月曜日が待ち遠しくなる会社
月曜日が待ち遠しくなる会社。
そんな理想な会社はどこにあるでしょう。
誰もが、閉塞感を抱える現代。
そんな今に、『月曜日が待ち遠しくなる会社』を問いかけ、作者自ら答えを探ったささやかな作品です。
最初は悲惨の極みで始まりますが、どうぞ後半の好転の展開までおつきあいください。
◾︎35歳、幸せの局
さちこさんは、宇津井倖子と言う。
さちこさんは、みんなから「幸せのお局」と呼ばれていた。
それは、さちこさんが、ある有名な童話を思い出させるからだった。
・・・
広場に立っている幸福の王子。
身体はたくさんの宝石がちりばめられて、見る人見る人が美しさにため息をついた。
そう、幸福の王子はたくさんの宝石を身にまとった銅像だった。
でも、幸福の王子はいつも悲しんでいた。
自分はこんなに幸せなのに、耳に聞こえるのは不幸な人たちの悲しげな声ばかり。
なんとか、そんな可哀想な人たちに自分の幸せを分けてあげたい。
でも、王子は銅像。歩くことも、走ることもできなかった。
その幸福の王子の気持ちに心を打たれた一羽のツバメが、王子の身体の宝石を預かっては、貧しい人たちに届ける仕事を買って出た。
でも、ツバメは王子の仕事に一生懸命になり過ぎて、南に渡る時期を逃してしまった。
そして、雪の降る寒い朝、最後の宝石を運び終わったツバメはとうとう力尽きて冷たくなった。
・・・
さちこさんは、王子でない。
むしろ、ツバメに似ていた。
さちこさんには、年の離れた3人の妹がいた。
さちこさんが20で就職した年、突然両親が離婚し、姉妹を引き取った母親はまもなく行方知れずになった。
まだ、中学生と小学生の妹たちを抱え、さちこさんはそれから、15年間も頑張った。
そして、さちこさんは今年35歳。
最後の妹をお嫁に出して、家に一人残された。
それで、婚期を逃したさちこさんは、まるで南に帰れなかったツバメのようだ。
だから、みんな最初は、彼女のことを「幸福の王子」のツバメのようだと、「幸福のツバメ」と呼んだ。
でも、会社に長くいる女子社員だから、いつの間にか「幸福のお局」とみんなが呼ぶようになった。
◼︎幸薄い場所
宇津井倖子。
でも、うすいさち子、とも人は呼ぶ。
幸福のお局だけど、本当は幸薄い人だとみんなは思っていた。
自分の幸せを犠牲にして、一番幸せなはずの青春時代を妹たちに捧げた。
その妹たちも、みな自分の家庭を持っているので行き来も途絶えがち。
同じ会社に長くいるから、「お局」とみんなからからかわれ、毎日単調な会社の事務を黙々とこなしている。
さちこさんは、男運も悪い。
いや、浮いた話じゃない。
周りにろくな男がいないのだ。
まず、営業の正木。
外回りのくせに、いつも事務所に居座っている50男。何かと言うと、今日は暑いだの、寒いだの、日和が良くないだの、と出かけない口実を作る。
そしていつも、さちこさんに話しかけては仕事の邪魔をする。別に気があるわけじゃない。彼女に投げる言葉の半分で、さちこさんを馬鹿にしていた。
そして、後の半分が自分の自慢話。
どうして、こんな男が首にならないのか。
それは、思い出したように大物案件を受注するからだ。
正木曰く、「自分は天才」、らしい。
ならば、もっと本気をだして、部長にでも専務にでも何でも成れば良いのに、勤勉とか真面目は嫌いなのだ。
次は、陰気な経理マン、庄田。
いつもブツブツ言いながら、電卓を叩いている。時折、さちこさんに何かを頼むのだけれど、その声が小さい。小さくて聞き取れない。それで聞き直すと、一応繰り返す。
でもやっぱり小さい。
そして、3回聞き直すと、突然割れんばかりの声をあげて怒りだす。
