5
「メアリー!いつの間にあんな王道派イケメンと仲良くなってたの」
「王道派イケメンってリヒャルトさんのこと?やっぱり、リヒャルトさんってニーナから見ても格好良いよね。私、男性を見る機会なんてなかなかないから、美的感覚がよく分からなくて。でも、リヒャルトさんは一目見て格好良いと思ったの」
その日、ニーナは久し振りに唯一自分を正しく認識してくれるメアリーの元へ向かった。開口一番にリヒャルトのことを冷やかしてやろうとしたら、メアリーが珍しくずずいと前に出て熱心に話すものだからニーナは、本人さえ自覚していない想いを分かってしまった。
メアリーが分かりやすいのもあるが、ニーナも今まで精霊器具の副作用による存在感の微小化により人目を気にせずに人間観察を行ってきたから、人を見る目は養われている。
リヒャルトとの出会いを聞くはずだったのに、如何にリヒャルトが良い人で格好良いのかを話すメアリーにニーナは瞬きを繰り返す。どう考えてものろけである会話を何分か聞いた後、ふとメアリーが気づく。
「それにしても、なんでニーナがリヒャルトさんのこと知ってるの?」
「今更ね。実は、バルデーさんが私を訪ねてきたの。メアリーさんの友人さんですねって。もう、個人情報話しすぎだよ。というかいつの間に私の住所知ったの?」
「ごめんね。友達について話せるのが嬉しくって。住所は私知らないし言ってもないけどなぁ。でも、なんでリヒャルトさんがメアリーを訪ねるの?リヒャルトさんと仲良くなれた?私の好きな友人同士が仲良くなってくれたらすごく嬉しい!」
「結論的には仲良くなれたよ。リヒャルトさんが私を訪ねてきた理由のおかげでね。ふふふ、バルデーさん紳士で格好良かったなぁ」
「でしょ!リヒャルトさんはね、親切で格好良くて」
「だから、バルデーさんとは特別仲良くなれそう」
ニーナは、満足気なメアリーに少し意地悪をした。意味あり気に特別と言えば、女の子はすぐに気がつく。恋愛的な意味で言っていることを。無論、ニーナの言葉にそんな意味はない。
膝の上に乗せたパァウルを撫でるのを止めて、パチクリとまばたきを繰り返したメアリーは、そんな普通の価値観が分からないから嬉しそうに笑った。
「そう!良かった」
「天使かよ……」
これ以上、意地の悪い事をしてもメアリーには、敵わんと悟ったニーナはもふもふしたパァウルをひょいと抱っこして、頬ずりする。
最初は、魔物であるパァウルを怖がっていたニーナだが、メアリーと触れ合う内、パァウルのうるうるの大きなお目目と人懐っこさにハートを打ち砕かれた。今ではパァウルを見るたびに、ハンスでさえ聞いたことのないような甘い声を出しながらギュッとパァウルに抱きつく。
パァウルは、その度にもふもふの毛皮に隠された小さい口から、キュンキュンと嬉しそうな声を出す。
「そして、このもふもふと人懐っこさを掛け備えたパァウルは可愛すぎるの刑で罪を言い渡す!」
パァウルは、弱い魔物であり、空気中の魔素の供給だけで生活出来るくらいの省エネ生物であるが嗜好品として、草花も食べるし人間の食事も食べる。この前、メアリーに上げるためのクッキーを試しにパァウルに上げたところ、ぴょんぴょんと飛び跳ねて喜んだ。その様子に、パァウルにメロメロなニーナは破顔し、また喜ばせようとその日もクッキーを持ってきたのだ。
二人がいつも会うのはメアリーの家だが、メアリーの家に入るにはメアリーの母親が作った守護結界の魔法を掻いくぐるための鍵が必要だった。鍵と言っても、物自体はなんでも良くてそこら辺の石でも可能であるが、その物に守護結界の魔法に応じた解魔法を込めなくてはならない。メアリーの母親は、魔女の間でも名の知れた魔女で守護結界もそれなりに強く、メアリーは解魔法を込めるのに数ヶ月時間を要した。
よって、それまでメアリーとニーナは外で会うことが多く、現在メアリーはリヒャルトのために解魔法を込めているがそれも完成までは、まだ時間がかかりそうだった。
「ほれほれ、パァウル。クッキーだよ」
その日、持ってきたのは家の近くにあるお菓子屋さんのクッキーで、バターたっぷりの塩ひとつまみの甘じょっぱいクッキーだ。手作りなんて選択肢、ニーナにはない。どうせ嫁に行けないだろうと花嫁修行を行わず、今まで料理をしたことなんて殆どないからだ。
ニーナは、パァウルにクッキーを見せびらかし、パァウルが早く早くと飛び跳ねるのを見て可愛い可愛いとはしゃぐ。しばらくして、パァウルにクッキーを上げれば、パァウルは目をトロンとつぶり美味しそうに頬張った。
それを眺めていたメアリーは思う。
(お母さん、いるんだよ。私たちみたいな魔女でも受け入れてくれる優しい人はいるんだよ)
出会い頭、パァウルをあんなに怖がっていたニーナがここまで変わる。そして、聖騎士であるリヒャルトまでもが受け入れてくれたことは、母親に普通の人は私たちを受け入れてくれないという執拗な教えに相反することだった。ニーナの母親は、普通の人間を信用していなくて、寧ろ凶暴で怖い物だといつもニーナに言っていた。だからこそ、ニーナは人に対して臆病なのだとも言える。
メアリーが感慨深くなっていると、パァウルの可愛さを堪能したニーナは、ニーナの向かいの椅子に座りなおし覚悟した顔で神妙に語り出した。
「あのさ、まだバルデーさんが私を訪ねてきた理由言ってないよね」
「うん。どんな理由だったの」
「えっと、勝手になんだけどさメアリーが街に出て来られるように協力しあえないかって話をしにきたんだって」
「私が街に?」
ニーナは、詳しい計画はメアリーに伝えなかった。あまりに大きな計画は、臆病なメアリーをもっと臆病にしてしまうだろうとリヒャルトと話し合って決めたからだ。小さな崖を一つづつクリアしていき、最後後ろを振り返れば大きな山を超えている時がある。リヒャルトとは、それを目指していこうということになっていた。
また、ニーナが具体的な目標を言えなかったのにはもうひとつ理由がある。自分たちがお節介だと自覚していたのだ。確かに、メアリーは自分の知らない話や生活に憧れている。でも、それを願ったり頼んだりしてきたことは一度もないのだ。まずは、街に行きたいと思えるように説得すること。もし、断られたらきっぱりしょうがないと諦めること。それもリヒャルトと決めたことだった。
「私はね、小さい頃からお母さんに人と関わるなって言われて育ってきたの。勿論、街に行くのだって絶対禁止。それが、多分私を守るためっていうのは理解してるつもり」
「うん。そうだね」
(メアリーの淡々とした口調に、ニーナはやはりと内心落胆した。一年ほどしか付き合いのない私よりも、母親の教えを守るのは当然のこと)
「でも、魔女だってバレなきゃいいんじゃないの?街には、楽しいことが沢山ある」
「うん。そうだね」
「だったら、試しに」
「だから、私街に行ってみたい!」