1 平凡な日々
本作は前作「イワシのテル」の続編となっております。
一応、大量に説明文が入っていますので初めての方でも読めるようにしてあると思います。
思うだけですので、読みにくいかもですがご了承くださいませ。
主人公テルの概要が長々と書いてありますのでその部分を飛ばしたい方は文中の
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で挟まれている部分は飛ばして読んでいただいても結構です。
平凡な日々、平凡な日常。
少し前まではあり得ない、そんな平凡な日常をテルはかみしめていた。
朝に目を覚ますとベットの天井が見えたのだ。
人間であった過去であればそれは普通の、当たり前のことであっただろうそれが、今では全然当たり前ではなくなっている。
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テルは人間だった。
『だった』ということからわかるように、テルこと佐賀輝彦は現代日本で一度死んだ。
不摂生がたたったのか運動不足がたたったのか。原因はおそらく色々あげられるだろうが、死んでしまった後のテルとしてはどうでもよかった。
少しオタク気味な40歳のサラリーマン人生は、そこで確かに終わったのだ。
そこでハイ終わり、とはならず気がつけばエンマ様の前。
聞けば神様や魔法がある世界に記憶を受け継いでいけるとのこと。この時は言われなかったが自分の能力を確認するステータスを見る力もあった。なんだそれ? ゲームか? 最高じゃないか! と喜び勇んで飛びつけば、生まれた輝彦はイワシだった。魚類だった。
輝彦はそこで野生の厳しさを叩き込まれ、自分の命を守るのすらギリギリの生活をしていた。弱肉強食を絵に描いたような生活を経て、支配者と呼ばれるやつから力を借りることができた。
弱肉強食を生き延びた100匹の兄弟達と一緒に、ジンカの業というやつで魚から魚人へと進化した輝彦、改めテルであった。
アーラウト海域と呼ばれるこの海のボスである魚人を倒し、そこの支配者であるスイカをとっ捕まえ、テルをジンカした支配者タコスがここのボスになったのである。今は生活していくためにそのタコスのサラリーマンになったのだった。
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海の中でベットというのも変な感じではあったが、それなりに疲れが取れたということは効果があったのだろう。もう慣れたものであった。
「んんんーーーっ!!」
ベッドの上で体を起こしたテルが1つ大きく伸びをすると、口の中から元気な声が聞こえてきた。
「んんーーっ! テルさん、おはよーッス」
その言葉にテルは口の中に手を突っ込み、そいつの襟首を掴み目の前に引っ張り出した。テルの指の先にはクリーム色の大きなひとまとめの髪を背中まで伸ばした小さな小さな少女がいた。
「おう、おはような、ノエ」
「あらら? テルさんひどい顔ッスねー。顔洗ってきた方がいいッスよ」
「寝起きだからな」
そう言ってノエを口の中に入れるテル。別に食べたわけではない。
このノエ、実は口の中に生息している寄生虫なのだ。人型なのはテルのジンカの余波を受けたからだ。少し珍しい魚人で、体の大きさを今みたいな5cmくらいから1mくらいに変えられる。
そして基本的にはいつもテルの口の中にいるのだ。
テルはノエに言われた通り顔を洗いにいく。
ひどい顔は寝起きだからしょうがない。洗っても戻らないなら、まあ、その時はその時。
元の顔はどうしようもないので、いさぎよく落ち込む予定である。
顔を洗い居間に来ると、食卓に美味しそうな食事が出されていた。白いまるっとしたかたまりで白パンのように柔らかそうだ。それが食卓の真ん中のザルに適当に山と積まれ置いてある。
パン見たいな見た目をしているが「パル」というものだそうだ。原材料的にはどちらかというと、日本でいうかまぼこやちくわが近いかもしれない。
魚をすり身にしたものに個人の嗜好で海藻やプランクトンなどを入れ、軽く熱を通した食料だ。魚人達には広く食べられる主食である。
テルは最初、共食いじゃないかとも思ったが、魚人になるとそこらへんの常識は薄れるらしく、魚はエサくらいにしか見えない。話しかけて来るものに食べる抵抗がないというのもすごい話だが、そこらへんはテルにもよくわからない。