「何遍、わしに同じことをいわせるんじゃ!嫌がらせか!」と。
正直、一緒にいると胃が痛い。
若手の営業マン、牧田。
悪い男ではないが、とにかく依存心が強い。
極度の心配性で、ことあるたびに周りに聴かずにおれない。でも、やっぱり正木や庄田は怖いから、さちこさんのところに来る。
そして、えへらえへらと笑いながら、いろんな仕事を押し付けて行く。
本当にふざけんじゃないわよ、と言いたい。
そして、最後の極め付けが社長の五島だった。
◼︎幸せ計画
社長、五島政則、58歳。
癇癪持ちで気難し屋、何かに感情をぶつけなくては生きられないタイプ。
業績が悪ければ怒り出し、業績が良くても逆に不安になって怒りだす。
とにかく社員をつかまえては頭ごなしに叱りつけるものだから、せっかく採用した社員が数ヶ月と居着かない。
気がつけば古参のロートルばかりになって、これじゃいけないと流石に焦った。それで少し感情を抑えようとしたが、返って我慢が過ぎて体調がおかしくなった。
困った挙句に、五島はまだ若手社員だったさちこさんにある提案を持ちかけた。
「俺が我慢できなくなった時に、何にも言わずに怒鳴られてくれ。その代わり、大卒男子並みの給料を出すから。」
つまり、さちこさんがお金に困っているのを知って、自分の感情のはけ口に利用しようとしたのだ。
本来、あまり心臓の強くないさちこさんは、とても気が乗らなかったが、これから妹たちにお金がかかることを考えて、ついうっかりと「はい」と言ってしまった。
ところが、さちこさんは自分の考えの浅はかさをすぐに思い知らされることになった。
五島の癇癪持ちは尋常ではなく、ひどい時は10分おきに社長室に呼びだされて、頭ごなしに怒鳴りつけられた。
それも、会社のことや他の社員のことなら聴き流すこともできたが、五島はほとんどさちこさんのことを個人攻撃した。
さすがに、若いさちこさんは気を病んで、真剣に退職を考えた。しかし妹たちの学費や生活のことを考えるとやめるにやめられなかった。
それに、五島は言葉以上に給料面ははずんでくれた。
だから、さちこさんは歯を食いしばって15年耐えた。それも、妹たちのため、彼女たちを一人前にするまで。
おかげで不眠症に悩まされたり、胃に穴が空いたり、偏頭痛持ちになったりと散々だったが、おかげで妹たちを無事に全員送りだすことができた。
でも・・・
このところ、さちこさんは思う。
あと自分は何のために頑張れば良いのだろう。
もう、必死に守ろうとした妹たちはいない。
なら、これからは自分のため?
あるいは、大卒男子並みの給料のため。
いや、その給料も5年前から据え置かれて、少しも上がっていない。
むしろ、割りを食っている気がする。
確かに、五島も少し穏やかになって、癇癪を爆発させるのは1日に1回になった。
でも、やっぱり15年つきあっても、五島には慣れない。
周りの男たちにも、いい加減嫌気がさす。
もう、潮時かしら。
ならば、これから少しずつでも、私自身のために生きよう。
そんなさちこさんなりの幸せ計画がひっそりと動き始めた。
◼︎レディ、サプライズ
妹たちが家を出ても、さちこさんは倹約の癖が抜けなかった。
それで、少し銀行にお金が貯まっていた。
まずは、その半分を下ろした。
全部でないところが、さちこさんの堅実なところ。
さて、そのお金でどうしようか?
まずは、今まで足の向かなかったビューティサロンに行ってみた。
そこで、化粧の仕方を勉強して、勧められるままに化粧品も買い込んだ。
服も新調した。靴も時計も買った。
鏡の前で服を着替えて、しっかり化粧をして、ポーズを決めてみる。
どう、倖子?
