川西美和子、異世界婚活始めます
初めまして。当作品は、私、七戸光にとって処女作でございます。
どうぞ宜しくお願いします。感想お待ちしてます。
「別れてよ。子どもが出来た。彼女と結婚するから」
「は?」
呆けた言葉が漏れる。
久しぶりのデートにワクワクしていた心が急速に冷えていく。
目の前には、大好きな人の驚くほど冷たい目。隣に私と正反対のフェミニンな雰囲気の女性がワンピースを着て座っている。
ジャズと賑やかな客の声に溢れたオシャレなカフェなのに、一瞬で何も聞こえなくなったような気がした。
彼の言葉を理解したと同時に、気付いたら彼に平手打ちをしていた。
バシンッと大きな音が響き、その瞬間、店内は軽快なサックスの音色だけになる。
千円札を伝票の横に置いて席を立ち、精一杯の平静を装った声で言った。
「お幸せに」
カフェを飛び出し、往来を避けて最寄り駅とは逆方向へ足早に向かう。
途中、涙がこぼれないよう上を見て歩いたせいで、思い切り水たまりを踏んづけた。
この日のために買ったパンプスもぐちゃぐちゃになってしまった。お気に入りのスカートにも泥が跳ねている。
ショーウインドウに映る精一杯のオシャレに身を包んだ私の顔は、目も鼻も頬も赤いし、それはもう酷い。
「はぁ」
一生分の幸せが逃げそうなため息が漏れた。
惨めな気持ちのまま当てもなく、泣く場所を求めて彷徨っていると、ふと鳥居が見えた。
泣くまいと表情筋に改めて力を込め、一礼して鳥居をくぐる。
無礼を謝りながら、境内へ続く階段を駆け上がる。途中で涙が一粒落ちてきた。
我慢出来なくなって、踊り場のようなところでうずくまる様に座り込んだ。
大人になってからこんなに泣いたことはあっただろうか。
「……ふぇええん、ふっ……くっ、ぐすっ」
私は彼とのことを思い出していた。
彼とは学生時代からの付き合いだが、互いの仕事が忙しくなり、会う回数は減っていた。
昨年、彼からプロポーズされた後も、会えない日々が続いた。
それでも、結婚資金を貯めるためにも頑張った。彼の事が本当に好きだったから。
それがこの裏切りだ。
「――ぐすっ、私、もう人を好きになれる自信ない。このまま結婚できなかったらどうしよう……」
1人寂しく孤独死する未来を想像して背筋がぞっとした。そんな時だった。
「おいおい。どうしたんだいお嬢ちゃん。そんなに泣いたらせっかくのべっぴんさんが台無しだぜ? 涙で海が出来ちまう」
上から声がした。
神社で大泣きする女の相談に乗るなんて、勇者か。
絶対面倒な理由だろうに。
うつむいたまま嗚咽交じりに返事する。
「ひっく……ず、すみません……煩くしてしまって……」
「それは構わねぇよ。辛いときは泣きゃあいい。どれおじさんが話し相手になってやるぜ」
「ぐすっ……ありがとうございます…………あれ?」
顔を上げると、石の上に鷲程のカラスがいた。
とても立派なサイズ感、ちょこんと短い三本足、羽根は光の加減で青く見える不思議な色のカラスだ。
何かの間違いかと思いながらも、カラスに話かけてみる。
「もしかしてカラスさんが?」
「おう。おじさんが話を聞いてやらぁ。オレは神様の使いってやつだ。お嬢ちゃんみたいな迷ったヤツの話を聞いて代わりに食事と住みかを貰ってる。所謂住み込みアルバイトだ」
あまりに衝撃的な光景で、思わず涙で腫れた目をこする。
「お、涙、止まったな。良かった良かった。海が出来たらおじさん溺れちまうからなー」
カラスがカアカア言いながら笑っている。
驚きすぎて、涙はいつの間にか止まっていた。
「あ! いた!」
ふと女性の声が聞こえ、直後にバタバタと石の階段をかけ上がる音が聞こえた。
「流石! やたちゃんナイス!!」
「ん? よう、紬じゃねえか」
カラスの知り合いらしい女性は、綺麗な黒髪をローポニーに結わえた、いかにも大和撫子といった清廉な美人だった。彼女はカラスに親指を立ててみせると、私を見て言った。
「私は渡瀬紬と言います。この神社の娘です。実は先ほど、カフェに居て、その」
「見ていらっしゃったんですね。お恥ずかしいところをお見せしました」
「いえ! こう言ってはなんですが、あんな身勝手な馬鹿男は別れて正解ですよ!!! 私なら後5発は殴ってます」
