悪役令嬢はフラグを回避したい
「今日は入学式ということで、学校はこれで終わりです。放課後は自由ですが、かならずそれぞれの寮の門限までは帰る様に。それではみなさん、ごきげんよう」
……気づいたら学校が終わっていた。
あの校門前で膝から崩れ落ち、今現在私が置かれている状況を把握したあたりから記憶がない。気が付いたら入学式が終わっていて、教室に案内され、もう学校は終わっていた。
ちなみに私の席は、窓側の最前列。目立つようでそれほど目立たない、しかも出入りのしやすい、なんともいい席ある。
あぁ、カミサマ。なんということでしょう。私、カレン・ヴェルディはプレイしたことのない乙女ゲームの世界に転生してしまってようです。
あれから何度も、本当にプレイしたことがないのか、なぜプレイしなかったのかを考えてみた。
そして答えはでた。
この乙女ゲーム、私の中の地雷男子しかいない乙女ゲームだったのだ。それゆえに、大まかなあらすじを知った時点でプレイしなかった。
自分で言うのもアレだが、私は乙女ゲームにはかなりこだわりがある。それこそ、手当たり次第になんでもプレイしていたわけではない。
パッケージのイラストの好みから入り、そして攻略対象の属性、ストーリー、それらを総合的に見て、乙女ゲームは慎重に選んでいた。大好きだからゆえに、慎重に!
そしてこの「ラブキス」の世界は私の中の選考からはずれた乙女ゲーム。
オープニングはCMで見たから知っていた。悪役令嬢断罪イベントは、プレイしていた友人から大まかであるが聞かされた。ゆえに細かいところまではわからないが、とにかくどのルートにおいても国外追放or死亡していたことは覚えている。
あとは、ヒロインと攻略者。
これは公式のホームページや友人の話で聞いている。印象に残っているのは、攻略者が全員なんらかの裏人格を持っていて、どいつもこいつも私の好みではなかったこと。
だからプレイしなかった。
ああ、どうしましょう。
破滅フラグしか見えない……。
ため息をつき、私は両手を頬にあてる。傍から見れば、何かに悩む儚い物憂げな少女だが、中身が中身、考えていることは、その容姿からは到底かけはなれている。
周りの生徒は少しずつ教室をでていっていた。
ほんっとに誰だよ、強くてニューゲームとか言ってたやつ!ぜんっぜん、強くないし、なんなら結末は知ってるけどその過程はまったくわからないのでどうしようもありませんっていう無脳だよ、ばか!
誰だ言った奴!そうか、わたしか!私だったな!
なんて一人突っ込みをしている場合ではない、何をやっているんだ私は。
とりあえず今わかっている状況だけでも、整理しなくてはならない。
ノートを取り出し、私は現在わかっていることを書き出していくことにした。
まず、この世界は「ラブキス」の世界。
確か、どこにでもいるような普通の貴族だった少女が、この聖パララチア学園に入学してくるところから始まったはず。そう、そこまではCMでみた。
ヒロインはどこにでもありふれた貴族の一人娘なのは知っている。ただ、知っているのはそれだけ。
そして次に攻略者たちだが、全員で六人。これはもう公式ホームページを見たり、友人から話をたくさん聞かされたからよく覚えている。
一人目はヒロインの幼馴染である「アキラ・マルチアート」。小さい頃からヒロインのことが好きで、何かと気にかけてきた、王道わんこキャラ。茶色の短髪を軽くオールバックにしていて、人懐っこい笑顔が特徴的だ。純粋で「まったく、〇〇には俺がいないとダメだな」みたいな、若干ツンデレ感をだしてくるわんこだが、その裏では全て計算して行った行為であるという、ゲス野郎。自分を良くみせるために、わざわざ不良を雇ってわざと襲わせたりするのだ。なんだこいつ、犯罪者じゃないか。
二人目は同じクラスになるチャラ男「チャーリー・ウェリキュリア」。少し長めの金髪の髪を後ろで束ねている、THE遊人。「おはようハニー」などと平気でいう、ただのチャラ男。私にとってはもうこの時点でダメなのだが、その裏の人格は「お願いだれも僕から離れていかないで」系執着泣き虫野郎。女遊びしているくせに、いざ、ヒロインが違う男と歩いていようものなら泣いて抱きつく、良いところがまるでないダメ男だ。
三人目は教師である「アンドレア・ヘーベリウス」。体育教師で誰からも好かれるような近所のお兄ちゃんタイプ。体育教師のくせに色白細マッチョで、紺色の短髪。女子生徒からの人気があつい。まあまず教師が生徒に手を出すな、というところから突っ込みたいけどまあそれはゲームの世界、気にしちゃダメ。裏では補修だなんて言いつつ、すぐにエロいことしようとしだす変態クズ野郎。女遊びをしているとかいうより、ただの性欲モンスター、犯罪、ダメ、絶対。
四人目は一つ年上の先輩「リアム・メテオノーレ」。鋭い目つきで銀色の髪をしている。無口であまり喋らないキャラであり、まあいわゆる不良。こいつはもう裏人格というかなんというか、まあ見た目からわかるんだけど、思い通りにならないことがあったり暴力にモノを言わせる系男子。ヒロインには嫉妬心を露わにするヤンデレ。無口のヤンデレほど怖いものはない、頼むからなんか喋れ。怖い。
五人目は一つ下の後輩「エティエンヌ・ヴァルハラナイツ」。赤髪を軽いマッシュにした感じの可愛らしい男の子。そしてまあ、あざと可愛い感じで「先輩♪」なんて甘えてくる弟キャラ。そしてこれもありがちだが、裏では自分に寄ってくる女の子を手駒にして遊ぶサディスティック野郎。最初はヒロインも女の子コレクションにしようなどと寄ってくる。確かこいつだけはどんなに親密になっても、エンディングの最後までSであることを隠し続ける、徹底したぶりっ子って、友達が言ってたはず。
そして最後、六人目は……
「ねえ」
びくっ
え、な、なに、誰!