なかなかの女でしょ。
もう、うすいさち子、なんて言わせないわ。
私は、前の自分から脱皮するんだ。
もう、自分は自分のために生きるのだ。
みんな、私を見て驚くだろうな。
そう、きっとレディサプライズって、呼ばれるに違いない。
そんな、月曜日が待ち遠しい日曜日の昼下がりだった。
◼︎毎日、ちょっとずつ
「あの、社長、何か気がつかれませんか?」
「何がだ。うすい。」
「あの、うすいではありません。宇津井です。」
「そんなことは、どうでもいい。ちゃんと俺の話を聴いているのか!だいたい、一社員のお前が、社長である俺の話を遮るとは何事か!」
さちこさんは、腑に落ちなかった。
私は、すっかりうすいさち子からも、幸せのお局からも脱皮したんだ。だから、そんな私をみんなは違った扱いをして当然だ。
最大級に念入りなメークをして、服装もお洒落に決めてきたのに、男どもときたら少し顔をしかめただけで、後は何もなかったような態度。
五島社長にしても、少しは私に対する扱いが変わると思ったのに、いつも以上に酷い悪口雑言を浴びせかける。
たまりかねて、つい口答えをしたら、いつもの倍の時間怒られた。
「はあ〜、いらないこと言うんじゃなかった。」
疲れ切って自席に戻ったさちこさんを、庄田がニヤニヤしながら見ているのに気がついた。
そして、ボソボソ何か言っている。
だけれど、いつもの通り小さな声。どうせ聞こえないんだし、無視しようと思ったが、その一言はハッキリ聞こえた。
「お局のクセして、盛りでもついたか。」
それにさちこさんはカーッと頭に血が上った。そして、近くにあったキーボードを投げつけようと振り上げた。
さちこさんの一瞬見せた剣幕に庄田だけでなく、その場にいた正木も度肝を抜かれた。特に、庄田はお漏らししそうな顔をした。
でも、行為に及ぶ前に冷静な自分がどこかからか降りてきた。
「そうよ、私はうすいさち子なんだもの。少しくらい着飾っても、みんな関心なんか湧くわけないわ。」
そしてキーボードを下ろして、がっくりと肩を落とした。
「すいません。早退します。」
いたたまれなくなったさちこさんは、急いで事務所から飛び出した。
五島が社長室からさちこさんを呼びだして事務所にいなかったりしたら、誰がが代わりに被害に遭うのだろう。でも、構うものか。
もう、こんな会社ヤメテヤル。
この足で、すぐ辞職願いのための封筒と便箋を買いにいくのだ。
会社の玄関を出て右に曲がって駅に向かう。そして、途中ガラス張りのビルの前を通った時、そこに映る自分を見た。
「は・・・。」
昨日までは、あんなに自信満々だったのに、今見るとチグハグ感がハンパない。
やはり、私はこの程度なのか・・・。
急に頭に上った熱が引いていくのを感じた。
(こんな私がどこか他の場所出て生きていけるだろうか?)
そして、狭い世界しか知らない悲しさで、さちこさんはせっかく踏み出した足を止めてしまった。
もちろん、今まで「ヤメテヤル」は数え切れないほど口にした。
けれど、結局ここにいる。
どうせ、こからは離れられないの?
