悪役令嬢は街へ行きたい
みなさまごきげんよう。
カレン・ヴェルディです。いかがお過ごしでしょうか。
私はというと、さきほど街に向かっていたはずの馬車が急停止いたしました。そのせいかどうかはわかりませんが、王子にぐっと肩を掴まれています。痛いです。そして怖いです。
しかも「おまえの思い通りになんかならない」なんて言われて、私、どうしたらいいんでしょうか。
さあーて、来週の悪役令嬢さんは
・悪役令嬢、宣戦布告される
・バカ王子、話を理解できてない
・馬車の従者、困惑
の3本です。来週もまた見てくださいね!
なんて、きっと誰も見ない、誰も見たくない悪役令嬢さんである。時が止まったような車内での現実逃避。
いや、なんなのよ、ほんとうに。来週に逃げてしまいたいよ、息苦しい。私、なにか悪いことしたかな…。
いや、したか。うん、した。
婚約破棄を提案するとか、この世界においてありえないもんね。前世の記憶が戻った私は、きっと前世と今を混同してしまっている。
ただ納得いかないのは、なぜそこまで怒られなくてはならないのかということ。別に、強要しているわけでもなく、ただただ提案しただけであったというのに。
反応に困っていると、トントンとドアを叩く音がした。
「あ、あの、アダム様どうかされましたか」
どうやら従者のようだ。なんだかすごく申し訳ない。
「街までもうすぐですが、降りられたいということでしょうか」
「お、降ります!」
そう叫んだのは私。
チャンス、と思った瞬間に言葉に出ていた。この場から、この空気から逃げ出すチャンスだと。
そしてそのまま王子の手を振り払い、ばっと馬車の外へと飛び出す。従者の方はひっと小さな声をあげていた。
…ごめん、いきなり飛び出て。
王子も唖然とした表情でこちらをみている。
ごめんなさい。
「あっ…あ、あら、私ったら、ちょっと馬車で酔ってしまったようです。その、外の空気が吸いたくて、つい」
うふふっと可愛らしく笑うが、誤魔化しきれていないのは明らかである。流れる空気は微妙なまま。
いや、まあ仕方ないといえば仕方ないんだけど。
それに私は悪役令嬢だ。どれだけ可愛く笑おうと、他者から見れば悪魔の笑いにしかみえないだろう。
んっと軽く咳払いをし、私はシャキっと居住まいを正す。
そして軽くスカートの裾をもち、お辞儀をした。
「はしたない姿を見せてしまって申し訳ありませんわ。私は気分転換もかねて、このまま街まで少し歩かせていただきます。アダム様はそのまま馬車に乗っていってもらって構いませんわ。街の入口で待ち合わせましょう」
できれば王子と一緒の空間に居たくない。あんな微妙な空気の中で、一体何を話せばいいのだろうか。一緒に街へ行こうだなんていった昨日の私は殴ってやりたい。
「いや、僕もおりよう」
「え」
「なに」
「い、いえその、やはりすぐとは言っても従者もいない中で王族であるアダム様が外を歩かれるのは危険かと」
「それは君だって同じだよね。それに、婚約者を一人で歩かせたとあっては、王家の名に傷がつくよ」
「しかし」
「なに、まだ何かある?」
いつものキラキラした王子スマイルを私に向ける。
あ、だめ、苦手なやつ。私はこの王子のスマイルにすこぶる弱い。
王子は馬車を降りるとその従者に向かって先に帰れと、そして向かえは二時間後で構わないと指示を出す。従者は少し困惑しながらも、かしこまりましたと軽く会釈をし、馬車を走らせ元来た道へ戻っていった・
再び二人きりとなる私たち。
生暖かい春の風が吹く。
泣きそう。
「何をぼーっとしてるの?行くよ」
「…ええ」
そしてそのまま二人で並んで歩き出す。
クリーム色の家が立ち並ぶ道は、綺麗に舗装されいる。一応私たちが今いるこの場所も、「町」ではあるのだが、馬車で向かっていた「街」ではない。市場や雑貨屋などの店がなく、ただただ家が立ち並ぶ、いわば住宅街のようなものである。まるで絵画を見ているような端正な町並みは静寂に包まれおり、ほんとうに人が住んでいるのか心配になる程だ。
あぁ、息苦しい。
このままいけばあと5分ほどで着く道のりも、一時間以上歩かなければならないのではないかと思うほど長く感じられる。
どうしよう、この空気の中何を話せばいいのか。
「…さっきはいきなり怒鳴ったりして、ごめん」
