悪役令嬢は交渉したい
「ま…待ちなさい!」
路地に駆け込むやいなや、もうすでに暗闇に溶け込みそうになっている彼らに声をあげる。
動きがピタッと止まり、こちらを振り向いた様子がわかる。
「なんだ」
「ガキだ、放っておけ」
「けど、こいつと同じ服を着てるぜ」
相手は4人ほどといったところだろうか。会話から察するに、彼らが連れ去ろうとしたのは私と同じ学園の生徒らしい。ならば尚更見逃せないではないか。
どうしよう、どうすれば彼らが退散してくれるだろうか。正直怖い、すごく怖い。もし向こうが刃物なんて見せようものなら、いますぐ逃げてしまいそうになるくらいには怖い。
当てもないまま私はゆっくりと、そして威厳のある声で問いかける。
「あなた方が、今やろうとしていることは犯罪です。即刻彼を離してください」
すると彼らはなぜか急に黙り込む。暗いためどのような顔をしているか分からない。私はいけると踏んで、そのまま話し続ける。
「どういった経緯でこうなったのか、貴方達がなぜこのようなことをしているのか。私には全くわかりませんし、わかりたくもありません。しかし、少なくとも彼は抵抗し貴方達と共に行くことを拒否しています。彼を離してあげてください」
相手を威圧させるような、なるべく低い声で、落ち着いて。
一瞬の間があったかと思うと、彼らは急に大きな声で笑い出す。
唖然。
「ひぃひっひっ、あっはっはっ、はぁ、あー、んんっ、….はぁ、ったくよ、これだから、…ふふっ、貴族様と、お、おこちゃまはダメなんだよ、くっ。わかってねえなあ。なぁーんにも、ぶふっ、わかっちゃいない。ふふっ」
「ひぃーっ、あーはっはっうえっ、いひっげほっごほっ、ぶふふっ」
「そんな可愛らいしい、ていねーいな言い方で、俺たちがはい、すみませんでしたってなると思ってるのか?」
「ぎゃっはっはっ、やべえな、いひっ」
なんと下品な笑い方だ。思わず全身が火照る。よく分からないがとにかく、馬鹿にされたのだ。なに、私何か変なこと言った?
いや、というかそもそも笑いすぎじゃない?
なにも言えず黙っていると、仲間のうちの1人がこちらへと足を進めた。
ひとしきり笑い終えたのだろう、歩みを進めるにつれ、余裕の笑みが浮かび上がってるのがみて取れた。
思わず後ずさる。
「そのお友達を助けようという心意気は認めてやろう。だがな、お嬢ちゃん1人でなにができるというんだ。こっちへこい。このお友達と同じとこへ連れてってやる」
「…遠慮いたしますわ」
どうしよう、このままではきっと私は力でねじ伏せられてしまう。
あぁ、私はやはり馬鹿者だ。一時の感情に身を任せ、結果自身を危険にさらしているのだ。あのとき王子のいうことを聞いていれば、何か変わっただろうか。
いや、きっと私は後悔する。助けに行かなかったことを、見殺しにしたことを後悔するだろう。
兎にも角にもこの状況を打破するしかない。
私に残された道は2つしかない。
大人しく捕まるか、もしくは…
「い、今、警備隊の方がこちらに向かっています」
「……」
男の動きが止まる。
今私にできるのは時間を稼ぎ、彼らの隙を突くしかない。そして、捕らわれている男の子と一緒に逃げるのだ。幸い彼の足は、男たちに抑えられているだけで、縄に括られてはいない。
嘘だと悟られないように言葉を紡ぐ。
「私1人で、と貴方は言いましたが、そもそもこんなところに私1人で来たと信じ込んでいらっしゃるのが驚きですわ」
「…どういうことだ」
「そのままの意味です。何もできないか弱い私が、1人で来るはずないではありませんか。後ろでは警備隊の方が控えています。私が合図すればすぐにでも突入するでしょう」
男は黙って私の話を聞いている。
「もし今の状況がお分かりなのでしたら、即刻彼を離して、逃げることが先決かと思われますが」
「……」
くる。絶対に彼らが隙を見せる瞬間が。私の言葉を信じようと信じまいと、きっと彼らは内心焦っている。なぜなら、私は本来想定してなかったハプニングだ。つまり彼らの計画の中に、私と路地裏で仲良く談笑(一方的に笑われただけだか)は含まれていない。その分彼らの計画には誤差がでているはず。時間的余裕はない。
一瞬でいい。一瞬でいいから私から視線を外したその瞬間、そこが勝負だ。
ぐっと拳に力を入れる。
そしてその瞬間は唐突に訪れることになる。
「えっ…」
ドスッと鈍い音が路地裏に響く。
なに、なにが起こったの。
思考が働くよりもさきに身体が倒れこみ、気がつくと目の前には地面が…
え、なにこれ
下腹部が痛い。ズキズキどころじゃない、気持ち悪い。熱い。今にも吐きそうだ。
まさか、と頭が回り始める。
「お、おい、いいのか」
「連れ去るにしても、キズモノは高値で売れねえ」
「見た目さえ綺麗なら大丈夫だ、キズといっても腹にできるだけだ」
「警備隊が来てるらしいからな、早いとここいつも連れて逃げる」
あぁ、そのまさかだ。
私に隙を見せるとかの話じゃなかった。
自分が甘かった。砂糖の蜂蜜漬けの如く私が甘すぎた。
ぎこちない動作で下腹部を触ると、ヌメッとした感触がある。
血が出てる、痛い。刺されたのだ。
そんな私に構わず、彼は私の頭を掴み上げ顔を確認する。
思いっきりギロッと睨んでやったけど、まったく気にもとめてない。
「…こいつは良い値がつきそうだ」
そりゃあそうですとも。
なんてったって見た目だけは美人で可憐な悪役令嬢様ですからね。
なんて言葉も今は口から出そうにない。
震える手で相手の手首を掴む。
「は…離して」
けど、相手はそんなこと聞いてもいないようで。
だんだんと意識が遠のいていく。
下腹部が熱い。あぁ、この感触前にもあった気がする。思い出したくない感触だ。
それと同時に前世のこともフラッシュバックする。
確か前刺された時も、こんな感じだった。相手が何やら動いて、話をしたり、怒鳴ったりしてるみたいだけど、まったく頭に入ってこない。何も考えずにテレビを流し見しているようなそんな感じ。
あぁ、幻覚見え始めた。目の前が歪んでいく。世界が回り出したようだ。
幻聴も聞こえる。聞いたことのある声だ。懐かしくて、昔からずっと聞いていた暖かい声。
返事をしなくちゃ、はやく、へんじを。
わたしを、よぶ、こ…え、に……