ガラスに映った自分の姿を見ながら、諦めに似た気持ちが広がっていく。
この会社、出社が嫌で嫌でたまらない会社。
でも私の人生は、この会社そのもの。
癇癪持ちの五島も、威張り屋で中身のない正木も、人間的にどうかと思う庄田も、調子の良い牧田も、みんな私の一部だ。
みんな私に依存しつつ、私もみんなに依存している。
ならば、
どうせ離れられないのなら、
少しでも良い場所に変えるしか、生きる術はないのかも。
だから、
ここで生きていくのなら、もう背伸びも、へんな期待もしない。
昨日より今日、今日より明日、ちょっとずつだけ頑張るしかないんだ。
◼︎自分の幸せ
でも、「早退します」と言って出てきてしまったんだし、あの雰囲気に戻るのも気が重かった。
だから、今日はもう好きに過ごそうと思った。
社長や、会社に、必要以上に気を使っていた今までの自分からも少し変わるんだ。
そう決めて、さちこさんは地下鉄の入り口に向かった。
地下鉄から私鉄に乗り換え、県境を越えて海の見える駅に降りた。
駅前の喧騒を抜け、閑静な住宅街に足を進める。そして、住宅を抜け、長い坂道を登りきると、目の前には水平線が広がった。
風が潮の匂いを運んでくる気持ちの良い場所だった。
さちこさんは、そこに建っている少し古びた外見の店に近づいていった。
時刻は午後になっていた。
店は今どき珍しいガラス戸で、そこから差し込んだ午後の日差しが優しい陽だまりを作っていた。
ガラガラとガラス戸を開けると、「いらっしゃい」と元気の良い女性の声がした。
女性はカウンターに座って何か作業をしている最中らしかった。
「こんにちは、来ちゃった。」
「あ、お姉ちゃん、どうしたの。仕事のついで?」
女性はさちこさんに「お姉ちゃん」と声をかけた。さちこさんのすぐ下の妹である。それでも年は5歳離れていた。
今年29になる。
「えへへ、今日は早退け。」
「身体の調子が悪いとか?」
「ううん、たまにはいいかなって思って。」
「へえ、お姉ちゃんにもそんな余裕が生まれたんだ。前は何をおいても、会社、会社だったもんね。」
「そうよ、女の独り身は気楽なものよ。」
そこで、妹の香代は少しすまなそうな顔をした。
「ゴメンね、みんなお姉ちゃんに背負わしちゃって。私が18で家を出てからも、余り助けてあげられなくて申し訳なかったわ。」
「でも、あなたは立派に夢を叶えたんだし、私も鼻が高いのよ。」
香代は18の年、高校卒業と同時に知り合いのアートデザイナーに住み込みで弟子入りしたのだった。そして、「いつか海の見える場所に自分の店を持ちたい」と夢を見ていた。
それから8年後、水平線が一望できるこの場所に工房と住居を兼ねた店を開いたのだった。
「どう、生活に困っていない?」
「まあ、ぼちぼちよ。夢を食べて生きているようなもんだから、家賃と光熱費でトントンかしら。でも、同居人がかなり助けてくれるから。」
同居人とは香代の彼氏のこと。普通のサラリーマンだけれど、家賃がもったいないからと、自分のアパートを引き払って香代と一緒に暮らしている。
「あなたたち、いつ入籍するの?」
「まあ、焦らないつもりよ。だって、ほとんど事実婚だもん。それよりお姉ちゃんの方はどう?」
「え?全く、サッパリ、ぜ~んぜん。」
「あら、残念。しばらく見ないうちに、ものすごくキレイになったから、いい人でもできたのかと。」
「あはは、ちょっと頑張っちゃったの。」
そして、さちこさんは、妹の香代に正直に今までのいきさつを話した。
「どう、馬鹿みたいでしょ。いい歳して、恥ずかしいわ。」
一度奥に姿を消していた香代は、カウンターに姿を見せると、さちこさんに盆のコーヒーを勧めた。
「はい、どうぞ。最近自家焙煎に凝ってるの。あと、この町にすごく美味しいケーキ屋さんがあるの。これは、今年の一押しだそうよ。」
「え、あなたたちの食べる分でしょ。悪いわ。」