思わずばっと顔をあげる。
入口に立つ人物、そこにいたのは、そう、まさに、今書き出そうとした六人目の攻略者。
「ア…アダム・ピティストーム……」
そう呼ばれた彼はピクっと片眉を上げた。
アダム・ピティストーム。金髪碧眼でまさに王子。このゲームにおいて最も人気の高かったキャラクターであり、この国の王太子をしている人物。常に笑顔で、女性に優しいジェントルメン。
そして、私の婚約者でもある男。
「ねえ、きみはいつから、僕のことを呼び捨てにできるくらい偉くなったのかな?」
素晴らしい笑顔で、彼は私につめよる。ガッデム…
「も、申し訳ありません。いきなり声をかけられたものだからびっくりしてしまって…」
「ふーん、じゃあいきなり声をかけた僕が悪かったんだね」
「いえいえいえいえ!とんでもないですわ」
なるべく平静を装い、今まで広げていたノートを閉じる。
見られてない?見られてない、よね?よね?
この男、普段は温厚で優しい王子様というキャラを作っときながら、実は超俺様っていう暴君王子。
それでいて、私ことカレン・ヴェルディは親同士の決めた婚約者であるこの男に好意を寄せていた。そう、以前までは。
今の私は知っている、その笑顔に隠された裏の顔を。
だからたとえ現段階において私の婚約者であろうとも、私は彼と関わっていくつもりはない。
私がこの世界で幸せに過ごしていくには、この世界で生き残るためには、今あげた六人に極力関わらず、なんならヒロインとの恋を応援してあげることが一番なのである。
よってこの男は、私に一番近い分要注意人物であるのだ。
「わ、わたくし、用事を思い出したので、失礼させていただきますわ」
さっさと荷物をまとめ席からたちあがり、逃げるようにその場をあとにしようとする。
帰ろう。今日はもう帰ろう。
ちなみに学園に入学した段階で、生徒は強制的に寮へと入れさせられる。男子と女子で分けられており、その両方とも異性が入ることは禁じられている。つまり、寮にさえ帰ってしまえばこの男と接触しなくて済むのだ。
「では、ごきげんよう」
おほほと口元に手をあて、彼の横を通り過ぎようとした、その瞬間、
「待ちなよ」
ぐっと腕を掴まれ、引き寄せられる。ひぃっ、ち、近い!
「この僕が、わざわざきみの教室まで迎えにきてるのに、先に帰るってどういう神経してるのかな?」
「え、えーっと」
崩すことのない素晴らしい笑顔、輝いていらっしゃいます。
まあそのせいで冷や汗は止まらないんですけど!
「大体、昨日君が僕にしつこく入学祝いが欲しいだのわけのわからないこというから、時間とったのに、置いて帰るとかなに、この僕に恥をかかせたいわけ?」
き、昨日!?そ、そんなこと言ったっけ……?
『アダム様!わたくし、入学祝いが欲しいんですの!』
『は?入学祝い?』
『そうですわ!二人が入学した記念の日ですもの、デートをかねて一緒に買い物に行きましょう』
『僕、毎日忙しいし。きみに時間割いてる暇、ないんだけど』
『少しぐらいなら、お時間ございますでしょう。連れて行ってくださいませんこと?』
『興味ないんだけど…』
『私は婚約者ですのよ!私の言うことが聞けないんですの?』
『……はあ』
『連れて行ってくれないというのであれば、わたくしにだって考えがありますわ。国王殿下には、なんとでも口は効きますのよ』
『…めんどくさいなあ』
『明日の放課後、校門前で待っていますから、絶対に来てくださいね』
あー…言っていた、昨日の私、そんなこと言ってた。
さらに冷や汗がとまらなくなる。
「この僕が、わざわざ校門前まで行ったのに、いないし。そのまま帰っても良かったんだけど、待ち合わせすっぽかされたってなったら王子として、面目が立たないでしょ」
「そ、そーですわね…」
「そのくせ様子見に来たら、帰ろうとしてるって、本当にきみ、何がしたいわけ?」
言葉に凄みが増していっていいらっしゃいます。笑顔なのが余計に怖いです。
「よ、用事をお、おもいだっ、思い出したんですわ」
「は?王子である僕より優先させる用事?」
「い……え、そ、の」
「用事と僕、どっちを取るのかな」
笑顔が目の前に迫ってくる。ああ、カミサマ、絶体絶命とはこのことを言うのでしょうか。
昨日までの何も知らない無知な私よ、どうか豆腐の角に頭をぶつけてお亡くなりになってもらいたい。
自分で自分の首を絞めることになろうとは、思ってもみなかった。今の状況で、残された私の道はひとつ。
「も、もももちろん、ア、アダム様ですわ」
ああ、これってもしかして死亡フラグへと突き進んでるんじゃないかしら。