現代日本でもスーパーで食材を買っていたテルは、きっと屠殺などはできないと思う。そんなテルでもパルの形になれば食べれるのだから現金なものだと自分で思う。
台所からパルの美味しそうな匂いをさせて美女が出てきた。
白いエプロンを外し、テルに気づいてニコッと笑う。
サメのフーカだった。
フーカは高身長の美女で160cmくらいのテルよりも一回り大きかった。テルの戦闘に巻き込まれ親と兄弟をなくしており、そのためテルが責任を持って保護している。
「おはよう。テル」
「おはよう、フーカ。ご飯の用意をさせてすまないな」
「大丈夫だよ」
テルよりも早く起き朝ごはんの用意をする。
驚異の0歳児であった。そう、0歳児であり本来なら赤ん坊である。
責任を持って保護しているのだ。はたからみれば保護者形無しであったが。
「私はパルが大好きなの」
そう言って食卓に着くフーカ。水の抵抗を受けて胸にある大きなものがダイナミックに揺れた。
驚異の0歳児であった。
テルの鉄の意志が表情筋をゆるやかに殺し、何事もなかったように食卓につく。
責任を持って保護しているのだ。
保護対象に手を出すことは薄い本なら大好物であるテルも、さすがに3Dではためらわれる。
「「「いただきます!」」」
3人の元気な声が食卓に響いた。
ここは世界にある7つの海のうち、アーラウト海と呼ばれる海域であり、その中心部であるカリウム城であった。
カリウム城はひらけた平地に立っており、城を中心に街が形成されている。
城から道が十字に伸びており、城に近い順に貴族街、平民街、スラムとなっている。また、道の両隣には商店が軒を連ね商売の呼び込みが今も飛び交っていた。
朝食を終えたテルはフーカ、ノエと賑やかな大通りから城に向かう。
テルが住んでいるのは貴族街に位置する場所で、その一軒家を特別に割り振られている。
兄弟たちは集合住宅に住んでいるのでテルは遠慮したのだが、周りの兄弟たちからもテルは別の家がいいと言われ、フーカの面倒も見なければいけないためありがたく受けたのであった。
…実際はテルがフーカのお世話を受けているのだが。
「フーカ。稽古は楽しいか?」
「うんっ」
通りを抜けながらテルはフーカにたずねる。フーカは稽古を受けているのだ。それは大人でも「勘弁してくれ」と言いそうなぐらい辛い稽古を。
しかし、当のフーカは心の底から楽しんでいるようにテルの質問に頷いた。
それを見てテルは安心するような、ハラハラするような複雑な心境だった。
テルはこの海の支配者、タコスにサラリーマンとして仕えている。城に向かうのは観光などではなくれっきとした仕事のためだった。
仕事場にまだ0歳のフーカを一緒に連れて行くのはよろしくない。
しかし、フーカを引き取ったテルとしては、家に1人フーカを置いていくのは非常に心配なものでもあったのだ。
かんがえてみれば0歳児を家に置いて安心できる家族というのも稀であろう。
その為、テルがしたのは不謹慎と言われてもフーカを一緒に城に連れて行くことだった。
しかし、体が大人でも頭は0歳児である、とは決していえないのが不思議なのだが、とにかく、じっとしているのはフーカは耐えきれなかった。
それでも迷惑をかけないようにじっとしていたフーカをテルが見かねたと言ってもいいだろう。
テルは魚人の兄弟達に頼んで、フーカに武術の見学をしてもらうことにしたのだ。
…テルが仕事を終えて戻ってきた頃には、フーカはその才能を発揮させていたのだが。
しばらく泳ぎテルたちが城に入ると、テルの兄弟である史郎と奈美が練習をしているのを見かける。
「てやっ!!!」
「ほっ! とぉっ!」
ブンブンッ!
ヒュンブンッ
史郎の棒の突きを流れる身のこなしで避け、懐に入り込む奈美に横薙ぎに払った棒が襲いかかる。それを奈美は姿勢を低くして、払った棒のさらにその下から滑り込む。
とんでもない体の柔らかさである。そもそも開脚180度みたいなポーズで棒の下に滑り込むこと自体、体の硬いテルには無理そうだった。
そこから立ち上がりつつ繰り出される奈美の拳が下から史郎を襲う。
ガッ
とっさにあげた史郎の足の裏で止められる拳。
「腕を上げたな」
「あっ、兄さん」
「すきありぃ!」
ばきっ!
