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「と言っても、今までは確信はなかったのですが、確かに、この子は人懐こい良い子だ。あなたのおかげで全ての魔獣が悪いわけではないと分かりました」
「その子の種族は、アルウルフですね。とても聡明で賢い種族です。ここら辺には、住んでいませんが寒い地域に住んでいるんですよ」
「ああ、確かに。あそこは、寒い地域でした。よくご存知ですね」
「ええ。魔獣は悪い子ばかりではないんです。それを皆んなに知って欲しくて!だいたいの優しくて弱い子は隠れて魔界から出てこないんです」
「そうなのですか。私は魔獣について詳しくないので、そんな事実初めて知りました」
「それが普通ですよね。でも、魔獣にも良い子はいて、パァウルも賢くてとっても良い子なんですよ。あ、申し遅れました。私、メアリー・ジェンヌと申します。騎士様に名乗らせておきながら、今更で申し訳ありません」
「いいえ、私も最初は無理矢理腕を掴んでしまって申し訳ありませんでした」
それからメアリー・ジェンヌと名乗った彼女と話している間にすっかり、パァウルはリヒャルトに懐いてしまった。もふもふとした毛皮は愛くるしいし、すりすりと体を擦り寄せてくる好意の現れには好感しか持てない。
「そうですか、良かった。あなたのような理解のある人がいて嬉しいです。しかも、聖騎士様なのに」
「そうですね。私以外の聖騎士ではこうはいかないと思うので気をつけてください。勿論、聖騎士に関わらず、ですよ」
「はい」
「ジェンヌさんは、パァウルの為にこんな奥深くに来たのですか?」
「……あなたには、あなたなら大丈夫なのでしょうか?」
リヒャルトの質問に返されたのは質問。それも意味がわからない質問。
だが、メアリーの目は疑いの眼差しと、それでも縋るようなそんな、光が見えた。人々の模範となる聖騎士として、答えは一つだ。
「大丈夫です。私はあなたの味方ですよ」
目と目を合わせて、心の底からそう思う。口先だけでは、相手にそれが伝わってしまう。だから、リヒャルトは心の底からどんな告白でも受け入れようと覚悟を決めて、そう言った。
会って一時間も経たない相手の絶対的な味方なんて普通なるものではない。勿論、リヒャルトだって普段はそんなことしない。だが、少し話しただけで伝わる彼女の純真さに、心を奪われてしまったのだ。リヒャルトにとってこんなこと初めてだった。メアリーは、見た目だけでも、リヒャルトが見た中で一番美しい女性なのに、中身まで美しかったのだ。
それに、彼女の告白に心当たりもある。
彼女は、意を決したように、きゅっと目を瞑り言い放った。
「私、実は魔女なんです」
それは、正しく彼女の態度が示す通り、大変な告白だ。未だ、魔女に対する差別も多い。しかも、今回告白した相手は魔女を忌み嫌うと言われている聖騎士だ。緊張して当然だろう。
それに、少し嬉しくもある。たった少し話した相手にこんな事実を教えてくれることを。もしかして、彼女は自分と同じように、魂と魂が惹かれるように、自分に気を許しているかもしれないと思うとリヒャルトは、体が痺れる思いだった。
「そうですか」
そんな感情とは別にリヒャルトは、理性でやはりと納得した。魔獣と共存出来る稀有な存在なんて魔女以外滅多にいない。でも、リヒャルトは思う。心優しき魔獣がいるのなら、心優しき魔女だっているはずだし、実際彼女は心優しい、素晴らしい女性だろう。リヒャルトは、何故か疑うことも忘れて彼女を信用していた。それは何故か。
リヒャルトは、小骨が喉に引っかかったような違和感を覚えながらもその信用は覆せない。
けろり、と肯定してみせるリヒャルトに今日、何度目かの驚きを見せたメアリーは、信じられないようなものを見るように捲し立てた。
「驚かないんですか?私を連行しないんですか?嫌じゃありませんか?魔女って怖くないですか?」
「少しだけ驚きました。勿論、連行しません。嫌なわけありませんよ。ジェンヌさんは、心優しき魔女だ」
「もしかしたら、今までのは演技で、あなたのことを騙そうとしているのかも。私は悪い魔女かもしれませんよ?」
「悪い魔女は、そんなセリフ怯えた顔で言いません。怖がらないで。大丈夫」
メアリーにとって、こんなことを言ってくれたのは、唯一の友人であるニーナ・ハヤシ以外、しかも、こんなに優しい表情で言ってくれる異性は初めてだった。メアリー自身、魔女という事で引きこもって生きてきたので異性に免疫がない。その上、こんなに理解を示してくれるリヒャルト相手に胸がとくんと高鳴った。
「あ、ありがとうございます」
「いえ、だいたい魔獣や魔女が全て悪だというのは、間違っていると思っています。私の考えは間違っていない」
「あ、あの、私、この森に住んでいるんです」
この一件で、すっかりリヒャルトに心許したメアリーは、様々なことを話した。自分が人間の母と魔族の間に出来た子であることとか、魔女としてはまだまだなこと。母は、最近魔界に行って留守で、寂しいこと。人と触れ合うことは滅多にないこと。本当に様々な、些細なことまでも焦ったように話し尽くす。彼らの1秒は一時間に、彼らの一時間は1日に感じられるよう、濃密な時間を過ごす。
この時、リヒャルト漸くは気付いていた。自分がメアリーにどうしようもなく惹かれていることを。パァウルを拾ったきっかけが怪我を介抱してやったこととか、少し自信なさげに話す所とか、目が合うとすぐに照れて、ピンク色の頬が赤くなる所とか。全て好ましいと思える。
一方、メアリーは戸惑っていた。リヒャルトを見ると胸がドキドキ高鳴る。このような現象は、初めてで、病気かもしれないと思う。でも、この感覚は嫌じゃない。寧ろ、幸福感さえ感じる。メアリーは、その感情を恋とは知らなかった。
「では、友人は一人いるんですね」
「はい。ニーナという子が。お爺ちゃんの手伝いで森にきた時、迷って森の奥までやってきてしまったんです。最初は、なかなか打ち解けられなかったんですけど、ニーナは方向音痴で何度も道を教えていたら仲良くなるとが出来ました。ニーナは私が魔女でも受け入れてくれた最初の一人です」
「それは、良かったですね」
「はい。でも、あなたも私を受け入れてくれた最初の聖騎士様ですよ?」
「それは、光栄だ」
二人は話をした。時間を忘れて。出会ったのが午前、まだ太陽が東に傾いている頃から、西の地平に沈む直前まで。
「また、会いに来てくれますか?」
「はい。必ず。予定の良い日はありますか?」
「いやだ。私はいつだって暇ですよ。あなたに合わせます。いつが暇ですか」
「では、来週の水の日と、土の日の午前10時にここで会いましょう」
リヒャルトは、迷う。また、あなたに会えるのが嬉しいです。と伝えるのか。あまりに好意を明け透けにして彼女に引かれないか。
いくら心の距離が急接近しても、隣り合って話した時間はまだ数時間。言いたい気持ちを抑えて、彼は帰りの挨拶をした。