ケイさんは、いろんな研究をしていて、しかもかなり優秀なので、少し狙われやすい可能性があるだけですよ」
「そうなんですね。すごい人なんだ……。ちゃんと話せるか、別の意味で心配になってきました」
連絡取っていたのに、知らなかった。
なぜだろう、知らないことが少し寂しい。
「まぁ、肩書きは気にしないでいきましょう。大事なのは他人の評価より、美和子さん自身が、自分の目で見た相手ですよ」
渉さんに言われてハッとした。
私は少なくとも約1ヶ月の間、連絡を取り合ってきたのだ。
私の知る彼は、自分から世界的に有名な研究者だと名乗るタイプではない。
肩書きなんか気にする必要はないのかもしれない。
渡瀬兄弟と他愛ない雑談をして、待つこと数分。
重厚な扉をノックする音が聞こえてきた。
渉さんが入室の許可を出す。
現れたのは、仲人さんだろうスーツ姿の女性だ。
女性の後ろに紫の頭と、紫の頭から頭1個分飛び抜けた黒い頭が見える。
ケイさんの紫の髪は写真で見るより明るく、上品な色だ。
癖毛で猫っ毛なのか、ふわふわの髪。
彼らが入って来るのを見ていたら、ケイさんと目があったと思う。
前髪で目は分からないが、一瞬こちらを見た気配に心臓が高鳴る。
彼は特に反応したようには見えなかった。
私の正面にケイさん、両隣に仲人さんと付き人さんが座ったところで渉さんが声をかけた。
「通訳の準備は宜しいですか? それでは始めさせていただきます。先にランチとドリンクのメニューをお選びください。カウンターのドリンクはお好きに注文してくださいね」
メニュー表を見る。
今回はお肉の気分だ。冷しゃぶ定食が追加されているので、それにする。
注文が出揃ったところで、渉さんが口を開く。
「それでは私たちは退室しますので、ごゆっくりお話ください。2時間後に戻りますね。」
紬さんと向こうの仲人さんが立ち上がったが、付き人さんは座ったままだ。
「えー、セントさんも退室をお願いします」
渉さんが苦笑いしながら、付き人さんに退室を促す。
付き人さんはケイさんをしばらく見ていたが、彼が頷くと、しぶしぶといった顔で退室していった。
あっという間に2人きりになる。
何を話せばいいのかと考えていると、ケイさんが口を開いた。
「会うの初めてだね……ミワコ、会いたかった」
「本当ですね。ケイさんとはいつも連絡取っていたから、初めて会うって感じがしませんけど」
「――敬語やだ……さん付けも……」
はい。アラサー成人男性の「やだ」いただきました。
しかし何故か可愛いぞ!
目元は分からないのに、一瞬、僅かにへの字に曲がった口から、むっとした雰囲気が伝わってくる。
思わず私の口元が緩んだ。
「ミワコ、今笑った」
気を悪くしたかと思い、すかさずフォローのつもりで口を開く。
「ごめんね! 気にさわったかな?」
「……ううん。かわいかった」
そう言って、ケイさんはふんわり笑った。
まるで清んだ池の上で、大きな蓮の花が咲いたみたいに。
「!! うっ……」
きゅゅうぅん。
どこかから音がした。
胸がいたい。
何かに胸を撃ち抜かれた。
顔も熱い。
頬がじんわりする。
私は今、しんだ気がする。
巷で噂のキュン死を体験していた私だったが、なんとか考える機能が復活する。
え、ケイさんヤバいよ!? 何、やだ、天然?
異世界の感覚は知らないが、この世界の感覚では、あなたの方がぜったいかわいい!!
「ミワコ?」
ケイさんが名前を呼んだ。
胸を押さえて動かなくなった私を心配してくれたようだ。
「ごめんね! 何かな、ケイ」
「……ケイって、ミワコに呼ばれるの、うれしい」
ちょっとケイが赤くなって、はにかんだ。
うわー! やめてー!
私のライフはもうゼロよ!? ゼロなのよ!!!
「……ぐっ、ぅんんっ。こ、これからはいくらでもケイって呼ぶからね」
「うん……ありがと」
なんなんだ、この空気!