握りこぶしを作って殴るフリをし始めた渡瀬さんが面白くて、思わず笑いが漏れる。
「ふふっ、ありがとうございます」
「貴女にはもっと素敵な運命の方が居ますよ! ささっ。詳しい話は部屋でしましょう?」
「え、ええ?」
手を繋がれて、引っ張られる。
話し相手になってくれたカラスを忘れていたので、慌てて振り返った。
「あ、カラスさん。ありがとうございました!」
「おう。なんかあったらいつでも来いよ」
渡瀬さんに連れられて着いたのは、神様の祀られた区域とは反対側の建物だった。
「どうぞ上がってください」
「あ、ありがとうございます」
玄関は、日本家屋特有の檜の柱や畳のい草、何とも言えない懐かしい香りが漂う。
「どうぞ。こちらの部屋です」
「あれ、紬? お客様か?」
「お兄ちゃん!! 丁度良いところに!」
長い廊下にはいくつか部屋があり、その内の一室に通される。
別の部屋からスーツ姿の垂れ目で穏やかそうな感じのイケメンが出てきた。
渡瀬さんのお兄さんらしい男性は私が居ることに驚いたようだが、すぐに優しく笑って会釈をしてくれた。
「お兄ちゃん! 例のシステムの体験者は私が決めて良いって言ってたよね! 私、この人を推薦したい」
「「え?」」
システム? 何の事?
思い当ったらしいお兄さんが、少し考えた様子で私の方へ歩いて来て言った。
「とりあえず座ろうか。紬、お茶持っておいで」
和室は10畳ほどの広さで床の間には菖蒲と掛け軸が飾られている。
部屋の中央に四角いちゃぶ台、お兄さんに薦められるまま座布団に腰を下ろした。
お兄さんが正面に座り、渡瀬さんがお茶と豆大福を持って戻って来た。
お茶を一口飲んだお兄さんが口を開く。
「さて、自己紹介がまだでしたね。私は紬の兄で渡瀬渉と申します。私は政府の少子化対策を専門とする部署に勤めています。貴女の名前を伺っても宜しいですか? 紬と会われた経緯も一緒に」
「あ、そう言えば私も聞いてなかった!! お名前教えてください!」
「紬……はぁ」
「すみません。名乗って頂いたのに、こちらは名乗りもせず。私は川西美和子といいます」
私はここまでのあらましを2人に話した。
冷静に話したつもりだが、時々涙声が混ざったのは仕方ないと思う。
紬さんが優しく声をかけてくれた。
「美和子さん、そんな事があったんですね。私はあの時カフェに居て、美和子さんが平手打ちしたのを見ました。美和子さんが気になって、後を追いかけたんです。貴女はあの男には勿体ない! もっと素敵な人がいますよ!」
「なるほど、それで紬は美和子さんを推薦しようとしたんだね。――わかりました。システムに関しての説明をさせて頂きましょう」
そう言って渉さんは信じられないような不思議なシステムの話を始めた。
「我々は少子化対策のため、最新の転移技術を用いて、異世界も対象とした世界政府直営の婚活システムを開発しました。試運転に協力してくれる方を探していたのですが、妹は貴女を推薦したいと言っています。貴女の出逢いたいと思う気持ちがあれば、参加していただけるのです」
「…………え?」
何を言っているのかよく分からなかった。
世界政府? 異世界?
私の隣で豆大福にかぶりついていた紬さんが割って入る。
「要は、世界を超えた出会いを提供するシステムを開発したから、そのシステム運用のテストケースとして利用してみませんか? ってことです!」
「理解が追い付かない……」
「当然ですね。まだ公表してない話ですから。他言無用でお願いしますね」
「私は美和子さんに幸せになってほしいと思っています。結婚が幸せかは分かりませんが、少なくとも、美和子さんを大切に思い、傷付いた心を癒す誰かがきっといます! 私に貴女の心を癒す手伝いをさせてください!!」
紬さんは真剣な表情で私の両手を握る。
本当に私を心配してくれたことが凄く嬉しい。
普通なら、こんな話を真に受けるなんておかしい。
異世界とか絶対怪しいし、何が起こるのかもわからない。
けれど、彼らを信じてもう一度人を好きになってみたいと思った。
これが人生の大きな分岐点。
「分かりました。私、そのシステムに協力します」
こうして私の異世界婚活が始まった。
ついに始めてしまいました。