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 あれから、何度もリヒャルトはメアリーに会いに行った。会えば会うほど、話せば話すほどメアリーが愛おしくなる。見た目が綺麗だから、だけではない。何故かメアリーの話す一言一言がリヒャルトの胸にしっくりと収まって心地よい気分にさせるのだ。


 それは、間違いなく初恋で真面目に生きてきたリヒャルトは、自分の高揚感に戸惑いつつも何とかメアリーに好意的に見られたいと思っている。まさか、メアリーも無意識にリヒャルトを好きになっているなんて知らないで。


 リヒャルトには、これまで沢山の出会いがあった。だからこそ、この出会いが運命で自分を熱くさせると知るが、メアリーは人と出会うことが殆ど無く閉鎖された空間で生きてきた。だからこそ、この出会いが運命だと知らない。


「リヒャルトさん、今日も沢山お話し聞かせてください」

「私でよければ、いくらでも話します。それと今日はこれを」


 リヒャルトは、街で女性達に流行っているチョコレートをメアリーに渡した。店は女性達でいっぱいで少し恥ずかしい思いましたが、勿論それは内緒で。

 メアリーは、今まで街にも出ずこの森の中母親と二人きりで暮らしてきた。一八歳になって母親が家を出てからは一人きりで誰にも頼らず生活してきた為、知らないことの方が大きい。


 だからこそ、警戒心が少なく聖騎士であるリヒャルトに自分が魔女だと言えたのだろう。


「これは?」

「チョコレートという菓子です。今、女性達の間で流行っているんですよ」

「チョコレート……初めて聞くお菓子です。ありがとうございます。開けてみてもいいですか?」

「勿論」


 あなたが喜んでくれるといいな、と思い買ったんです。


 手慣れた男なら言いそうな台詞もリヒャルトは言えない。もし、そんなことを言って恐縮されたら申し訳ないと思うからだ。


 メアリーは赤いリボンをすっと引き、青のバラが描かれた包装紙を丁寧に開けていく。食べ物にそれだけのラッピングがしてあるということが、どれだけ特別でそれだけ値段が高くなるのかメアリーは知らない。聖騎士は、高級取りである為、リヒャルトには何の問題もなかったがリヒャルト自身食べ物でここまで高いものを買うのは初めてだった。


「茶色い……」


 初めて見るチョコレートに、メアリーはキョトンとしてリヒャルトはそんな表情のメアリーを内心愛でていた。


「チョコレートは、カカオの実から出来ているもので、カカオ自体は苦いのですが、それはミルクが入っているので甘いらしいですよ」

「カカオ……知らない実です。食べてみますね」


 メアリーは、恐る恐るチョコレートを手にとって小さな口にちょこんと放り入れた。


 途端に口の中で蕩ける甘い風味にメアリーは、衝撃を受けあられもない声をあげた。


「ふわぁぁ。蕩けます!チョコレート、お口の中で蕩けて、香ばしいけど甘くって、美味しい!とっても美味しいです!」


 メアリーはあまりの美味しさに、頰が蕩ける気分だった。興奮したメアリーを横に、そんなに美味しそうに喜んでくれた姿を見たリヒャルトはそれだけでお腹いっぱいで幸せな気分になれた。


「本当に美味しい!」


 美味しそうに頬張るメアリーをじっと見過ぎたせいか、メアリーは目をパチクリと瞬きさせ、不意にチョコレートをリヒャルトの口の前に持ってくる。


「口、開けてください。私だけが食べるなんて勿体ないです!」


 それは、俗でいうあーんである。


「あ、はい」


 いりませんよ、なんて勿体ないことをリヒャルトは躊躇いつつも言わなかった。チョコレートが勿体ないのではない。メアリーからの手ずからのチョコレートが勿体なかったのだ。照れてしまって、目を閉じてチョコレートをメアリーの手から口へ受け取る。その際、唇に触れた手に、初心な少女のようにドキドキしたリヒャルトは甘いチョコレートを口に頬張りながら、チラリとメアリーを見る。


(私ったら何てことを!)