「平気、平気、彼に内緒でこっそり食べるために隠してある分だから。それより、ひどい話ね。」
「まあ、15年も勤めて今更なんだけどさ。」
「別に無理して勤める必要ないでしょ?」
「まあね。でも、いざ飛び出そうとすると、なんか思いきれなくて。ずっとこんな感じ。」
「ダメ、ダメ。お姉ちゃん、かなり洗脳されてるよ。」
「え?」
思わず飛び出した「洗脳」という不穏な言葉。
「そう、昔オンナは、家に縛りつけられて、どんなに辛いことがあってもじっと耐えるしか無かったの。でも、今じゃ、気に入らなけりゃオンナから旦那を捨てるし、オンナの自立もどんどん進んでいるわ。女性の社長や女性の市長も当たり前。いないのは、プロ野球選手と相撲取りくらいのもんよ。現に私だって、個人事業主の端くれだし。」
「うん。」
「だから、洗脳なのよ。昔オンナが自分の人生に自由がないと思っていたのと、お姉ちゃんが会社から離れられないと思っているのと。」
さらに、香代は言葉を継いだ。
「自分の人生だから、結局は幸せになったもの勝ちよ。それなのに、意味のないことで我慢してるのって、人生を無駄にしてると思うわ。」
「だけどね・・・。」
さちこさんは目を伏せてしまった。
それに気がついて、香代はあわてて言い方を変えた。
「ゴメンね、お姉ちゃん。違うの。お姉ちゃんが一生懸命我慢してくれなければ、私たち今頃どうなっていたか分からないわ。
そうじゃなくて、お姉ちゃんは、お姉ちゃんが幸せと思う事にもっと素直に生きて欲しいだけなの。」
「うん!有り難う。あなたは、いつもエネルギーが溢れているから、会うと元気が貰えるわ。」
「あとね、お姉ちゃん、ちっとも変じゃないよ。すっごくキレイ。でも、ちょっと急に変えすぎたかな。」
「何それ、褒めてるの?素直に喜んで良いの?」
「あはは、私正直だから。」
「あはは、ひどおい。」
◼︎月曜日が待ち遠しくなる会社
でも、香代に励まして貰っても何も変わったわけじゃない。
どうするの?倖子。
でも、一つ言えてることは、今さら会社を辞めさせられても困る私じゃない。
だから、私は私の居場所を自分で作る。もし、無理に作ろうとして壊れてしまっても、それはもともと私とは縁のない場所なの。
そして、
さちこさんは、
やっと自分の運命に立ち向かう意思を固めた。
その戦端は、
五島社長との間で開かれた。
「は?今何と言った?」
たまに口答えをすることがあっても少し強く言えば、すぐに大人しくなるさちこさんだった。
それが、今日は異常に絡んでくる。
「いいか!うすい!」
「うすいではありません、宇津井です。」
「どっちでもいい。いいか、俺は社長で、お前は一事務員だ。世の中には人それぞれ役割があって、俺にはこの会社の穀潰しどもをを食わせる責任がある。とても重くてストレスもかかる仕事だ。
それに比べればお前が少々俺に怒鳴られるくらい、なんだと言うんだ!」
「し・・・社長はたいへんだと思います。でも、好きでやっておられるんでしょ。そ、それに比べて私は社長から怒鳴られたり、人以下の扱いを受けたり、社長の情緒不安定の捌け口にされるのはとても嫌です。」
「じ、情緒不安定だとお!」
「そうですよ。社長が呼ぶべきは、ワタシじゃなくて、精神科医です。」
「なんだと!この恩知らず。」
「お、恩知らずは社長の方よ!散々人に依存しておいて、いつの間にか、それが当たり前になって、依存していることすら忘れてしまったんですか。
言わせて貰えば、社長は、サ・チ・コ中毒です!」
「うううう、おおお、お前!出て行け!!!」
ついに来た、解雇通告。
いいわ、会社都合で解雇されるんだもの、規定に従って給料3ヶ月分貰って辞めてやる。
「わかりました。午後には身辺整理をします。」
すると、五島は今までにない大きな声を出した。
「ダ!誰がクビにすると言った!オ、俺はとにかくこの部屋から出て行けと言ったんだ!それと、もう来るな、顔も見たくない!」
