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黎明の準備

母親が作った目玉焼き、ベーコンをバゲットで挟み、おまけのサラダを胃の中に収め、雀の涙ほど残ったブラックコーヒーを完飲し、食器とカップを水に浸け、シンクに放置した。


今時分は時計の針が半月から一周した頃で、まだ登校しても校門の鉄門扉は施錠されているだろう。


電車通学をして、俺の家からでもおよそ30分を要するがそれでもまだ余裕がある。


時間が余り、手持ち無沙汰になった癒は本棚に整理整頓されているライトノベルをシリーズで机に積み上げ、一巻の一頁を捲り、忘我の境に至る前準備を果たした。


文字とイラストの世界を遊泳し、20分ほど経過したところで一冊を読了した。


そろそろ、準備しないといけない!と、了の語を目で捉え、いつもの癖で目頭を押さえた。


椅子から腰を上げ、登校前に喉を潤すため冷蔵庫から500ミリリットルのミネラルウォーターを半分まで飲み下した。



「ふぅ。じゃあ、行きますか」


リビングの床においていたスクールバッグを右肩に担ぎ、自宅の鍵を二重にロックし、家を出たところで忘れ物がないかをチェックして、二人で暮らすには空濶な我が家を後に学校へ出立した。




【3月11日】



子供も大人も老人も、凡そ人と概算可能な人影が殆どいない閑散たる住宅街を虚しくコツコツと革靴で奏でていた。


四叉路に差し掛かると、流石に人の姿がポツポツとだが、見えて来た。


そこに、いつも待ち合わせ登校をする腐れ縁的幼馴染み女子が白妙なMP3プレイヤーを片手に操作しながら、LED信号灯に体を預けていた。


暁日が彼女の色素の薄い青髪をクリスタルの光沢が如く輝かせた。


彼女が癒の足音に耳をそばだて、一方、癒は腐れ縁友人の光髪に目を眩ませた。



「今日はやけに早起きだな」



癒は家で眠気という悪魔を退治したつもりだったが、光髪に充てられ、睡魔が復活し、欠伸を誘導させた。


彼女はMP3プレイヤーをスクールバッグのサイドポケットに収め、イヤホンをカーディガンの胸ポケットに仕舞い、癒の後ろに付し、程近くにあるバス停へとゆっくり進む。



「ん、あぁ。もうすぐ、新学期だからかな」



路面に昨日降った雨が凍結した箇所を凝視していたこともあって、返辞をし損ね、とりあえず頭に浮かんだ事柄を適当に呟いた。


呟くと同時に、白い吐息を生じさせた。



「そう言えば、先週から入学式の準備をしているんだったな」



「そうね、もうすぐで私達も最高学年だしね。少し舞い上がっているのかも?」



「そうか。それで、若干目が腫れているのか?」



俺が通っている高校、私立静雪堂高校。


ここは都会と田舎の中間地点のような謂わば「休憩処」と地元民から公知されている。


都会校でなく、かといって、僻地校でもない。


マンモス校や進学校でなく、かといって、無名校やバカ校でもない。


アニメやライトノベルでよくある廃校の危局に直面するなんてことは一切ない。


特徴を強いて挙げるなら、とにかく寒い!ってことだろうか。


だから、冬場はウィンタースポーツが人気でスノースポットとして知られている。


それ以外では、特筆すべきことはないという悲しき事態でもある。


そして、俺と彼女は来年度から高校三年生に進級するである。


彼女、一年生と二年生と連続で同じクラスになった彩雨甘南は余り物の催事委員に選出され、ここ数週間の間は、放課後を準備に費やしている。


癒は「催事委員ってそんなに大変なのか」と胸中で思考して、異なる質問を投げ掛けた。



「あぁ、この腫れは深夜の番組を観てて、つい寝落ちしちゃって」



「どんな番組だった?」


「確か……旅行番組だったかな?海外の」


「内容は?」



甘南は昨日のテレビの記憶を辿り数秒の静寂の後、口を吐いた。



「乗り物に乗って、その土地の自然を巡る?みたいな番組だった」


「ふーん。まぁ、こことあまり変わらないだろうけどな。……ちなみに、どこだった?」


「えっと、オーストラリアの……グレートバリアリーフかな」


「全然、違うじゃねえか!」


「そうかな?」


てっきり、海外の田舎町だと高を括っていた癒は、一週間前の豪雪が雪消せずに、氷となった地面に躓いた。


幸い、癒は雪面の対応力は幼少から慣れたもので間抜けな局面は晒さなかった。


勿論甘南も、このような時局に陥れば、自然な身のこなしでピンチを回避可能である。


閑談に浸ること10分弱、バス停に登校予定時刻-7時26分発、私立静雪堂高校行き-のバスが到着し、二人しかいないバス停にプシューと二酸化炭素を排出する音を洩らした。




東雲が近郷に棚引いているのを窓から瞥見し、終点を報せるブザーが轟いている。


甘南、癒の順でバスのステップを降り、校門まで残り50メートルに位置する停留所で再び、他愛ない内容を展開し始めた。



「今更だけど、何で癒はこんな早朝に学校に来てるの?」



「ホント、今更だな。今日、日直だからだ」



甘南は、なおざりに、雑に疑問を呈した。


至極当然であろう確答を受諾したが、納得と、猜疑が脳内で同時に衝突した。


十歩ほど進むとその違和感も霧散し、今度は時季に合ったフレーズを口にした。



「そういえば、明明後日ホワイトデーだけど、何かお返しは考えてくれているの?」



「去年は何か返したかな?」



ポンっと、湯水が沸くように去年のバレンタインデーの様子を思い出した。


同時にむっ、とする出来事を思い出させてしまった。



「去年のお返し……何も無かったわよね」



「そうだったか?」



甘南が青筋を浮かばせるも、去年のこと去年のこと、と心に灯る焔を消火させ、低音量でMP3に収録された曲を聴音しつつ、癒の腑抜けた返事を受け止めた。


癒も今年のお返しは何かしなければいけないと第六感で察知した。



「そうだな、今年は一応考えているぞ」



「ふーん。……ん?今年は?」


薮蛇だった。


うっかりの失態を晒したが、石塊を目前にした泰然さで切り返した。



「去年は何も考えていなかった、ってこと?」



「いや、俺がイベント事に無関心って知っているだろ?」



「まぁ、知ってるけど。せめて、お返しするくらい考えても良いじゃない」



「俺が筋金入りのイベント嫌いって何度言えば分かる」



この問答は中学生の頃からの馴染みの台詞で、癒は中学以前、小学生時代からクリスマスパーティー、バレンタインといった行事に辟易しているのを甘南は把握済みだが、乙女心は複雑である。



「だから、今年は考えてるって言っただろ」


「わ、分かったわよ」



耳朶を上気させ、MP3の音楽は無音が流れているほど、鼓動が頭蓋を支配した。


甘南が思考の停滞に至っている事態に、癒は構わず校内へ地を鳴らしながら歩み出した。



「………………最後だからな」



甘南が茫然とし、心悸のリズムが落ち着き、癒との距離が7メートル程開いた折、小声

で洩らした。



憂いも嘆きも浮かばせず、淡々と学舎へ姿を消す。



どんなシチュエーションでバレンタインのお返しをしてくれるのかという妄想から復帰すると、癒の3歩後ろ大和撫子のように連れ立った。


チャイムの音色が、今日の始まりを告げた。










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