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ローレライの想い~君を想う日々と奇妙な日常~


 僕はあれから毎日、この美術館に通っている。


 長い坂道を登り終えてから僕は駐輪場に自然と目がいくようになった。


 けれど、あのスクーターが無いことにいつも無意識の内に落胆してしまう自分がいるんだ。


 美術館に入って受付ロビーでお姉さんと目が合うと苦笑した笑顔で僕に話しかけてくる。


「あら、今日も逢えなかったのね」


 僕の落胆した姿に直ぐに察したみたいだ。


「…ええ、まぁ」


 あの日、あの子に出逢ってからの僕は彼女の前ですら、いつも上の空で落ち込んでいる。


 だから、いつもからかわれてしまうんだ。


 たとえばーー。


「まぁ、彼女にしてみれば貴方を独占できるから…あっ、でも声は(BGM)その子だから複雑よね。大変ねぇ、持てる男の子は」


 こんな風に……。


 僕を見ながら大げさに溜息をつく姿がなんだか非常に楽しそうで僕はがっくりと項垂れる。


「毎日、からかわないでください」


 気が付けばお姉さんとはそんなたわいもない会話のやり取りが日課になってしまっている。


「受付にいる割には随分と暇そうですよね?」


 いつも、からかわれているのでたまには反撃しようと僕はジト目で切り返す。


「うっ……それを言っちゃう?」


 僕の言葉に両手を胸に添えて苦しそうに仰け反るお姉さんを客観的に見つめる。


 えっと…心臓を打ち抜かれたようなショックをうけていますみたいなポーズ…で、いいのかな?