「え?」
一瞬訳が分からなかった。
「だから、とにかくこの部屋からデ・テ・イ・ケ!」
それを聞いたさちこさんは、勝ち誇ったような表情になって、こう続けた。
「社長、そう言わずに、いつでもお呼びください。その代わり、怒鳴られるお手当は今後スポットでお願いしますね。」
それを聞いて五島はますます苦虫を噛み潰した表情になった。
・・・
おかげで、さちこさんはしばらく五島に会わずに済んだ。
そして、五島に逆らったことで、さちこさんには不思議な自信がついていた。
いつものように正木が絡んできた時も、さちこさんは余裕たっぷりで対応をした。
「あのさ、うすいさあ。」
「あの私、うすいでも、お局でもありません。宇津井倖子です。」
「何を偉そうに。お前ら事務は、俺ら営業が養ってやっているんだから、もう少し素直に人の話くらい聞けって言うの。」
「いえ、営業事務も立派な仕事です。そして、私は自分の給料分は稼いでいます。」
正木はやれやれと言う顔をして、分からんヤツだなあと言わんばかりに手の平を上に向けたオーバーなジェスチャーをした。
「あのな、いつお前が会社に金を持ってきたよ。え?いくら稼いだんだよ。」
それに対して、さちこさんは目の前のレターケースから受注表の束を取り出した。
「これ分かります?これ全てこの一ヶ月の私の売上です。」
「なんだよ、これ?何?インクリボン、2本1万3千円?これ、消耗品じゃねえか。
こんな細かいもん、いくら集めたって自慢になるか。」
さちこさんは、さもしてやったりの顔で続けた。
「へえ、なら、全部でこれがいくらあるか分かります?」
「は?」
「チリも積もればで、240万あります。年間にすると、2880万です。ちなみに、正木さんの年間の売り上げは幾らですか?」
「ば、バカ!そんな消耗品みたいな、寝転んでいても勝手に上がる売り上げなんか、数えるな!」
「もちろん、製品販売あっての消耗品ですが、最近は私たちは積極的に他社製品の消耗品にも取り組んでいます。おかげで先月の消耗品販売は製品販売を抜きました。
また、競合他社のお客様と消耗品で繋がっていることで、他社の製品から私たちの製品に変えてくださったところもあります。しかも、これを営業事務だけでやっているんですよ。」
「もう、いい。」
「はい?」
「だから、もう喋るな。お前と口きいていると気分悪い。外行ってくる。」
そうそう、そのまま外回りを頑張ってきて。
・・・
まあ、こんな調子で毎日過ぎてゆく。
別に何が変わったわけではないけど、自分の居場所は自分で作れることが少し分かった。
まだまだ、全部注文通りにはいかないけれど、ちょっとずつ変わっていくのが目に見えるようで楽しい。
それにいざとなっても、なんとかする自信はある。
そして、休みの日にはもっと妹たちと会ったり、少しずつ板についてきたお洒落を楽しんだりしている。
そんなときは、月曜日が待ち遠しいさちこさんであった。
(おわり)
月曜日が待ち遠しくなる会社。
おそらくこの作品を読まれた方のほとんどが会社員だと思います。
お金よりも、名誉よりも、会社員にとって幸せとは、『月曜日が待ち遠しくなる会社』に勤めていることです。
日曜日の夕方に「明日から会社か」と憂鬱になるか、あるいは「また会社だ、頑張るぞ」と元気になるか、でも、ほとんどの人は前者ではないかと思います。
仕事とは辛いもの、あるいは意図せずして閑職に置かれることもあれば、職場や取引先との人間関係でギスギスと胃の痛い日々を過ごすこともあります。
このストーリーの主人公もあえて、そんなつらい職場に籍を置く人に設定しました。そして、『月曜日が待ち遠しくなる会社』の答え探しをさせました。
ささやかながら作者の見つけた答えも最後に書かせてもらっています。
さて、読まれた方がその答えをどう感じられるか、それはやはり皆さんの判断にお任せするしかないようです。