酷かった。
決着がついたかと思って声をかけたテルもテルだが、テルの声に反応し笑顔で返事をした史郎を隙だとみて殴った奈美も大概酷かった。
結構吹き飛ばされてノビている史郎をほったらかして奈美がくる。
「兄さん、きてたんですね。どうですか、私の戦い?」
「あ、ああ、頼もしいな」
うまく言葉に出せないテルであった。同情的な目をついつい史郎に向けてしまう。
この2人はテルが以前編成したイワシ魚人の部隊のうち、武器をメインにした戦いをする部隊長が史郎、拳をメインに戦う部隊長が奈美であった。今の史郎は全武器隊の副隊長と出世している。
お互いに互いの腕前を意識しているのか、最近は頻繁に腕試しをしているらしい。
前世の人間の記憶があるテルは体へすぐに慣れることができた。しかし、まずは体を動かすことから慣れなければいけなかった2人は大変だったであろう。最初の頃こそテルと互角であったが、もうすでにテルの戦闘力を超えているように思う。戦闘中に足もよく使っていたので、体にも順応したのであろう。
「まだまだ。…あそこの2人に比べると」
奈美が苦笑まじりに指差す先を見てみると、そこにはすごい光景があった。
兄弟の1人である余市が水流魔法を連続して放ち、それを拳で吹き飛ばすトラがいた。
魔法部隊長でもあるイワシ魚人の余市と、ウツボ魚人のティガである。
バシュバシュバシュ
バンバンバン
余市の水流魔法が連続で襲ってくるが、その『魔法』を『拳』で打ち消しているのである。
余市も以前は魔法で殴ったくらいの衝撃しか与えられなかった。それが今ではサンゴの柱を叩き割り、城壁の岩も穿つ威力まで研ぎ澄ました水流魔法を連続して放っているのである。
ついこの間ジンカしたばかりで、そのとき初めて魔法が使えるようになったとは思えない腕前である。
そしてそれを凌駕するティガ。
背や腕に深い傷跡があるが、そんなものは昔のことだと言わんばかりに魔法を撃ち落としていく。実際拳には傷ひとつ付いていない。
ティガはテルよりも一回り大きいのだが、それを感じさせぬ俊敏な動きで次々と魔法を撃墜していった。そのティガから離れていた水流魔法の1発が、急に方向を変えてティガの背中から襲いかかる。
最初は気づかなかったティガはすんでのところで手のひらで受け止めた。
バシィン!
「ぬう。やるな」
「いやいや、普通は拳で魔法なんて弾けませんから。ティガさんの方がよっぽど凄いですからね?」
「背中からきていたのは気づけなかった。もう一度練習に付き合ってくれ」
「いいですとも」
再び余市とティガは練習に集中していった。
確かにあんなものを見てしまうと自信がなくなるのも無理はない。
「あれらは特殊だから」
奈美にフォローするテル。実際、周りのカリウム城の兵士たちもあっけにとられていた。もしくは技を盗めないかと必死に見学したり、練習に取り組んでいたりした。
魚人になりたてのテルや仲間達の戦闘力はそこまで悪くないらしい。カリウム城の兵士たちもテル達を下に見たり差別的に扱うものはいなかった。
激しい練習を再開した余市とティガの動きをテルも見ていたがとても間に入れそうなものではない。テルは前世では運動は苦手な部類であった。だからかは知らないが、テルはこちらの世界に来てから武術の練習は欠かさずしていた。
この世界では弱いものは食べられる。本当の弱肉強食の世界だったからだ。死にたくないから鍛えているのだ。
そんなテルでも先ほどの2人とは戦えそうにないのだ。テルの力ではどちらか1人とですら危うい。
「はあ」
しかし、ため息をつくのは別の意味からであった。
「……………」
となりにいるフーカがその戦いをキラキラした目で眺めていたからだ。テルでは決してそのキラキラした目を引き出すことはできないだろう、腕前的に。
テルとしては怪我などしてもらいたくはないし、出来ることなら争いごとからは無縁で生きていって欲しいのだ。しかし、テルの思いと本人の気持ち、それを天秤にかけて自分の主張を通すことを良しとしないくらいには、テルの心は日本人だった。
「怪我しないようにな」
「うんっ」
そう言うのが精一杯。
幼い子供に嫌味を言っているのが自覚されて、テルは自分が嫌になる。そんな空気を微塵も感じさせず走って更衣室に向かうフーカに心が助けられる。
(子供を持つ親っていうのはこんな気持ちなのかね?)
ふと保護者であることを思い出してなんだか苦いものを噛んだような顔になるテルであった。
ちなみに余市と魔法で競える腕前の魚人は、カリウム城には同じく兄弟の一三しかいない。ティガと互角なのはまさかまさかのフーカだ。
驚異の0歳児である。というか、どちらかというとサメを基にした魚人だからかもしれない。
元の戦闘能力が2人だけおかしいのだ。
テルは槍を持っていてもフーカに負けてしまうだろう。それぐらい差があった。