優れた嗅覚
サトシはとある研究所の若手研究員である。人間の嗅覚を高める薬品の開発に注力していた。
「ああ、この芳醇なワインの香りをもっと楽しめたらな。」
そんなことを思いながら日々食事をしていた。もっと鋭い嗅覚があればワインの香りだって、肉が鉄板で焼けるジューシーな香りだって堪能できると考えていた。
サトシは先天的に嗅覚が弱かった。ものを限りなく自分の鼻に近づけないと匂いが分からなかった。しかし、子供のころから道に咲く花の香りや青々とした芝生の香りをほかの子供よりも興味を持ちながら生活をしてきた。大人になっても嗅覚への情熱は変わらずにいた。
研究所でいつものように実験をしていたある日、犬の嗅覚をヒントに人間の鼻に作用する物質を突き止めることに成功した。
やがてその物質を活用した内服薬を開発した。その薬を服用すると数時間の間だけ嗅覚が10倍ほどよくなるという作用を持っていた。自分自身の鼻で研究所内での実験を行った結果、ハンドソープで洗った手を鼻に近づけていなくとも香りを感じることができた。何度試してもその薬を服用した時は必ず嗅覚がアップするという確証が得られた。
その日は、初めて研究所の外でこの薬を服用して外出した。サトシは恋人と一緒にオシャレなイタリアンレストランへ向かった。レストランへ向かう道中、恋人の長い髪から香るシャンプーの淡い匂いがサトシの鼻をくすぐらせた。薬は研究所の外でも効果は存分に発揮してくれた。
個室で落ち着いた雰囲気のレストランでは鼻が利く分いつも以上に食事を堪能できた。赤ワインの熟成された香りは芸術的にも感じられ、トマトパスタは甘酸っぱいトマトとほのかな苦みを放つバジルが料理を際立たせてくれた。
「今日はなんだかいつもよりおいしそうに食べるわね。」
「まあね、このデザートのシチリア産レモンシャーベットなんて最高の香りだね。」
「あら、鼻に近づけなくても分かるの?」
「実は嗅覚を高める薬が開発できて、今日それを試してるんだ。」
サトシがそういうと、恋人の顔が急に赤くなってきたように思えた。
やがて、二人きりの個室の空間から悪臭が漂い、サトシの鼻を刺激した。
「もしかして、すかしっ屁した?」
恋人は、恥ずかしそうにコクっとうなずいた。