「え」
本日二回目の「え」である。唐突な謝罪。あまりの突然さに困惑してしまう。だいたいあの俺様暴君王子が謝るとはどういう風の吹き回しだ。
「女性はもっと丁寧に扱わないとね」
その言葉と共にキラキラスマイルが私にボディーブローをくらわせる。
なるほど、今は完璧王子モードに入っているのだ。まあ仕方ない、と内心は納得してしまう。
一度外へでてしまえば、私たち貴族は常に誰かに見られていることを意識しなければならない。ゆえに彼は、この人気のない住宅街で誰かが聞き耳をたてている可能性を考慮し、この王子様モードに入ったわけだ。
つらい。
なにがって、さきほども言ったとおもうが、私はこのキラキラスマイルおよび王子モードにすこぶる弱い。強く出ることができない。
ゆえに、つらい。
ええ、そうですわねなんて言いながら、なるべく王子の顔を見ないよう前を見据える。
もうすぐ、もうすぐで街につく。この微妙な二人だけの空間から脱出できるのだ。頑張れ、頑張るのよ、カレン。なんて自分自身を鼓舞しながら歩みを進める。
あぁ、もうすぐ、もうすぐだ。あの路地を右に曲がって抜ければ、賑やかな街へと出られる。
もしかしたら少し急ぎ足になっていたかもしれない。とにかく早く到着したい気持ちが強くただただ前を見据えていた。
しかし、
「おい!」
「離せよ」
「そこ抑えろ」
そんな強い思いを抱えていた私も思わず足を止めるような出来事が目の前に飛び込んできた。
「おいっ、くそ、離せ」
「早くロープを持って来い!」
「誰かこいつを黙らせろっ」
まるでドラマでも見ているようなワンシーンに目を離すことができない。
いま目の前で繰り広げられているのは、赤髪の少年が数人のガタイのいい男たちに囲まれ、街とは反対の路地裏へ連れ込まれようとしているところ。
「ア、アダム様、あ、あれ」
「…人攫いだね」
王子は苦虫を噛み潰したような、嫌悪感を顕にした顔をする。
人攫い。
その言葉にドキリとしてしまう。そしてなにより、目の前で犯罪が行われようとしている事実に、目を背けることができなかった。助けなきゃ、助けなくては、あの子が連れ去られてしまう。
「わ、私、あの方々を止めてきますわ」
「なっ、ダメだ!僕たちではあの大人たちにかなわない。むしろ、返り打ちにされ、僕らも売られることになる。街へ行って大人を呼ぶ方が聡い判断だ!」
「しかし、きっとその間に彼は連れ去られてしまいます!」
ぐっと彼は詰まる。わかっている、きっと彼も分かっているのだ。しかし、彼は私よりも賢いから、大人を呼ばず彼らを止めに入ったあと、そのあとの被害の方が大きいと考えている。王子は私の腕を掴み、目線を合わせた。
「僕らは貴族だ。貴族がさらわれ、行方不明になったとあれば、この街そして僕らを送り届けた従者、色々なところに被害がでる。迷惑をかけるんだ」
真剣な眼差しに思わず息をのんでしまう。あぁ、どうしよう、もう彼らの姿はほとんど路地の中へと消えていってしまおうとしている。
どうすればいい、私は、彼らを助けたい。でも助けられる可能性は低い。
他の人を呼びに行っている時間などない。
私はあの少年を見殺しにしなくてはならないのか。見て、見ぬふりをしなければならないのか。
心のどこかで、諦めかけたとき、ふと頭の中にだれかの言葉がよぎった。
『先のことばかりを考えて、今が見えなくなっているのなら、それは滑稽なことです』
「……先のことばかり考えて、今が見えなくなっているのなら、それは滑稽…」
私はなぜか、その言葉をそのまま口にだしていた。王子は驚いたような目を私に向けている。
私も正直驚いていた。とても不思議な感じがする。自分の言葉なのに自分ではないような、自分の中にもうひとり誰がいるような、そんな感じ。
「滑稽…?」
『きっと今行動しなければ、未来の私は今の私を軽蔑するでしょう』
「…きっと、今行動しなければ、未来の私は今の私を軽蔑します」
「カレン…?」
『わたしが』
「わたしが」
『やるべきだと思ったことを』
「やるべきだと思ったことを」
『「止められる権利など、誰も持っていないのです」』
「わたしは、彼らを助けます!」
気づけば王子の手を振り払い、わたしはあの男たちのもとへと走り出していた。