 いちいち大げさなリアクションを取るお姉さんを呆れた瞳で見つめながら受付の人が僕と会話をしていて良いのかな、なんて疑問を感じてしまう。


 けれど、その疑問は美術館を見渡せば自ずと納得する事が出来てしまう。


 はい、いつも通り閑散としています。


 僕をいれても数えるほどしかいません。


 そして彼女の居る部屋は受付ロビーの直ぐ近くでお姉さんからは丸見えなんだ。


 要するに僕はお姉さんにとって格好の暇潰し相手ということになる。


 けど、何だかんだで僕はお姉さんに感謝している。だって、今の僕は落ち込んでいる時間の方が長いから、あの子の歌声を聞いていると無性に逢いたくなるから…。


「今日はバイトはお休み?」


 受付を完全に放置したのか、お姉さんは僕の方に身体を向けて話しかけてくる。


 仕事、しましょうよ…。


 けど、実は時間があれば相談に乗ってもらおうと思ってたからちょうどいいのだけれど……。


「…ええ、まあ、そうなんですけど」


 歯切れの悪い僕の返答にお姉さんは「うん?」と小首を傾げながら心配そうな瞳をする。


「バイトで失敗でもしたの?」


 その質問を投げかけてくるお姉さんの瞳が何故かキラキラと輝き出すのは如何なものだろうか……。


 人の不幸は蜜の味……暇なんだな。


 僕は自分のバイト先について話すことにした。


「いえ、失敗というか…うーん、あれはバイトと言っていいのか疑問に思っちゃって……」


 夏休みに入って直ぐに僕はバイトを始めた。


 画材や絵具の費用のためだ。


 あとーー夢のため。


 僕はこの美術館で彼女と出逢って彼女の話を聞いて行ってみたいと思ったんだーーーシミ島に。


 だから、バイトを始めたんだけど……これがとてもおかしなバイトで僕は毎日、小首を傾げている。


 先輩の紹介の喫茶店。


 最初は接客業なんて僕に出来るだろうかと思っていたんだけど先輩は苦笑いを浮かべて


「…数日で分かるさ」


 僕の肩をポンポンと叩く。


 何だかすごく意味深な言葉に僕は少なからず不安になってしまう。けれど、先輩の言葉の意味はバイトに行くようになって直ぐに判ってしまった。


 それはーーー。


 客が来ない……本当にびっくりするほど。


「…あの、バイト雇う意味あるんですか?」


 バイトを初めて数日経った店内で僕は雇い主である店長におそるおそる話しかけてみた。


 この店長さん、見た目は物凄くかっこいい。


 年齢は五十手前で白髪交じりの髪をキッチリ整えていて服装と相まってバーテンダーと言われても納得するぐらい姿勢も良い。


 ただ、難点が一つあるとすれば……うん、やる気が無い。もうね、仕事したくないオーラが尋常じゃないぐらい漂ってるんだ。


 喫茶店なのにインスタント……。


 あり得ないよね。


 そのせいなのか何人かいる常連さんの中にはは勝手にカウンターに入って自分で豆から挽いている強者すらいる。


「…ここは仕入れる豆だけ(・・・)は良いからね」


 そんなことを言って仕舞いには苦笑しながら他の客や店長にまで珈琲を煎れてくれたりする。


 そんな光景に僕はつくづく思った。


 喫茶店って、なんなのだろう……。


 さらにーー。


「あぁ~、初めて?えっとねぇ、うち、セルフだから…あと軽食ないから出前取るか持参でお願いね」


 やる気の無い口調でそんな発言をして初来店の客を驚かせることもあるぐらいだ。


 ただね……。


 このお店は雰囲気だけはとても良いんだ。


 昔ながらのインテリアにゴシック調の内装、BGMで流れる心地良いジャズが微かに店内に流れている。


 何時間、居座ってても何も言わない、干渉しない。それに一番の売りは壁一面に並べられた古書と絵画の数々が訪れる人を魅了して止まない。


 さながら小さな美術館みたいだ。


 だから、店長にはやる気を出してほしいのだけれど僕の質問に答えた店長の言葉にガックリと項垂れてしまう。


「う~ん、そうだなぁ……店番?」


 なぜ、質問を疑問系で返すのだろう…。


 とりあえず任されているのが会計と猫の餌やり…しかも店で飼っているわけじゃなく余所様の猫ね。


 唯一、毎日来てくれる常連客の男性(自分で珈琲を煎れる人)が店に入ってくるタイミングで、その人の足を器用にすり抜けてカウンターに陣取るんだ。


 店長が頬杖を付いてぼぅっとしている傍らで一緒になって気怠そうに丸くなってる。


 害は無いから良いんだけど釈然としない。


 しかも、何故だかその光景が絵になってしまうのが何とも言いがたく僕は項垂れるしかない。


 その猫はスラッとした容姿のロシアンブルーで首輪をしているからどこかの飼い猫だと思う。


 ちょうど寝ている位置が窓際で、陽光に照らされた綺麗な毛並みが銀色に輝いて高貴な雰囲気を漂わせている。


 確かロシアンブルーって飼い主以外には警戒心が強いって聞いたことがあるんだけど…。


「…ふわぁ~」


「ふにゃぁ~…」


 店長の欠伸に同調するように欠伸をする姿に店長の飼い猫なんじゃないかと聞きたくなってしまう。


 けれど、そんな光景に違和感を感じない。


 横でぼぅっとしている店長とそんな猫の姿が、何だか冴えない執事と優雅なお嬢様みたいな感じで、これはこれでありかもって僕は思ってしまうんだ。


 だいぶ、毒されてるみたいだ。


 常連客は何もかも自分でしてしまうから僕は手持ち無沙汰になってしまう。


 鞄からスケッチブックを取り出して猫のスケッチをするのがとうとう日課になってしまった。


 スケッチブックにはロシアンブルーの寝姿だけが日を追うごとに増えていく。


 何なのだろうか、この日常は…。


 まぁ、とりあえず今日も平和だ…。


 そんな話をお姉さんにしたら瞳を大きく見開いて驚いて見せたが直ぐに楽しそうに笑いだした。


「あははっ、そっか、あの喫茶店だったんだ貴方のバイト先。ふふふっ、面白いところでしょ?」


「えっ、知ってるんですか?」


 お姉さんの言葉に僕は驚いた。


「あぁ、そうね。貴方のバイト先の店長って、うちの館長の弟さんなの。面白い人でしょ?私も学生時代にバイトしていたから…雰囲気は良いのよね、雰囲気は…ただ」


 お姉さんがあの喫茶店でバイトしていたのは驚きだったけど、何となく次の言葉が予想できた。


「「……店長にやる気が無い」」


 声が揃ってしまった。


 お姉さんと僕、互いに目が合って。


「ふふふっ」


 お姉さんは笑みを。


「…はぁ、変わらないんですね、あの店長」


 僕は溜息を漏らし項垂れるとお姉さんは昔を懐かしむように微笑を浮かべたんだ。


 いつもと違うその微笑は何だか……。


「あぁ、そう言えば…」


 先程までの微笑が嘘のように消え失せて何かを思い出したかのように僕を見つめてくる。


「何でしょう?」


 コロコロと雰囲気を変えるお姉さんに僕は少しどぎまぎとしてしまう。何だかお姉さんの表情が艶っぽく見えたんだ。


「常連さんにカウンターに勝手に入って自分で挽いた豆で珈琲を煎れる人はまだ来てるのかしら?」


 お姉さんの質問に僕の脳裏には一人の常連客の男性の姿が浮かぶ。


 物静かな人でいつもラフな格好でロシアンブルーと一緒に来店してくるあの人だと思う。


「うーん、多分あの人かな?いつもラフな格好で訪れる物静かな男性客のことですか?」


 多分、あの人だ。お姉さんの説明だといつも美味しい珈琲を煎れてくれるあの人ぐらいしか思い浮かばない。


「そう…まだ、来てるんだ」


 お姉さんは少し儚げな表情を浮かべた。


 いつもは見せないその表情に僕は何だか不思議な感覚に襲われてしまう。


 だって、その表情は僕がいつも彼女に抱いている感情と同じように思えたから。


 僕は思わず聞いてしまった。


「彼氏さんですか?」


 その問いにお姉さんは微かな笑みを浮かべながら困った表情で、だけど自分の中で確認するように答えてくれた。


「…うーん、どうかしらね。私はそう思っていたけど、あの人の気持ちは結局、判らなかったから」


 なんだろう……。


 僕は返答に窮してしまう。


 いつもなら軽口で返してしまいそうなのに。


 それが許されないような……。


 触れてはいけない気がした。


 そんな空気を察したのかお姉さんはクスリと笑うと僕の頬を両手で包み込み僕の額に自分の額を当てて瞳を閉じると自分に言い聞かせるように呟いた。


「…貴方は後悔しないでね」


 僕はゴクリと唾を飲み込む。


 普段の僕ならこれ程まで女性に触れられることなど無くて緊張して顔を赤らめるはずなのに、その時の僕は小さく頷くことしか出来なかった。


 お姉さんの慈愛に満ちた優しさを感じたから。


 僕は世の中は狭いと感じた。


 他人だと思っていた人が実は身近な人の知り合い、小さな街だからそんなこともあるんだろうけど僕は人知れず呟いてしまう。


「なら、なんであの子に逢えないんだよ…」


 額を重ね合わせたお姉さんにすら聞こえない本当に小さな呟き声で僕は愚痴ったんだ。

 

読んでいただきありがとうございます

(o_ _)o

今回は『僕』のバイト先のお話です


この小説の舞台になっている街はそれほど大きくなく、どこか外国の小さな港街をイメージしております。


そんな気分で読んで貰えると嬉しいです


では、失礼いたします

(o_ _)o

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