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「ここがカルッテか」


 時は、第二次対魔人連合大戦終了後、50年経った比較的平和な時代。聖騎士第二隊所属、リヒャルト・バルデーは、王都から遠く離れた地方都市カルッテ村に配属された。なに、左遷なんてことではない。聖騎士には、三年間は地方での任務に当たるという義務があるため、リヒャルトはやってきたのだ。


 聖騎士と言えば、エリート中のエリート。リヒャルト自身、弱小貴族出身で第六隊からなら聖騎士隊の中で、第二位に当たる第二隊に所属出来るほどの猛者である。その上、目尻の下がった優しげな顔立ちとスッと通った鼻筋、唇は薄くいつも微笑を忘れない整った顔立ちの彼は女性に好感を抱かれて当然だった。それでも、彼はその誘いを全て断る。彼は生真面目で、本当に好きな人が出来ない限り付き合わないというのだ。

 それを聞いた王都の女性たちは、速やかにリヒャルトが誰にとられても恨まないという同盟を結び、彼から好感を抱かれるよう努力を重ねた。だが、それでも彼の心を揺さぶる相手は出てこなかった。


 そんな中での地方任務だ。彼女達は、ハラハラと焦っているに違いないが、やはり、リヒャルトの姿を見た村の女性は、全てが揃った男に、玉の輿を夢見て猛アタックを決めてかかった。


「リヒャルト様、この後のご予定は?もし、何もないのであれば、これから」

「申し訳ありません。私はこれからラッセルの森を見回りに行かなければならないので」

「あら、あそこに!!あそこには魔女が住んでいるって噂なんですよ。気をつけて下さいね」


 魔女狩りが行われていた時代は、とうに過ぎている。それでも、やはり遺恨は残っていて、彼らは迫害される対象からは抜け出せないでいた。その上、聖騎士は表向き、まだ魔女と対立していて悪魔、魔獣、魔女を忌み嫌っている者が殆ど。だから、媚びを売っていた女が、そんな助言をするのも当たり前だった。


「ありがとうございます。気をつけて行ってきます」


 聖騎士の仕事は、主に二つある。王の身辺の警護と戦の時の兵の統率を取る役割だ。しかし、後者は、戦がない限り必要がなく、王の身辺警護も実力と家柄が兼ね備わった第一部隊以外関係ないので、殆どの聖騎士の役は、兵士に加わり行う治安維持と魔に関する規制活動、魔界からやって来る魔獣の討伐だったり多岐に渡る。


 ラッセルの森は、村人が薪を取りに来るのに使う森で、比較的安全と言われているが、警戒は怠れない。だいたい、今時、薪で火を炊くのは遅れているとしか言いようがない。王都に精霊術が反映して10年、地方都市は王都から遅れて5年。生活で労力を使うものは、だいたい精霊術で補うようになっていても、老人は、なかなか新しいものを受け入れるのが苦手なようで、昔ながらの方法にこだわる。歳をとるということは、経験を積み、人としての厚みを増すだけでなく、頑固にもさせてしまうのだろうか。溜息を吐いたリヒャルトは、周囲に警戒しながら、村人も立ち入らないような奥深くまで立ち入った。


(やはり、ここら辺は魔獣もいないし、安全なようだ)



 そろそろ帰ろうとした時に、木々の小々波と共に聞こえてきた若々しい女の声。民謡のような聞いたことのないような音楽は、美しく儚く、リヒャルトの気を誘う。リヒャルトは、何を考えるでもなく、その声の主の所へ足を運んだ。


 森の奥深く、ギャップの中に大きな花畑があった。その美しさに見惚れた後、リヒャルトは息を飲む。中央に座る女の白髪の美しさにそうせざるを得なかったからだ。リヒャルトにとって、女性に見惚れることもましてや、顔もはっきりと見えない相手の髪だけに感嘆を抱くのは初めてのことで。そのことに大きな衝撃を受けながらも、この森の奥深くに女性一人いることの危険性に今更ながら気付いて、木々の間から姿を現わす。


「っ!!」


 途端にリヒャルトを見た女は、顔を驚愕の色に染めて、集めていた花も漫ろに立ち上がり逃げようとする。


「待って下さい。怪しい者ではありません」


 リヒャルトは、聖騎士の制服を着ている。怪しい者でないことくらい一目見ても分かるはずだ。それでも、女はあわあわと逃げるものだからつい、慌てて飛び出し、女の手を掴んでしまった。


「は、離してください」


 か細い声で、おどおどと今にでも逃げ出しそうにする彼女に、いつものリヒャルトなら手を離して、説明するのに、その時は、女が気になってしょうがなく、女の要求を無視して離し出した。


「申し訳ありません。私は、聖騎士第二隊に所属するリヒャルト・バルデーです。何故あなたはこんな所に?いくら比較的安全な森でももしかしたら魔獣が出るかもしれない。危ないですよ」

