プロローグ
あぁ、なんということだ。
ゴォーン ゴォーン ゴォーンという時計台の音を聞きながら、私、カレン・ヴェルディは聖パララチア学園の校門で立ち尽くしていた。通り過ぎる生徒からの視線がちらちらと刺さるが、そんなことは気にしていられない。
まさか、このタイミングですべてを思い出すなんて。
見たことある建物だと思っていた。何かデジャヴのようなものを感じると。そして時計台の鐘が鳴った瞬間に全てを思い出す。
ここは、乙女ゲーム「ラブ・キス〜永遠の愛を〜」の世界であることを!
そして私はその世界の悪役令嬢として転生したのだ。
いや、もうほんと泣きたい。なんでよりによって悪役令嬢なんだ、ふざけんな、馬鹿野郎。神さまの馬鹿野郎。
ヒロインなんて可愛いもんじゃない、私はその世界の悪役令嬢として転生していた。
「ばかやろうっ…」と振り絞るようにつぶやきながら、私はそのまま膝から崩れ落ち、手を地面につけうなだれる。それに合わせ、キラキラとした金髪も地面へと垂れた。
ていうか、思い出すタイミング、前世を思い出すタイミングだよ、考えろよ神様。
「ラブ・キス~永遠の愛を~」通称「ラブキス」は、この聖パララチア学園の入学式の鐘の音から物語はスタートする。そして今、私はその鐘の音を聞いて前世の記憶がフラッシュバックし、すべてを思い出したのだ。
どうする、どうすればいい。とりあえず、状況を整理しよう。
私の前世はどこにでもいる普通の女子学生だ。少し、乙女ゲーム好きの。それなりに毎日楽しくやっていたし、各別不安などなかった。そしてある日、まるでそれが運命であるかのように、当下校中の私は世間一般で言う「通り魔」という輩に刺され、死亡。いまに至るというわけだ。
「いや、納得できねえわ!」
思わず声に出てしまい、通り過ぎる人々はさらに私に対して奇怪な目を向ける。ちらほらと「何かのご病気かしら」という言葉も聞こえた。
安心して欲しい。病気ではない。
とにもかくにも私はこの状況を飲み込んで、この世界を生き抜いていくしかない。問題は、私がこの世界において悪役であること。そしてその悪役の運命はどう転んでも、国外追放or打ち首であるということである。
はい、笑えない。
笑えないよカミサマ!な、なんでよりによって悪役令嬢なの!?しかもバッドエンドしか用意されていない悪役令嬢…。私に死ねと、死ねとおっしゃっているのかあなたは!
…まあ、ここで文句を言っても仕方がない。私はとりあえず深呼吸をする。
そうだ、何を焦る必要がある。言うなれば私は今、すごい状態なのだ。なにがすごいかというと、前世から転生したということはつまり、私はこの世界の未来を知っているのだ。わかりやすくいえば強くてニューゲーム状態なのだ。すごい、私すごい。大丈夫だよ、私。
なんだ、なにも病む必要はない。私はこの世界の、この学園の未来を知っている。ふふふ、私を簡単に国外追放もしくは打ち首にできると思うなよ!私はこの世界で、うまいこと生き抜き、そのバッドエンドを回避してみせるからな!なんならヒロインとも仲良くなって、その恋を応援する友人Aになってやんよ!
そこで私ははっと気が付く。そうだ、そうだよ、私、ヒロインと友達になっちゃえばいいんじゃん。そうすれば、ヒロインと攻略者はハッピーエンドを向かえつつ、私はその友人としてハッピーエンドを迎えるんだから…。
え、私天才かもしれない。
よし、じゃあとりあえず、ヒロインと一歩お近づきになるためにも、入学式当日のイベントを思い出して…、て……て…
の、ところで私の思考は停止する。
……え?
ま…まって。まてまて。
お、思い出せない、入学式当日のイベントを。あ、あれかな、今記憶取り戻したばっかりだから、ちょっと混乱してるとか…。いや、まって。それどころか他のイベントもまったく思い出せない。思い出せないっていうか、これって…
そこで私は重大なことに気づく。
私はそもそもこの「ラブキス」をプレイしたことがない。思い出せないのではない、知らないのだ。プレイしていないのだから当然である。
そして今までわかっていたかのように語っていた「ラブキス」の内容は、すべて友人から聞いた内容であったことを。