甘酸っぱい青春のような、初々しさ。
早く空気を変えなければと思ったその時、ノックが聞こえ、頼んだランチが運ばれてきた。
ナイスタイミングでの登場に、ランチに感謝する。
「ケイ、ランチ来たから食べよっか? って、ええっ! ケ、ケイくんそれは何かな?」
「これ? 僕の国の国民食だよ?」
「そうなんだ。気のせいかな。私には栄養補助食品に見えるんだけど」
ケイの前に置かれたプレートには、固形ブロックやゼリー、パウチに入った液体らしきものが数点。
まるで宇宙食や非常食みたいな内容だ。
これが国民食? 賢王が統治してる国で?
「僕の国は食に頓着しないんだ。時間短縮に重きを置いていて、食にかける時間を省きたい人が多い。だから簡単に食べられる物が好まれてる。皆、生きるために必要な栄養が満遍なく取れる完全食品を食べるんだ。ミワコのような食事は、嗜好に拘る上流層が趣味程度に食べるよ。僕は食べたことない」
「……そうなんだ」
これは、さっきまでとは別の意味でショックだ。
私にとって食事は、人生の中で大きなウエイトを占めるものだ。
なぜなら私は……。
「ミワコは栄養士、なんだよね? どんな仕事をするの?」
ケイに話しかけられて、彼に意識を戻す。
そうだ。ケイの言った通り、私の職業は栄養士だ。
三大欲求としての食事だけではなく、健康のことを考えた食事の普及を仕事にしている立場にある。
栄養士になる者は、食べることが好きな人が多い。
むしろ、そうじゃないと仕事に選ばないし、はっきり言って割に合わない仕事だ。
ケイの国の文化と相容れない感じはヒシヒシとする。
「栄養士はね、簡単に言うと栄養のスペシャリストだよ。食事を通して様々な分野で働いてる。食品の開発や衛生検査、病院や施設にいる人の給食を提供したり、医学的根拠に基づいて食事療法をするとか。私の国では小学校っていう初等教育をする場所があってね、そこではお昼に、給食が出るの。育ち盛りの栄養を考えた食事を出していて、小さい頃から健康に良い味に慣れることで、将来の生活習慣病の予防、国民の健康増進を図ってるんだよ。そういう食事に関係する、やりがいのある仕事だよ」
「そうなんだ……」
「はっ、ごめんね。仕事の話になると、つい熱が入っちゃって」
「ううん、ミワコ、仕事の話をしてる時、生き生きしてる。仕事が好きなんだね」
熱く語りすぎた。押しつけがましくないだろうか?
「僕は生まれてからそういう教育は受けてないけど、ミワコの国は食事をとても大切にしてるんだね。教育に食事が出るってことはそういうことだよね。素敵な国だね」
ケイは文化の違いなど、何でもないことのように、綺麗な微笑みを見せて言った。
それは、本当に凄いことだ。
私はケイの世界の食事について、受け入れることが出来ずにいたのに。
ケイは凄いな、懐が深いし尊敬する。
私もケイの住んでいる世界が知りたい。
「ケイ、ありがとう。ねぇ、そっちに行ってもいい? 一緒にご飯、食べよう?」
「……うん。おいで」
食事を持って、仲人さんの座っていた席に座る。
「ケイ、これは豚肉だよ。このごまだれに付けて食べるの。食べてみる?」
「うん。……ブタニクってムニュムニュしてる。でも…おいしい。ミワコ、僕の国の食事も食べる?」
「食べたいな! 実は気になってたの。少量でバランスの整った食事は、日本にもあるんだけど、基本的には栄養状態の悪い高齢者とか、食事の摂取が進まない人用で、味見ぐらいしかしないから。飽きないの?」
「うーん。考えたことないな。食事は作業の一環みたいになってるから。でも味は色々あるんだ。僕はこのパウチのが好き。お湯でふやかして食べるんだ」
「どれどれ……あ、意外と美味しい! フリーズドライみたいな感じなんだ。しっかり歯ごたえもあるし、確かに種類が変われば飽きないかも」
「ふふ、良かった」
この後も渉さんたちが来るまで、隣に座って食事をした。