「大丈夫です。私は慣れてます」

「いえ、慣れているとかではなく、あなたのような女性が万が一」

「だから、大丈夫です!」

「っ!」


 女が振り返り、その顔が露わになる。美しい。まるで人形のような顔だった。その上、何もかもが白い。透き通る白い肌から大きな瞳に添えるまつ毛さえ真っ白。だが、微かにピンクに染まる頬や唇が彼女が生きている人間だという事を示している。


 女性の顔をジロジロ見るのは失礼にあたる。

 リヒャルトは、常識を思い出し、やっと彼女から手を離す。


 その時、きゅーっと、動物のような鳴き声が近づいてくきた。


「パァウル!」


 どうやら、彼女のペットと思われたそれは、黒いもふもふの毛皮に覆われた生き物で、丸い大きな瞳を持ったていた。


 そして、その黒い生き物には手足がなく、まん丸な形態をしている。


 その姿を目にして剣の柄に手をかけた彼は、すぐにその手を離すことになる。


「やめて!」


 彼女に止められたのだ。


「パァウルは、悪い魔獣じゃないわ。誰も襲わないし、人懐っこいし、良い子なの!だから、やめて。パァウルを見逃して」


 さっきまで、目を合わせることすら拒否していた彼女が、目を合わせて必死に募って来る。普通の兵士なら困惑していただろう。普通の聖騎士なら問答無用で殺していただろう。だが、リヒャルトは違った。


「分かりました。彼は危険ではないのですね?」

「えっ!」

「いえ、人に危害を加えないなら、良いと思いますよ?ところで、彼、でいいんですか?」


 リヒャルトの物分かりの良さに、きっと受け入れられることはないだろうと絶望していた彼女は、ぽかんと口を開けて絶句した。


「いいの?あなた、見たところ聖騎士なんですよね?それでも、見逃してくれるの?」

「だって、人に危害を加えないとあなたは仰ったじゃないですか。それなら何の問題もありませんよ」

「まあ、あなたがそう言ってくれるなら、私には願ったり叶ったりなんだけど。何で受け入れてくれるの?」


 それは、当然の疑問。聖騎士が魔獣を嫌っているのは、常識だ。

 キョトンとした顔で、リヒャルトを見る女にリヒャルトは微笑し、何故そんなに簡単に彼女の言葉を信じるのか、話し始めた。


 それは、彼と心優しき魔獣とのひと時が原因だった。彼が聖騎士になりたての頃、大きな魔獣との出くわしたことがあった。初めて見る魔獣に竦みあがり、彼は体に怪我を負い、崖から落ちてしまったのだ。幸いにも、崖の下は川で、そこで一命を落とすことはなかったが、足を怪我した彼はうまく泳ぐことができない。


 そんな時、近づいてきたのは、角の三本生えた狼の形態の、でも狼の二倍はある生き物だった。自然界にそんな動物はいない。明らかな魔獣で、リヒャルトはこれから行きたま食われるのか、と覚悟する。その魔獣はリヒャルトを咥えて川辺に上がった。さっきの戦いで剣は折れてしまった。もう駄目だという時、魔獣は怪我している部分をペロペロと舐め始めたのだ。

 最初は、血を啜っているのかと思った。けれど、しばらくして違うとわかる。魔獣は、彼を助けてたのだ。その上、心配している。


 最初は信じられなかった。彼は聖騎士になるに当たって、魔獣は悪と洗脳レベルで教え込まれてきた。それでも、現実は受け止めなければならない。彼は、頭が良く、柔軟な考えの持ち主だっだからこそ、受け入れられたのだ。

 彼が警戒を解くと、魔獣はこちらに背中を向けて来た。


(これは、乗れということなのか)


 自分の勘と目の前の優しき魔獣を信じ、彼はその背に乗る。すると、魔獣はゆっくりゆっくりリヒャルトが落ちないように歩き、遂に街に一番近い道にまで連れて来てくれた。


「ありがとう。君は優しいんだな」


 魔獣は、リヒャルトの言葉がわかるようで、また、リヒャルトの傷を舐めた。その時、リヒャルトの同僚の聖騎士が現れたのだ。


「リヒャルト!っこの、魔獣が!!」


 聖騎士は、素早く心優しき魔獣に攻撃をしようとする。


「止めろ!」


 リヒャルトは止めたが、間に合わない。普通の魔獣は攻撃性が高く、一回攻撃を仕掛けようものなら死ぬまで戦い抜く。だが、その魔獣は、聖騎士の攻撃を避けるとそのまま後退して去っていったのだ。リヒャルトは、その同僚に事の顛末を説明したが、信じようともしない。


 それでも、彼は、その時から魔獣は悪という、当たり前の常識に疑問を持つようになったのだ。






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