 メアリーは整った顔立ちのリヒャルトが、自らの手からチョコレートを食べた所で漸く気付いた。それが、世でいう恋人同士がやる戯れだということを。


「すいません。私、パァウルにあげるくせで、つい」


 薄っすらピンクがかった頰が、頬紅をしたように紅くなる。メアリーは、恥ずかしくて堪らなくなった。こんな格好良い人に手ずから食べ物をあげるなんて、本に出てくる恋人達のよう。


(私とリヒャルトさんが恋人だったら……なんて、嫌だ。そんなこと有りえない。こんな格好良い人と私みたいな魔女なんて釣り合うわけないんだから)


「いえ、私は嬉しかったですよ。あなたから頂いたからより一層美味しい」


 リヒャルトは、あたふたと動揺しているメアリーに、反対に冷静になって少し攻めた発言をしてみた。リヒャルトの友人のハンスなら、その上、メアリーの指をペロリと舐めて「今夜君もいただきたい」なんて甘ったるい、ついでに下半身の緩い台詞も言ったがリヒャルトにそんな勇気はない。


 メアリーは、初心だ。攻めすぎて逃げられるのが怖い。リヒャルトは、メアリーと出会ってから、自分の男の本能というものを思い知った。今までは、誰にも恋愛感情を抱いたことはなかった。だから、こんなキスをしたいとか、押し倒して食べてしまいたいといった感情をどう表現していいのかさえ分からない。


(今度、ハンスに女性に好かれるにはどうすれば良いのか聞いておこう)


「え、は、はい。そ、それは、良かったです」


 メアリーは、紅い頰をもっと紅くして、遂にはリヒャルトの顔も見ることが出来ず俯きながら返事した。最後の方はもう蚊が鳴くような声で、何を言っているかも分からない。


 メアリーは、こんなに恥ずかしい思いをしたのは、この甘くて美味しいチョコレートのせいだとばかりにチョコレートを包装紙に包み直して、鞄に突っ込んだ。


「そ、そうだ!この前はニーナがクッキーをくれたんです。材料を聞いたら私にも出来そうなので、作れたらお渡ししますね」

「ありがとうございます。ニーナさんってあの眼鏡のニーナさんですか?」

「ふふふ、私の友人と言ったらあのニーナ一人だけですよ」

「私は?」

「え」

「私はあなたの、メアリーさんの何ですか?」


 初めて呼ばれた自分の名前。ニーナに呼ばれた時にはこんなにドキドキしないのに。


 この時、メアリーは初めてリヒャルトと自分の関係性を確認した。


(リヒャルトさんは、友人よね?だって、親族以外の親しい人は友人でしょ?)


 それでもメアリーは、友人というのを少し躊躇した。もっと大切な何かな気がするのに、それを表す言葉が見当たらない。


「えっと、勿論大切な友人です」

「大切な、友人……そっか、嬉しいな」


 ニーナの答えにそこまで期待していたわけじゃない。もしかしたら、知り合いと言われるかもしれないと、臆病な気持ちを押し込めてリヒャルトなりに精一杯攻めて聞いた台詞だった。そこで、返ってきたなが大切な友人。友人の上に、大切な、がついている。


 リヒャルトはいつもの微笑ではなく、目を細めて心から笑った。


(大切な、大切な友人。そっか。好きな人に、友人であっても大切と言われるのがこんなに嬉しいなんて初めての発見だ)


(リヒャルトさんが笑った!!それなのに、私はどうしてこんなに胸が痛いの?どうして変な顔をしてしまいそうになるの?)


 メアリーが感じていた胸の痛みはときめきだった。メアリーの口角はによによと上がってしまう。この急激な感情は、メアリーにはキャパオーバーで。


「あれ?なんだか具合が悪いみたいです……」


  吐き気をもよおしてしまった。


「大丈夫ですか?」

「はい。なんだか……もう治りました。なんだったんだろう」


















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